鼻で笑ってやった。反吐が出る。
「この僕が群れるように見えるかい?」
「ならば、子供とか」
「コドモ」
雲雀は、指で弾くように繰り返した。不快だ。下世話なジョークを無理やり聞かされた内心に近い。
向かい、ソファに座る男が喉で笑う。
「沢田綱吉は、息子だと言っていましたが」
「息子に欲情する親がいるなら合ってるんじゃない」
うへぇ。声にこそ出さなかったが、骸がそういう顔をした。
目の前で人間が爆散したような、吐き気を飲み込む表情。
「……君、よくそういうことが言えますね」
「近親相姦なんて、神々も行ってた行為だ」
「たまに、君は人外じゃないかと本気で疑います。発言といい、会話のセンスといい」
馬鹿げてる。カップに口付ける代わりに、息を吐いた。
「用件は、何?」
「はい?」
組んでいた足を逆にする。他人の部屋のソファは、座り心地が悪い。
唯一許せたのは、レイの部屋のソファだけだ。
「僕を自室に呼んだのは、優雅にお茶しながら、レイとの関係性を聞くためじゃないでしょ」
カチャリ。骸がローテーブルにカップを置く。
かつて、自分が居座った応接室を思わせるつくりだ。落ち着いた色の低い机、向かい合うソファ。
あの頃はまだ、レイという人間を知らなかった。
「いえ、合ってますよ。君が、あの男をどう思ってるか聞きたくて」
「それはまた、 意外だね」
「そうですか?」
「君は他人に興味が無い人間だろう」
レイに似て。
「無いですねぇ」
のんびりと骸が答えた。小皿のクッキーに手を伸ばすあたり、本気でどうでもよさそうだ。
「他人事で毛1本でも悩むくらいなら、レイの頭をどうふっ飛ばすか考えます」
紅茶を吐き出すところだった。
「は?頭?」
「手足も惜しいところですが、彼はまず、顔面偏差値から下げたいところなので」
気でも狂ったか。 眉をひそめたところで、思い出した。
そうだ。この男、美しい物は壊したいとぬかしてたっけ。
「悪趣味な」
「彼は、見た目が綺麗すぎるんですよ」
骸は真剣そのものといった様子だった。説法をするように、大真面目に言う。
「アレでは慈しみを乞う孤児ではなく、愛に媚びる娼婦だ」
「例えまで悪趣味だね」
鼻で笑ったが、あながち間違いじゃないとは思った。
「まあ、僕が手を下す前に自爆してくれる可能性も無きにしもあらず、ですが」
「は?」
頭をふっ飛ばす、の次は自爆と来た。どういうことだ。
「おや、知らないんですか?」
ひょい、と眉を上げられる。本気で驚いた顔だった。
「最近の彼、任務先で必ず大怪我して帰ってくるんですよ。それも重傷で」
「最近のレイチャン、任務先で必ずケガしてくるでしょ。それも大ケガで」
「ストーカーしてるのか?」
コンピューターには、ケガの記録まで残らない。ハッキングという線は即、消した。
ソファでマシュマロを頬張る男を見る。ソファでマシュマロ。ハイカラな組み合わせだ。それも、ボンゴレアジトという、他人の敷地で。
「そんな、蛆でも見るような顔しないでよ」
くつろぎと怠惰を型に流し込んだような笑顔で、白蘭がニッコリ笑う。
「懐古だよ、懐古。僕の時もそーだったから」
懐古。そんな、生やさしい言葉で片付けられる話には到底思えない。
「そうだった、って?」
「好きだって言う前かなぁ。やたら、任務先でケガするようになって」
ざわっと肌が総毛立つ。嫌な予感だ。
第六感と呼ばれる、血に宿った勘が騒ぐ。
「……だったら、なおさらこの話を聞かせるわけにはいかないかな」
「この話、って?」
わかってるくせに。冷めた感覚で、向かいを見つめた。
白蘭はニコニコしている。つい数日前、かつて思いを寄せた相手にナイフを喰らったとは思えない顔だ。
鋼の精神とマシュマロを好む一面。そのちぐはぐなメンタルバランスが、レイに逃げられても、平然とできるゆえなのかもしれない。
「数日前、あなたが裏ルートから情報を得た、巨大マフィアの侵攻についてですよ」
自分は、ダメだ。
もうわかっている。白蘭と違って、失踪されても笑う事はできない。
仲間の死体の前に立つように、きっと、一生引きずり続ける。
『ーーまあ、綱吉クンは、逃げられる前に殺しちゃうよね』
白蘭の言葉は、物騒だったが的を射ている。殺せはしないが、逃がせもしない。
例え、彼の望むものは与えられなかったとしても。
「……レイには、絶対に聞かせられない」