それもあって、アンセムとはもう立派な友と言っても良い関係となった。何も、城内でのコールの交友関係は彼だけではない。
城の中にはイエンツォと呼ばれる幼い男の子がいる。城の研究者やアンセムによれば、彼は孤児であり城にいる者たちで引き取って育てているらしいが、城に顔を出すうちにその彼から徐々に心を開かれ、城の研究者……主にエヴェンに頼まれては数時間だけ一緒に遊んだりもしていた。特に城の中でかくれんぼや追いかけっこをしては城中を走り回り、コールも迷子にならない程度には城内の間取りを覚え始めている。
だからと言って、見知らぬ男の子二人に目をつけられ、呼び出しを食らうとは———
「えっと……私、キミたちに何かしたっけ……?」
壁に追い詰められた鼠のように、コールは不安そうな顔をして男の子たち二人の顔を見つめるが、当の本人たちもコールの表情を見て、不思議そうに顔を見合わせると、先に彼女に向き直った青い髪の少年が口を開く。
「どうやら勘違いしているみったいだが……」
「え、なに?私、絞められるって…?」
チグハグな会話に吹き出したのはもう片方の赤髪の少年で、ポカーンとしてる二人を横目に腹を抱えて笑い出すものだから、コールから見れば初対面なのにゲレゲラと笑い始めて「何この人……」状態である。逆に彼の隣にいる青髪の少年は呆れ顔…いや、むしろ今にも無表情に近い顔が崩れて舌打ちやらなんやらしそうな顔だが大丈夫だろうか、とコールはえぇ…と一瞬不安になる。
この少年たちはヴェントゥスと同い年ぐらいだろうか?年頃の城下町暮らしの少年に今日、初めて恐怖を感じ、コールは冷や汗を流す。
「ゲホっ、あー……すまねぇ、一回笑ったら止まらなくなっちまった」
「お前なぁ……」
見たところ、きっとこの二人は“親友”なのだろうと理解したコールは同時に羨ましさもあった。
キーブレードマスターになる前の記憶は朧げではあるが、マスターになってから、そのようなものはいなかったし厳密にはマスターとして世界を飛び回ってるうちにそこの住人たちとの交流はコールの性格上少なからずあったのだが、友達という存在を作る機会がまるでなかったのだ。代わりに、ミッキーというかわいい鼠の弟弟子はいるが、果たして友人と言っていいのかは微妙な距離感である。
——ふふっ
今度は二人がやいのやいの言い合い始めた様子を見ていたコールがつられるように口元を覆いながら笑い出す。
「おっ、なんだお前、笑ってる方がよっぽど似合うじゃねぇの?」
「えぇ?!私、そんな変な顔してた?」
「あぁ、今にもどこかに飛んでいってしまうようだったな」
そんなぁーーー?!と仰け反るコールに、また赤髪の少年が吹き出せば、青髪の少年が無言で赤髪の少年の鳩尾を軽く殴り、黙り付けると「すまない」とコールに向かって謝罪をする。当の赤髪の少年は痛みから膝から崩れてるのだが、大丈夫だろうか?と思わず心配になる。
どうやら、青髪の少年はおちゃらけている赤髪の少年よりもしっかりしているらしい。
「はーっ…笑った笑った…」
青髪の少年の見事な鳩尾パンチの痛みが治ったのか、涙目になりながらもゆっくりと腹を揺りながら起き上がる。
「俺はリア、この仏頂面でこっえーのがアイザ。お前は?」
リアの急な問いかけに、コールは言葉を詰まらせる。やましいことはしていないが城の研究者たちやイエンツォとも違う、元気な地元の同年代の子供に戸惑っている…というのが正しい。コールはもう隠居(軟禁中)の身、ひっそりと暮らせればそれでよかったのだが、もしこうなるなら、旅立ちの地でエラクゥス一門の子達と話して慣れておくべきだったと後悔する。
吃るコールに、アイザは「大丈夫か?」と心配そうに覗き込むがコールは長い髪ごとぶんぶんと頭を振り払えば「大丈夫」と苦笑する。
「私はコール。歳は……多分キミたちと同じぐらいかな?最近ここら辺に“越して”きたんだよね」
たらり、と冷や汗が垂れる感覚にコールは顔を引き攣らせて笑う…何も嘘は言っていないし、本当のことも言っていない。名前以外は———。
コールの様子を見て、少年たちは顔を見合わせる。もしかして怪しまれているのではないかと、心配になり余計に冷や汗をかいてしまう。
「最近越してきた……?そんな話、聞いたか?」
「いやぁ?俺は聞いてないね」
「だからと言って“嘘”をついてるようには見えない」
今度は耳打ちでヒソヒソ話をし始めたリアとアイザをよそ目に、冷や汗に加えて今度はコールは泣きそうになる。ヒソヒソ話というのは名ばかりで、かなり内容が丸聞こえだ、半分わざとだと思ってしまうぐらいには。これでは自身の顔面が塩ぽくなってまう!と、咄嗟にその場を沈めようとコールは大きくごほん、と咳払いをする。これには少年たちも驚いて、彼女の前に向き直ってピシッときおつけをする。
「……実はね、これはほんのカモフラージュなんだよね〜」
冷や汗をかきながら、わざとらしくコールは人差し指を立てながらなるべく二人の興味を引くように喋り出す。
目指すはコールの遠い記憶にうっすらいる人物、黒コートに覆われて表情すら読めないが、いつも飄々と道化師のように喋り、多くの弟子を惹きつけていた。コールにとって、大切な“彼”。もう記憶の奥底にしか彼はいないが、今なら
まず、コールの話に興味を持ったのはリア、「どういうことだ?」と前のめりになって、コールの話の真相を待ち望んでいる。対するアイザは、反応こそ薄いものの、顎に右手を置いて何やら考え始めている。どうやら興味がないわけではないようだ。
「知りたい?あー…でもこのことを知ってるのはこの街でもほんの一握りなんだよねぇ」
わざとらしく右手を宙にひらひらとさせて、どうしよう?と困り顔をして左手を頬に添えて唸るコールに、隣にいるアイザの前に立つように振り払って「もったいぶるなよ」というリアにコールは目を輝かせる。見事に彼がかかってくれたことに思わず胸が躍ってしまう。
「ふふん、それなら教えてあげちゃおう!実はねぇ、私、」
———魔法使いなんだ
目を細めて悪っぽく前のめりに彼らの顔を覗き込めば、少年たちは大唾を飲み込む。
その瞬間に、それが真実だというように三人の間を紡ぎ風が吹いて、コールの長い髪と王冠が音を立てて揺れれば、そこに立っているのは魔法使いではなく妖艶な“魔女”に見えなくもない。そして年頃の少年二人は、その魔法使いに“堕ちた”。正確には一瞬堕ちかけた。両頬に熱がこもり、未だ高鳴っている心臓の音がその証拠でもある。
「あ、この事はナイショだよ?私は静かに暮らしたいだけ!……そのかわり、この魔法使いコールちゃんが!キミたちが困った時は助けてあげる!これは約束!あ、契約って言った方が良かった??」
一瞬だけ、彼女が妖艶に見えたことに二人は後悔する。彼女のアミングアウトが嘘でなければただのお気楽でドジな魔法使いの間違いだろうという思考になり、二人揃って思わず真顔になる。それもそのはず、この街にいるもう一人の《魔法使い》とは見た目も性格も威厳も雲泥の差すぎるのだ。
二人の顔にコールは一瞬固まり、怖けそうになるが、気を取り直して本題に入る。
「それで?私がその、神妙な顔つきしてるとはいえ、なんでキミたちは声をかけてきたの?」
「あー……それは」
コールの問いに、言いづらそうに今度はリアが頭をかきながら吃る。
「お前、城から出てきただろう?それも、今日だけじゃない」
「っ…!そうそう!俺たちはお前があの城に正面から出入りしてるのを何回も見てんだよ」
二人の言葉にコールは首を傾げる。
コールにとっては正面から、正式な場に必要であればきちんと申請をしてその場所に赴く……のが普通だと思っていたのだが、どうやらこの二人にとっては違うものらしい。
「えっと……それって何か変なことなのかな?」
「……俺たちは何度か遊びで侵入はしているが」
「ちょ、ちょっと待って、侵入?!それって立派な犯罪じゃない?!」
遊びの範囲超えてるよ?!とコールが驚けば、またリアは面白いものを見たようにケラケラと笑う。
コールは真面目に心配で言っているのにケラケラと笑う彼にもやっとしてしまい口をへの字にして彼に対して言いたい言葉を飲み込もうとする。その様子に気づいたアイザが小さくため息をつくと、今度はリアの右足を踏みつけ、黙らせる。今度こそ彼はしゃがみ込んで痛みに悶え込んでしまい、そろそろコールは彼の身体がボロボロにならないかと心配になる。
「そもそも、俺たちのような子供が普通に城に正面から出入りすることはなかなかできない」
「うーん……私は正式な手続きを踏んだからなぁ…それこそ、お城の門番さんには最初門前払いされそうになったけど」
コールはいつ思い出しても怒りが湧きそうになる。自分を子供扱いし、魔法使いのことを信じず今にも鼻で笑い馬鹿にしてきそうなあの門番たち。コールが正式な手続きとアンセムとその周りの研究者たちの信頼があるからこそきっと入城を拒否する事はできないのだろう。
コールの答えにどうやら納得したのか小さくアイザが「本物の魔法使い……」と呟くと、彼女は一瞬目を丸くし、彼が正解に辿り着いたことに微笑む。
「……もう行くぞ、リア」
「おっ?もういいのか?」
いつの間にか痛みが治ったのか、なんの気なしリアはに立ち上がり膝についた砂埃を振り払うとコールに向き直り、眩しいばかりの笑みを浮かべる。
「今度お前の魔法を見せてくれよ、コール!なんなら城に入れる魔法とか…」
「って、ちょっと!私そんなことしないよ?!」
「はぁ…大丈夫だ。流石にそこまでは頼む事はない」
それじゃあまたな、と踵を返す二人にコールは初めて友人ができた感覚に、心が暖かくなるのを感じて二人の姿が見えなくなるまで向かって大きく手を振った。
「なんだか、ここでの暮らし思ったよりいいかも!」
よし!と小さくガッツポーズをしてコールも二人とは逆方向の道に向かう。今日は少し奮発して、あのカフェでケーキを二個、食べてもいいかもしれない。と、その足取りは軽かった。
────────────────
「コール…か、いい奴だったな」
「あぁ、悪い気はしなかった……だが……」
「アイザ……どうかしたのか?」
「いや、なんでもない」