「謁見の機会をいただき光栄だわ、賢者アンセム」
時刻は正午過ぎ、コールが謁見の手紙を門番に渡してから早数日、レイディアントガーデンの城の賢者アンセムの執務室には二つの影がある。
紅茶を一口飲もうとカップに口をつけるコールの目の前には、金髪の老人が髭を触りながらも興味深そうに彼女を見つめている。
目の前の彼女の外見は16歳ほどの少女に見えるが、彼女は自身を“魔法使いだ“と言って謁見を申し込んできた。側から見たら、子供の戯言かもしれない。だが、謁見の否が書かれた手紙には彼が目を見張るものがあった。
「始めまして、魔法使いのお嬢さん……お名前はなんと言うのかな」
「コールよ。魔法使いコール。好きに呼ぶといいわ、賢者アンセム」
「コール……君はなぜ私に会いにいきた?君からの手紙には目を通したが、私には未だ理解が及ばない」
そう言ってアンセムはコールの瞳を見据える。コールがその瞳に動じることはなく、飲み終えたカップをティーカップごと机に置く。
そもそもの話、コールがここにきたのは、この城の主人であるアンセムに“挨拶“をするためである。予知書である彼女は暫く
「……単なる挨拶、とでも言いましょうか?どうせ貴方は私が他の世界から来たことを薄々勘付いているのでしょう?」
コールの言葉に、アンセムは目を見開き、息を呑む。それは彼の単なる考察が、確信に変わった合図でありその様子を口を歪めて眺めていた彼女はおもちゃを見つけた無邪気な子供のようでもある。
アンセムは彼女を初めて見た時から“異質”だと感じた。その容姿、雰囲気、言葉遣い、どれをとっても彼女はまるで“彼女”ではないような、別の人物と話している感覚に近い。一体、目の前の彼女は何者でなのだろうか?
「君の存在は、どこかが可笑しい。……確証はまだないが、君はまるでその身体を通して私と話している
「それは……ふふ、どうでしょう?でも、そうね、ここまでたどり着いたあなたに敬意を表して———」
いつのまにか、コールは椅子から立ち上がっており、アンセムの耳元で子供が内緒話がするように手を添えて口を開く。
——予知書って、知ってる?
まるで悪戯をするようにくすり、と笑い、小さく、甘く呟くコールの姿はまるで小悪魔そのものだ。
アンセムはその言葉を聞いて、まるであり得ないとでもいうように小さく息を呑む。その様子を横から確認すればコールは耳元から離れ、今度はあはっ、と息を吐くように笑う。
予知書なぞ、この世界にあるわけがない。というのが正直な感想だが、それはそれとして、もし目の前にいる彼女が"予知書"、もしくはその意思だとして……今、自身の真横にいる彼女は何を伝えようとしているのだろうか?
アンセムはゆっくりと、スローモーションのように真横に立つコールに目を向けると、コールは先ほどの小悪魔なような笑みとは真逆の聖母のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。
「君が一体何を言いたいのか、私にはわからない。だが、君がそう言うということは……予知書が存在するということかね?」
「さぁ?でも、言ったでしょう、私は"挨拶"をしに来ただけ」
くるり、とその場で一周身体をまわせば、コールのパレオが美しく円形に広がり、アンセムの顔を覗き込む。アンセムの橙色の瞳は、そんな彼女の行動に安堵と共に優しく細められる。
「どうやら君には敵わないようだ」
「お褒めに預かり光栄よ」
そう言ってパレオの裾を両手で掴んでお辞儀をする姿は、どこか気品のある…もしかしたら、コールは魔法使いではなくどこかの国のプリンセスなのかもしれないと、興味深くアンセムは自身の髭を撫でる。
そもそもコールの二面性を感じる部分は多数見受けられる。
一つは、その身体にそぐわない大人の女性のような口調。二つ、この城に入ってきた時の雰囲気と明らかに違うものを有している。三つ、これは研究者としての感だが、恐らく、“予知書“と言うワードから考えるに、彼女はアニミズム———『モノにも
でも彼女の身体はどこからどう見ても人間そのものである。一体彼女の身体は、どこの誰のものなのだろうか……?今のアンセムには知る由もない。
「予知書の乙女……か」
自らの力で答えに辿り着いたアンセムに、コールはただ微笑んで、「この紅茶、美味しいわね」と席に戻ってティーカップを口元で揺らした。
カーテンが揺れ、風が二人の頬を掠める。
賢者と呼ばれる彼と、予知書の乙女がいつかの未来で行動を共にし、“彼女“に振り回されることになるのはまだ先のお話。