十字架に誓って

1.
「智樹、あんたは自由に生きなさい。」
 気がついたら白い空間に居て、目の前には女性が立っている。見えてる世界はモノクロで、顔はクレヨンで塗りつぶしたように黒い。でも声を聴くと不思議と落ち着く、まるで生まれた時からその声を聞いていたような気がする。
「誰、なん?」
 思い切って口を開くが、自分の声は聞こえなかった。口が魚のように動くだけで、自分の声が聞こえないというのは自分が魚になったようでとても気持ちが悪い。
 女性はふふ、と笑いながら俺の頭に手を伸ばし優しい手つきで頭を撫でる。それは何故か心地よくて、これが夢でなければ寝てしまうところであったと思う。女性の方を見ると、やはり顔は見えず、ただただ優しげに俺を見て笑っていた、微笑んでいた。その姿はまるで───
「母、さん...?」
 不意に出た言葉、聞こえた自身の声、それと同時に世界が彩り始め。女性のモヤも剥がれ始めたところに、強い力で肩を押される。なんで?と頭は理解出来ずにただただ白い世界の崖から落ちていくしか無かった。最後に見た女性.......基、母さんの姿は、哀しそうに涙を流しながら微笑んでいた。
 
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 は、として目が覚める見慣れぬ天井を見て、あぁ、あれは夢だったのかと再確認する。あの夢の続きを見てもいい夢は見れないと思い、布団から起き上がる。
 ここ、吉田家本家に来て早一ヶ月、中学校入学まで七日間もないものの、ぼんやりと生活をしていた。

 2.
 吉田家は代々続く霊能力の強いものが生まれる家系で、愛教会という国内で四、五を争う宗教との関わりが強い。俺の通う予定の中学校も、愛教会の母体の学校の兄弟校らしく、祖父がそこに入るように、お偉いさんと話をつけたらしい。
 東成都に戻ることがあっても、愛教会直下の愛教学院に通うことになるだろう。今の俺を見て、夢の中で母さんはあんなことを言ったのだろうか?
 霊能力というのは基本、母方から遺伝するものらしく、母さんも、俺と同じ読心術を使えたらしいし、母さんは天国で俺のことが心配だろう。無念だったろう。
 なぜなら母さんはこの吉田家本家に殺されたも同然だからだ。
 
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 母さんは小さな神社の生まれで、強い霊能力を持っていたらしく、地元では有名な巫女だったらしい、それを吉田家に見込まれてわざわざ遠いところから嫁にきたそうな。そんな母はこの吉田家でも巫女として仕事をしていたという。
 ある日、吉田家本家からの仕事の以来で、お祓いを執り行った。そのお祓いは非常に危険だったらしいが何とか無事に祓い終わったらしい。しかし、それだけでは終わらなかった。母の”お祓い”は自身の身体の中に霊を封印し、浄化の儀式を行うものであったが、本家はそれを今回限り行われ無かった。
 当時幼児だった俺から見て、母は何かに取り憑かれたのか、人が変わったように部屋の中で毎日獣のように唸り、発狂、自傷行為をしていた。
 今思えば、もしかしたら母さんがしていた事はお祓いなんかでは無いかもしれないし、本当に霊のせいかというのも怪しい。
 俺は当時何が起きたかもよくわからず、ずっと部屋の隅で震えていたのを覚えている。母はその後、別室に移され、衰弱死をしてしまった。表向きは精神を病んで自殺という事に本家が処理したらしい。まだ肌寒い、春の事だったのを覚えている。

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 3.
 トントンと、戸を叩く音で我に返った俺はどうぞ、と小さく戸を叩いた主に声をかけると、開かれた戸には義母がいた。
「智樹さん、ご飯が出来ましたよ。」
「あぁ、分かった、今行くわ。」
 まだ寝巻きである俺はぐしゃっと髪を掻いて目を擦る。
 義母さんはとてもべっぴんさんで父さんの再婚相手、基、この狂信者家族の一員には勿体ないぐらい真っ直ぐな人だ。
 義母さんは「先に行ってますね。」と、微笑んで下がる。俺は自室を後にすべく、寝巻きから一番手元に近かったシャツ、ズボン、パーカーに着替えて、髪型を軽く整える。ある程度身なりが整った所で右耳の違和感に気がつく。
「あぁ、そうそう...やっぱしこれがあらへんと。」
 机の上に明らかにそこら辺に散らばる物とは別に、大事に箱の中に保管してあるイヤーカフとピアスを右耳に付けていく。
 このイヤーカフとピアスに付いた十字架は生前、母さんのネックレスに付いていたもので、母さんが死んだ日にこっそり家族狂信者の目を盗んで、母の遺体から拝借したものだ。
 それを今まで肌身離さず持っていたのだが、つい最近、イヤーカフとピアスに自分で加工したのだ。初めてこれを付けて家族狂信者たちと顔をあわせた時ほど、面白いものは無かった、少なくとも一瞬だけ、母親を亡くした”家族”に戻れた気がした。
 十字架を指でなぞると、母さんの思いが伝わってくる感じがした。十字架を付ければいつも母さんが後ろで支えてくれていた気がした。もちろん俺の読心術はそこまでの能力はない。
 家族狂信者に飲み込まれないように、自分も奴らと同じで、当主がいなければ物事と決められぬ者とならないようにとこの地に足を付けられるのは、これのお陰だ。
 チクリと右耳にピアスを刺し、イヤーカフも耳の上部に挟み付ける。仕上げに両手で思いっきり両頬を思いっきり叩くと、両方が一瞬赤くなるが、それは気にしない。

「さぁ、行くで、俺はあんたらとおんなじになならへん。いつか目に物を見せたる。"家族"を取り戻すんや。」

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