16,ハイドランジア

「友達?仲間?」

 鼻で笑ってやった。反吐が出る。

「この僕が群れるように見えるかい?」
「ならば、子供とか」
「コドモ」

 雲雀は、指で弾くように繰り返した。不快だ。下世話なジョークを無理やり聞かされた内心に近い。
 向かい、ソファに座る男が喉で笑う。

「沢田綱吉は、息子だと言っていましたが」
「息子に欲情する親がいるなら合ってるんじゃない」

 うへぇ。声にこそ出さなかったが、骸がそういう顔をした。
 目の前で人間が爆散したような、吐き気を飲み込む表情。

「……君、よくそういうことが言えますね」
「近親相姦なんて、神々も行ってた行為だ」
「たまに、君は人外じゃないかと本気で疑います。発言といい、会話のセンスといい」
 馬鹿げてる。カップに口付ける代わりに、息を吐いた。
「用件は、何?」
「はい?」

 組んでいた足を逆にする。他人の部屋のソファは、座り心地が悪い。
 唯一許せたのは、レイの部屋のソファだけだ。

「僕を自室に呼んだのは、優雅にお茶しながら、レイとの関係性を聞くためじゃないでしょ」

 カチャリ。骸がローテーブルにカップを置く。
 かつて、自分が居座った応接室を思わせるつくりだ。落ち着いた色の低い机、向かい合うソファ。
 あの頃はまだ、レイという人間を知らなかった。

「いえ、合ってますよ。君が、あの男をどう思ってるか聞きたくて」
「それはまた、 意外だね」
「そうですか?」
「君は他人に興味が無い人間だろう」
 レイに似て。
「無いですねぇ」
 のんびりと骸が答えた。小皿のクッキーに手を伸ばすあたり、本気でどうでもよさそうだ。

「他人事で毛1本でも悩むくらいなら、レイの頭をどうふっ飛ばすか考えます」

 紅茶を吐き出すところだった。
「は?頭?」
「手足も惜しいところですが、彼はまず、顔面偏差値から下げたいところなので」

 気でも狂ったか。 眉をひそめたところで、思い出した。
 そうだ。この男、美しい物は壊したいとぬかしてたっけ。

「悪趣味な」
「彼は、見た目が綺麗すぎるんですよ」
 骸は真剣そのものといった様子だった。説法をするように、大真面目に言う。
「アレでは慈しみを乞う孤児ではなく、愛に媚びる娼婦だ」
「例えまで悪趣味だね」
 鼻で笑ったが、あながち間違いじゃないとは思った。

「まあ、僕が手を下す前に自爆してくれる可能性も無きにしもあらず、ですが」
「は?」
 頭をふっ飛ばす、の次は自爆と来た。どういうことだ。
「おや、知らないんですか?」
 ひょい、と眉を上げられる。本気で驚いた顔だった。

「最近の彼、任務先で必ず大怪我して帰ってくるんですよ。それも重傷で」

▽▲


「最近のレイチャン、任務先で必ずケガしてくるでしょ。それも大ケガで」
「ストーカーしてるのか?」

 コンピューターには、ケガの記録まで残らない。ハッキングという線は即、消した。
 ソファでマシュマロを頬張る男を見る。ソファでマシュマロ。ハイカラな組み合わせだ。それも、ボンゴレアジトという、他人の敷地で。

「そんな、蛆でも見るような顔しないでよ」

 くつろぎと怠惰を型に流し込んだような笑顔で、白蘭がニッコリ笑う。

「懐古だよ、懐古。僕の時もそーだったから」
 懐古。そんな、生やさしい言葉で片付けられる話には到底思えない。
「そうだった、って?」
「好きだって言う前かなぁ。やたら、任務先でケガするようになって」

 ざわっと肌が総毛立つ。嫌な予感だ。
 第六感と呼ばれる、血に宿った勘が騒ぐ。

「……だったら、なおさらこの話を聞かせるわけにはいかないかな」
「この話、って?」
 わかってるくせに。冷めた感覚で、向かいを見つめた。

 白蘭はニコニコしている。つい数日前、かつて思いを寄せた相手にナイフを喰らったとは思えない顔だ。
 鋼の精神とマシュマロを好む一面。そのちぐはぐなメンタルバランスが、レイに逃げられても、平然とできるゆえなのかもしれない。

「数日前、あなたが裏ルートから情報を得た、巨大マフィアの侵攻についてですよ」

 自分は、ダメだ。
 もうわかっている。白蘭と違って、失踪されても笑う事はできない。
 仲間の死体の前に立つように、きっと、一生引きずり続ける。

『ーーまあ、綱吉クンは、逃げられる前に殺しちゃうよね』

 白蘭の言葉は、物騒だったが的を射ている。殺せはしないが、逃がせもしない。
 例え、彼の望むものは与えられなかったとしても。


「……レイには、絶対に聞かせられない」

back


ALICE+