1.
目が覚めたら白い天井、また病院かと思い、身体を起こそうにも今回は身体は言うことを聞いてくれなかった。
動かない体の代わりに、顔を少し左右に傾けて周りを見渡す。と、そこには今まで看病してくれたのか、心配だったのか、兄がわたしのベッドに上半身を倒すようにして寝息をたてて眠っていた。
わたしの体はどうなったんだろう?あの時、左足の脹脛からおびただしい血が止まらないぐらい出てきていて、傷を地面に擦り付けて、傷口に砂利が入っていく感じが、傷口を広げるようで痛かったのを覚えてる。その割には身体が動かない。
私の覚えてる限りの記憶はそこで止まっているが、もしかしたら他にも怪我をしてるのかもしれないと思い、大人しくする。傷口が開けばまた痛いし、血は出る。それは嫌だ。
私は目を開けたまま、起き上がれないまま、暇になったから、かろうじて動く腕…というか手で、すぐ隣にある兄の頭を撫でる。こうして兄の頭を撫でるのは、何年ぶりだったろうか?
兄の頭をそのまま撫でていると、「んっ」と目を数ミリ開ける。眠そうな目と目があって、私は声を出そうと「お兄ちゃん。」と言おうとするが、声は空を切るばかりでやっぱりで無かった。
そんな様子を眠そうにぼーっと見ていたが、水をかぶった犬のように頭をふれば、目を見開いて私の手を握る。その手はとても暖かくて、やっと光を掴めたようで、できる限りの力を込めて握り返す。
「楓!…よかった…よかった!」
私の右手を包んだまま、兄は涙を流して笑っている。トモ姉の目が覚めたら、こんな視点なのかな、とか思いながら、兄の涙が止まるのを待つ。私はただ微笑むことしかできないから。
____コンコンコン
聞こえたノックは軽やかで、思わずそちらに目を向ける。兄も驚いて涙がひいていた。
「っ!?目が覚めたのか!」
「楓!!」
そこにいたのは私のヒーローと先輩。二人とも驚いた顔でこちらへと歩みよった。
「もう起きて大丈夫なのか?!まだ寝ていたほうがいいのではないか??」
「頼城、落ち着け。…とりあえず看護婦を呼ぼう。」
巡くんは私のベットの上にあるナースコールを慣れた手つきで押すと、ため息をついて私の方を見つめる。その目はいつもの呆れたような感じじゃなくて、心配してるようで、どこか怒ってる。頼城さんの方にも目を向けるが、やはり同じような顔をしている。
「楓、どうして一人で無茶を!」
「アレはまだ戦闘に慣れてないお前が一人で挑むような奴じゃない…こうなる前に逃げるべきだった。」
伝えなきゃ、伝えなきゃ。そんな言葉を言わせたいわけじゃない。出ない声を振り絞るように口をパクパクさせるけど、二人は気付くことはなかった。
二人の顔は、怒ってるはずなのに、一言一言発せる度に、悔しさが混じってとても苦しそうだ。
あぁ、神様、なんでこんな時に声を奪ったのですか。私は二人に「大丈夫。」「まだ戦えるよ。」「心配かけてごめん。」と言いたいのに。まるで、その言葉は言わせないと言われているみたいで、頭の中で私の言葉は出せてるのに実際は出ていない。
私は喉を右手で掴んでそのまま涙を流した。
「楓、もしかして、声、でないの…?」
兄の声にコクリと頷くと、兄は奥歯を噛み締めた。ごめんね、お兄ちゃんにも、巡くんにも、頼城さんにも、そんな顔させるつもりはなかったのに。
物語の声を奪われた人魚姫は、いったいどうやって声を戻したっけ?
2.
声を失ってしまった楓は、どことなく、今までの輝きは消えてしまったようで、まるで生きる希望が見えないような感じだ。
彼女が柊と共に笑い、手を取る姿は天使のようだったのに、その面影はもうどこにも無い。そんな彼女に何か一言、言おうとしても、言葉が出てこない。「いろいろ検査があるようだから出直して来よう。」と言って、巡と柊と病室を後にするが、当たり前だが俺の声が響くだけで、返答は無かった。
「頼城様、少しよろしいですか?」
病室を出た廊下で声をかけてきたのは楓の主治医の医師、ここはラ・クロワに併設された病院。もちろん信頼できる医師だ。
話を聞くため、足を止める。巡と柊に「先に行ってなさい。」と言うと、巡は「わかった。」というように、頷けば、不機嫌な柊の背中を押して先に進む。
「どうした?」
「霧谷さんのことなのですが、イーターにやられた外傷的な傷よりも、精神的ダメージの方が大きいようです。家庭や学校で何か、あったのではないでしょうか?」
そう言われて眉を潜める。楓も柊もいつも二人でいて笑っている。幸せそうな感じを見ると、家庭では無い。そう言えば、俺は、彼女が"友人"といる時を見たことがあったか?
柊はまだしも、楓は年頃の女の子だ。普通なら友人に囲まれて、授業移動するものだし、朝食も友人と取ることが多いだろう。それがどうだ?俺が見ていた彼女の姿は、大体柊が隣にいるか一人だった。
楓が怪我をした日に学校を出る前、あの時に見た彼女は今と同じで光はどこにも無いと言うような顔をしていた。そのことを考えると考えられるのはただ一つで________。
「わかった…俺から調べを入れてみる。どうやら我が校の風紀を乱すものがいるようだ。」
あの日、おびただしい血が流れたボロボロの楓を見た途端、胸が苦しくなった。「楓!楓!!」と呼びかけるも、うつ伏せに倒れている彼女に「少し待っていてくれ。」と、目の前にいた大型ーイーターをガンブレードで順次に切り裂けば、彼女の元にいち早く駆けつけ止血をして抱え、救護の元へと連れていったのは俺だ。
近くに転がっているリンクユニットを見るに、楓は戦っていた。たった一人で。いや、もしかしたら戦っていたのはそれだけではないかもしれない。精神的にも追い込まれ、こうなったのかもしれない。そう思うとずきりと先ほどより重く胸が痛む。
もっと楓のことを知っていれば、あの日、学校を一人、後にした彼女の手首を掴んでいれば、こうはならなかったかもしれない。
そんなことを考えてしまう自分自身に苛つき、下唇を噛みしめれば、右手で壁を殴る。右手はひりひりと痺れたように痛むが、それを感じないとばかりに俺は病院の出口へと歩き出す。
「これ以上、君を誰にも傷つけさせはしない。こうなった責任は、俺が取ろう。」
_______紫旗はただ翻る、君の全てのために。
君が笑ってくれる世界を、作っていこう。
3.
血の繋がった双子の妹が大怪我を覆い、病院に搬送された。そう聞いた時、頭は真っ白になった。
重なるのはトモ姉との姿。ボロボロで、
病室についた時、すでに斎樹サンと頼城サンは病院にいて、頼城サンが助けたくれたみたいだったけど、俺はぐっと歯を食いしばり、一息ついたところで、「ありがとう、楓を助けてくれて」と頼城サンに言うと、頼城さんは「これぐらいどうってことないさ。」と笑っていた。ほんと…キライ。
目が覚めた楓は、金色の目に光はなくて、ただぼーっと空を見つめていて、"無"だった。でも、そんな楓が口を開いたと思えば、聞き覚えのある鈴のような声は出なくて、口をパクパクさせて何かを伝えようとしていた。斎樹さんが怒っているのを、頼城さんが怒っているのを、聞いてはいられないと言うように、口を動かしてる。二人が楓にいろいろ行った後、楓は首を右手で掴んで涙を流す。楓の口パクが、スローモーションで見える。
"こ、え、が、で、な、い、ご、め、ん"
「楓、もしかして、声が出ないの?」
とっさに出た言葉に、楓は大きく頷いて涙を流した。「早く気づかなくて、ごめん」と言って楓の身体を抱きしめる。楓の身体が小さく見えて、今にも壊れそうだった。俺は、壊さないようにと背中をさすった。
楓はこれから検査がたくさんあるからと頼城サンや看護婦さんに部屋を出るように言われたけど、部屋を出る前、楓は目で「行かないで」っと言っていたから。「検査終わる頃にまた来るね。」と病室を後にした。返事はもちろんない。
────────────────
「よかったのか、柊、出てきてしまって。」
「よくはない…でも…」
「でも?」
「楓が前に進んだように、俺も前に進まなきゃ。」
楓は双子の妹。生まれたのは数分数秒の違い。だけど、いつも俺たちはお互いのことを補っていた。必要不可欠な存在、一心同体。ずっと、そうだと思っていた。でも、違った。楓は1人でヒーローになろうとしたし、イータに立ち向かった。いつの間にか、あの小さな身体はそれを壊そうとずっと争っていたんだ。対等になる為。隣で寄り添う為。だって双子以前に、一人一人の人間だから。
「これじゃあ、どっちが兄なのか姉なのか。わからない。」
精神面的に、俺より楓の方がお姉さんだったのかもしれない。
お互い補い合うんじゃなくて、"助け合いたい"きっと楓はそう考えたんだ。楓はもう、大人になったんだ、そう思うと少し寂しい。でも、そうだとしたら、なんで______作り笑いする日が多くなったの?
「柊、どうしたんだ?さっきからブツブツと」
「ううん、何でもない。俺、一回施設に寄ってからそっち行くから。」
「…あぁ、分かった。夕方には来るんだぞ。」
斎樹サンの言葉に施設に向かって走り出す。浮かんで離れない、楓の作り笑顔、ラ・クロワに入ってからはいつもいつも「大丈夫。」と言っていた。
ねぇ、もしかして、俺に隠してる事があったの?俺になんで言ってくれなかったの?…あぁ、そうか
「俺が…弱いから。」
俺が弱いから、楓に隠し事をさせてしまった。声が出ないのがその延長線だったとしたら?…楓はやっぱり俺よりずっとお姉さんだ。心配をかけたくない。負担になるから。そんな気持ちでいっぱいだっだろうに、俺が一言、「何かあったでしょ。」と声を掛ければ少し違かったと思う。
でも、それなら______強くなるまで、待っていて。
そしていつか対等に、背中を預けて戦いたい。