1.
久々の家。久々の学校。一週間も立たぬ間に退院したが、兄とおばさん、おじさんの心配によりプラス一週間も家で安静にしていた。
兄は私が久しぶりに学校に行くにも心配して弓道部の朝練も休んで私と登校してくれている。兄とこうして学校に行くのはなんだか久しぶりで、気恥ずかしい。
「ねぇ、お兄ちゃんはもう承諾書とか、色々、もう出した?」
「まだ。.......楓がまだだから。」
よかった、と心の中で一息つく。今日の昼休み、昼休みだ。私はこの承諾書と何やらを渡しに事務にいく。
もちろんお昼は兄と食べる為、うまいこと席を外す方法を考えなくては行けない。授業中は頭を抱えそうだ。
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教室の前の廊下に一つ、机と椅子がぽつんっと出ているのが目に入る。机の上には私の描いたウサギの落書きから、私の机ということが分かる。いったい誰がこんなことを…と机を撫でる。
掃除の時に戻し忘れた?だとしたらなんで皆気づかないのだろう。
ラッキーなことに、まだ生徒はそんなに登校してない。一人でえっさほいさと穴の開いた自分の席の場所であるところに運んでいく。
多少、治ったはずの捻挫がずきりと痛んだが、これくらいなんともないと、気付かないふりをする。
きっとお兄ちゃんに見つかったら、心配して最悪、今日一日付きっきりになってしまう。そうなれば私は今日中にあの紙を渡す事は叶わない。だからこそ、なんとかして紙は今日中に渡さないと。
椅子に座って机に突っ伏して顔を伏せる。窓際の席、差し込む太陽がぽかぽか暖かくて気持ちがいい。あまりの暖かさに瞳を閉じそうになるが、閉じたら昼休みまで寝てしまいそうだなと思って、目をうつろうつろに開けて、窓の外を眺める。
窓の外には生徒たちがちらほらと登校し始めていて騒がしくなってきた。怪我をしていなかったのなら、この時間が本来学校に着いてるころの時間だ。人が多すぎず、少なすぎず、寂しくない、ちょうどいい時間帯。
ふと、廊下から騒がしい声が聞こえたと思い、聞き耳を立てる。
「なぁ、廊下の前の例の机、消えてね?」
「あぁ、お前のクラスの?」
あぁ、私のクラスの…しかも机のことを知ってる男子生徒か、と目を伏せる。
別に机と椅子を外に出されたぐらい、なんとも思わない。私が先生に何か言ったところで、彼や他のクラスメイトの内心は悪い点がついて、きっと大学への推薦はもらえない。それだけだ。彼らに罪はない。悪いのは集団行動に馴染めず、浮いてる私なのだから。私のことで、みんなの”未来”を潰しはしない。
「てか、その子、なんでそんな事になってんの?」
「さぁ?…でも、何考えてるかわかんねーんだよな。それが不気味っつーか、可愛げねーっつーか。」
近づいてきた足音はピタリと私の席から離れたドア付近で止まる。「あ」と聴こえてはもう片方は「じゃ、じゃあ後でな」っと颯爽とクラスの前を通り過ぎて行った。
私は別に机に伏せた顔を上げるまでもなく、そのまま窓の方を見つめる。
「き、霧谷さん居たんだ?」
「私が居たらおかしい?」
「う、ううん。暫く学校いなかったから、さ。」
彼は申し訳なさそうに、隣の島の席へと荷物を置きながら私の様子を伺いながら話す。
「私の机のこと、知ってるんだ?」
その言葉に彼の動きは固まった。私は相変わらず窓を見てるから本当に固まっているかはわからないが、そんな感じがした。
「あ、えっと…それは…。」
彼は先程別のクラスの人と話してる時と売って変わって、弱々しくまるで別人だ。きっと彼みたいな人は主犯ではなく、見てるだけの人なのだろう。
「べつにいいけど。」
私はそう言ってため息をつくと窓の外の登校してきた生徒を数えてホームルームまで時間を潰すべく、窓を見る事に集中した。
2.
意外と早くきた昼休み、授業中は流石に寝ることもなく無事に受けたが、眠気がして欠伸一つする。
よし、行かなきゃと意気込むと兄にチャットで『ごめん、先生に呼び出された』『少し遅れる』と嘘を送れば端末をスカートのポケットに入れて席を立つ。と、何かが足元に引っかかり、私はそのままべたんっと倒れ込む。私は何が起こったのかわからないまま身体を起き上がらせる。くすくすと笑うクラスメイトの声が聞こえて周りを見渡すけど、誰も私の方を見向きもしていない。なんだか少し、慣れたなと思いながら、膝やスカートについた埃を払う。膝には大きな青タンができていたが、気にしている暇もなく教室を後にする。
廊下で端末を確認すると、兄から『わかった』と一言返事が来ていた。それを見て安心したように息を吐く。お兄ちゃんには申し訳ないが、私は早く書類を出すべく、一回の事務局へと駆け足へと急ぐ。
「…お前は…?」
通り過ぎようとしたら男子に声をかけられたような気がして、目だけそちらを見ると、そこには私のヒーロー、巡くんがいて、私は急いでいた脚を止めた。
「巡くん…?」
「あぁ、やっぱりそうか。…脚はどうだ?」
「う、うん。大丈夫。」
素っ気なく返してしまったかも知れないが、私は内心心臓が破裂しそうなくらいドキドキしていて胸が痛いくらいだ。
「どこに行くところだったんだ?」
「えっと、事務局?」
「そうか…今うるさいやつが、事務局にいると思うが.......見て見ぬした方がいいぞ」
「へ?」
巡くんはやれやれ、と目を細めるが、それよりも魔のぬけた自分の声に私自身も驚く。まさか巡くんが私の心配をしてくれるとは思ってなくて、思わず思考が一時停止。頭を働かせるべくすぐさま再起動。パスワードは『事務局に行く。』で頭はスッキリその場に戻れた。
とりあえず「ありがとう。」と笑って一言言って、再び事務局に脚を進めていく。事務局はそう遠くなく、今回は事前に地図も確認したから、説明会の時と同じで迷子にはなはない筈だ。
矢印の指し示した事務局はすぐ目の前、窓口に駆け込み「あの、ヒーローの承諾書を.......」と声を出せば、隣から「キミは.......?」と、聞いたことがあるような声にそちらを向く。
目の前には藍色とオッドアイ、説明会の時、会場の前にいた人だ。
「やぁ、君はここに何をしに?」
「…。」
じっと見つめては視線を逸らす。この人の目は巡くんと同じぐらい綺麗で、オーラ(?)みたいのがキラキラしてて目を合わすことは出来ない。
窓口の方を向けば、窓口のお姉さんに「ヒーローになるための承諾書、血性検査の結果、その他もろもろ、書類、出しに来たんですけど」と茶封筒を渡す。窓口のお姉さんは、”ヒーロー”と聞くと私のことを2度見して茶封筒を受け取る。やっぱり"女子"がヒーローっておかしいのかな、とため息をついて肩を落とす。
「なるほど、君が校長の言っていた血清の強い女子生徒か!」
視界の端で揺れた藍色は先ほどより少し大きな声を出した、と思えば私の両手を取り、何故か彼の両手に包み込まれ、じっと彼の手を見る。兄より少し大きな手はあったかくて心地がいい。どうしたらいいか分からず、そのまま固まったままでいた。
「あの.......「楓!」」
私の声に重なって心地の良い声が廊下に響いた。視線を彼の肩らへんから横にずらすと、そこにはお兄ちゃんがいた。
どうしてここにいるのだろうか?待ってると行ったのに…いや、心配で見にきてしまったのかもしれない。
私と彼を交互に見れば不機嫌そうに目を細め、眉をしかめれば、妹になにしてるの?っと言いたげな顔でズカズカと近づいては私の右手首を掴んで引っ張られる。ここまでぎゅっと掴まれては、跡がつきそうだし、ただ単に痛いというのもあって声を振り絞って、少し廊下を歩いたところで「ねぇ。」と言えば兄は足を止めた。
「そんなに掴んだら痛い。」
「.......誰。」
「え.......?」
「誰だったの、あの人。」
どうやら、私があの場所にいたことより、彼、もとい(多分)先輩のことが気になるみたいで、相変わらず不機嫌そうに目を細めてる。「とりあえず、手、離そうか。」と掴まれてる手の力が緩んだことをいいことに左手でその手を退けた。
「ただの、先輩。」
「そう…。」
納得いってるような、納得していないまま、兄は目を伏せた。
"ただの先輩"別に嘘じゃない。彼とは今回2回目のコンタクトをとっただけだ。それが自分でも思えないぐらい距離が近かった…それだけなんだから。
「それじゃあ、なんであそこにいたの?」
思わない言葉に息が詰まる。疑うの、私を?でも、もしかしたら隠しきれなかったのかもしれないし、私が何かミスしたのかもしれない。ここはひとつ「さっきも言った通り、先生に呼ばれたの」と返したけど、返ってきたのは「嘘。」という言葉。
あぁ、もうダメだこれ以上は隠しきれないと思い、視線を兄の足元に徐々に移す…と、兄の左手には、よく見慣れた紙と霧谷 楓という私の字に焦点が合う。
「え…。」
「…俺も出してくる。ついでに、楓のこれも。」
そう言っていつもの無表情で私の横を通り過ぎる兄に、すぐに振り返ってその背中を見る。
その姿は怒ってるというより、悲しそうに見えた。