闇に溶ける華

1.
 あれから数日後には巡くんと先輩…頼城さん、私とお兄ちゃんとで面談をして、無事にミュータント化手術を受けることができた。兄と同じ場所で手術をした為、麻酔で目蓋が落ちるまで、お兄ちゃんと手術台の上、手を繋いでいたという。
 病院で目を覚ました日も同じで、お兄ちゃんは病室を抜け出したという。これには巡くんも頼城さんも驚いていた。ちなみにわたしはどうかというと、兄と同じく歩けるぐらいにはもう慣れていたが、目が以前と違く、見えにくく病院を抜け出すには危ないと思い、そのまま病室に残っていた。
 まぁ、そんなこともあり、私と兄がヒーローとなって早一週間が経つ。
 毎日が駆け足で過ぎ去る代わりに、学校の居心地は悪くなるばかり。
「あの子みたいな子がなんでヒーローなんだろうね。」「紫暮様に色目でも使ったんじゃない?」
 休み時間、そんな言葉ばかり聞こえる気がして、読んでいる本を持つ手が震えた。
 私が「そんなことしてない。」といっても信じてもらえるだろうか?いや、そもそも私は"ここ"にいても良いのだろうかと本の内容は入ってこず、思考を巡らす。
 
 私の心が堕ちて行く。真っ黒な空間、アリスが穴に入って落ちていくときみたいに、椅子から無重力になったように、ゆっくり、ゆっくりと堕ちて___________「________う。楓!」
 闇から聴こえたのは兄の声。その声に目を白黒させて我に帰る。
「お兄ちゃん、か。…どうかしたの?」
「…それより、大丈夫?何回呼んでも気付かなかったから。」
「あぁ、ごめん。なんか疲れてるのかな。」
 あはは、と無理に笑って、先日のイーター戦で怪我をした左頬の絆創膏をかく。心配そうに兄にジトっと見つめられては、また無理に笑うことしかできなかった。
 兄には心配をかけたくない。やっと"ヒーロー"になれた。"守る力"を手に入れたんだ。お兄ちゃんには何も知らず、まっすぐ進んでもらうのが多分一番いい。
「今日、部活に出るから、一緒に帰れない。」
「うん、分かった。部活頑張ってね。」
 それじゃあ、と言って兄は私の教室を後にした。そうするとクラスメイトの声がまた聞こえだす。
「なにあれ?」「ただのブラコンとシスコンの会話でしょ。」
 嫌だ。空気が悪い。
 その"雑音"に私は耐え切らず、本を閉じればそのまま机の上に置くと、椅子から立ち上がる。その瞬間がとても静かで、やっとそこで"息"ができた気がした。
 教室をそのまま出た私は、保健室に向かう。胸がモヤモヤして、嘔吐しそうで、でも出ない感じがして気持ちが悪い。階段をこうして降りているだけでも息が上がる。そのままふらふらと歩いて、前に進んでるのか、道が伸びてるのかもわからなくなって足を止める。
 やっぱり私の目の前に広がってるのはただの廊下でも、階段ではない、黒であり"闇"だ。上下左右、判別がつかないところを私は歩いてる。
「やぁ、楓。」
 聞いたことのある声に、顔を上げる。眩しい、これは光だ。
 私にはとても眩しくて目が眩む、近づけない。彼と目を合わせるも、私よりも眩しく輝く右目の金色は今日も宝石のように綺麗だ。
「…頼城、さん。」
「こんな所でどうしたんだ?」
「…体調が悪くて、保健室に。」
 なんだか言い辛さを感じて目を伏せる。嘘ではないのに、彼と話すと居心地の悪さをいつも感じる。それに便乗するように、私の声はフィードアウトして消えた。
 この人はいつもそう。自分のことよりも、相手のことを考える。それも自分自身より何倍も。だからこそ、お兄ちゃんと私はどうしたらいいかわからなくて、彼と向き合うことを躊躇う。
 私としてはお兄ちゃんよりかは彼の事は苦手ではない…と思う。
 私が、ヒーローの説明会の時困っていたときに会場を教えてくれた人だったというのもあるが、とても"良い人"であるとわかるからだ。
 兄と私の彼に対しての好感度について例として、兄はきっと、彼のことを好きか嫌いかと問われたらすぐに「キライ」と答えるだろうが、私は「どちらかというと嫌い」と答える。そういうことだ。
「そうか…大丈夫か?もし帰るならヘリを…。」
「そういうの、大丈夫だから。」
 それじゃあ。と下を向いて彼の横を通りすがる。どこからかクラスメイトの声が聞こえた気がしたから。
 胸が苦しい。痛い。彼へ挨拶もできないまま、無愛想に対応してしまった自分に後悔する。でも、やはり耳はクラスメイトの声がこびりついていて、彼といた時の光は何処へやら。また、闇を彷徨い歩く  

 2.
「霧谷さん、きっとヒーロー活動で疲れてるのね、今日はもう帰りなさい。」

 優しそうな保健室の先生にそう言われては、すぐに教室に荷物を取りに行き、早退の手続きを職員室で済ませば、すぐに学校を後にする。
 生徒用の玄関をでると、眩しい日差しが目に刺さって痛い。それと同時に体育の授業でもしているのか、いち、にー、さん、しと数を数える声が聞こえている。
 元気な声に私の耳に張り付いた教室の"雑音"は電波を拾い始めたラジオのようにすっきりと聞こえやすくなていく。あぁ、これでやっとあの空気くら逃げてこられたと、大きく息を吸って吐く。先程とは打って変わって、新鮮と思える空気が脳まで届く。
 帰らなきゃ。と運動場を横目に門へと進むと、先程も会った目と目が合うと、頼城さんはこちらを見て笑って手を振っている。飛び散る汗でさえも輝いてる。そのままじっと見つめて何をするでもなく、運動場を通り過ぎ、門を通って学校の外へと踏み出す。
 彼はそんな私を見て、どう思ったんだろうか?
 彼の事だ、心配してない事はないと思うし、明日のパトロールの時にでも、今日のことを心配されるだろう。そうなったらお兄ちゃんになんて言い訳をしようかだとか、巡くんに何をいったら良いのか、頼城さんとこれからどう接したらいいのか、何もわからない。

 ────────────────

 やはり、学校の外に出て闇から出られたと思っていたが、やはりそれは間違いで、私の世界は闇が広がるばかりだ。私の隣には兄もいない。出来るはずだった友達も、私の”ヒーロー”も、頼れる先輩も、誰一人として私の隣にはいない。
 私は闇の中にぽつんといる兎だ。でも。兎は寂しいと死んでしまう。
 怖くて怖くて、そのまま走る。走って走って、暖かい風が頬を撫でたが、すぐに息が切れた所で膝を抱えて立ち止まり、その場でしゃがみこむ。パトロールでよく通る三玲住宅街の路地で一人、息を整えながら唐突に溢れてきた涙を隠すように顔を覆う。
 ___________ビーッビーッビー
 突如として聞こえた警報に、濡れた顔を上げる。
 この前と同じ、イーターの出現警報だ。それもここからそう遠くない。行かなきゃ、と涙を制服のジャケットで拭って、立ち上がる。
 ふらり、と視界が一瞬白くなり、倒れそうになるが、なんとか両足で踏ん張る。今はそれどころじゃない。イーターから一番近くにいる私が助けなくちゃ!という気持ちで、足は地面を蹴っていた。
「なんで…っ、予報は出なかったはずなのに…!」
 愚痴をこぼしながらも、地面を蹴れば路地を曲がり、大通りに出て行く。大通りに出ると、何体か、幼生体が出現し、私はそれを走りながら回し蹴り、などで消失させていく。先程走ったこともあり、いつもなら立ち止まってしまうぐらい息が苦しいが、それよりも早く着くことが重要だと、横腹を抱えて走る。
 前方にイーターが見えるところを見据え、大通りを走りながら、リンクユニットを割る。
 一瞬眩しい光に包まれたと思うと、白のコートに紫色のマフラーに身を包まれていた。私のヒーローと同じヒーロー衣装だ。さらに、「おいで。」と両手に意識を集中させると、私の武器である二丁拳銃が姿を表す。最初に見たときはどんな構造なのかと驚いたが、今はそれなりに慣れて、愛着も持ってしまった。
「大型……。」
 何回か大型は四人で倒したし、頼城さんと巡くんが倒してるのを見たが、いざ一対一で対面すると、大きな姿に足がすくむ。
 とりあえず動きを少しでも止めようと地を蹴り飛び蹴りをするが、手応えを感じない。そのまま宙を返れば、柔軟を生かして身体を曲げて二丁拳銃から銃弾を放つ。
「…だめ、びくともしない…このままじゃ。」
 死んでしまう。弱気な言葉が喉から漏れそうになるが、ぐっと飲み込む。声に出す暇があるなら体を動かさなければ、倒さなければ。そう思いながら大型イーターの鋭い爪からの攻撃を避けていく。
 『霧谷さんっている意味ある?』
 あの日のクラスメイトの声が聞こえた気がして、攻撃を避けるタイミングを見失い、そのまま攻撃を受ける。
 まだかすり傷程度だから、咄嗟の反撃をくらわすが、それは爪で易々と弾かれてしまい、そのまま向かってきた爪を避けることしかできず、地面に野球選手の様にスライディングをする。
 いたい。いたい。たすけて。と叫びまいが、それは許されない。もう私は"ヒーロー"だから。立ちなさい、霧谷楓。と自身に問いかけて、傷んだ身体を両手で無理やり起きあがらせる。
『ねぇ、知ってる?ラ・クロワのヒーローの黄金の瞳って元々は金に狂った飢餓の瞳らしいよ。』
『霧谷さんって腰巾着もいいとこだよね。』
 こんなときなのに…やめて、と耳を塞ぐ、それでも聞こえる声は笑い声に変わり、誰かに囲まれて上から見下されている様な感覚に陥る。唇を噛みしめ、なんと耐える。
『ヒーローになる意味、あった?』         
 耳元で聴こえた声に、「もう、やめて!」と声を荒げようとするが、声は喉元までくるものの、ヒュッと音を立てるだけで声が出ない。不思議に思って喉元を右手を這わせて、あー、と声を出そうとするも喉仏は動くが出ることは無かった。
(なんで、なんで声が出ないの?)
 声の出ない事で頭がいっぱいになるが、直ぐにハッとして目の前のイーターに目を向けると、また次の攻撃態勢に入っていて、立ち上がればきっと間に合わないから、そのまま地面を転がる。砂埃に塗れ、ボロボロだ。兄が見たらすぐお風呂に行ってと言われるだろう、と走馬灯の様な幻想から覚めれる。
 気がつけば、あれ?こんな感覚したっけと思って自身の足元に目を向ける。左足の脹脛に大きな切り傷が出来ており、今まで見たことのない赤い血が滝の様に流れ出てる。
(いや!いやだ!!!だれかたすけて!!!!!)
 流れる血を見て怖くなってすぐリンクを解除する。直感でこれ以上リンクするのは危ないと分かった。
 赤い血は池の様に血溜まりを作っていて、イーターもトドメを刺そうとこちらに近づく。私はいや、いやと声に出ない声を出しながらイーターに背を向けて上半身で下半身を引きずる様に少しでも離れようと移動する。私の血が地面に線を描く様に跡を描いていって、傷口が地面に擦れて痛い。痛い。と、涙を流すことしかできなかった。
『@'?v"/#_〒×3!!』
 それは一瞬のことだった、背中に激しい痛みが襲い、じわっと血が滲む感覚がする。あぁ、私もう死ぬんだ、と思うと目が涙で霞む。

 少しの間だけど、ヒーローでいられてよかった。お兄ちゃん、ごめんね………と、私の意識と心は真っ暗な闇の中、落ちていった。


「楓!!大丈夫か?楓!!」
 彼に助けられた事は知らず。真っ暗な中、救急車の音を子守唄に、ただただ眠り姫の様に眠っていた。
 

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