すぐ上、見下ろすレイは、指定されたように真顔だった。
背中を土の感触がこする。今度は、こっちが馬乗りに乗っかられていた。
「なんで?」
「脳は言葉にしたモノを本当だと思い込む。ハッキリ言葉にしなければ、嫌いだという意識も薄れる。だから」
爪はなんで生えてくるの?生理現象。みたいな、手際の良い解答。
「……キライなもの増やしたくねーんだ。優しいな」
「でも、お前と骸は無理だ」
おおっと。ちょっと心にダメージを負う。
「ハッキリ言葉にしたいほど、キライ?」
「うん。特に骸は、嫌い。俺と似てるから」
一瞬、小粋なジョークかと思った。同族嫌悪、ってヤツなのか。
「俺と似てるのに、骸は俺より強い」
違った。尊敬が憎しみに変わったパターンか?
「……肝心なところで、俺と違う。だからあいつは大嫌い」
見下ろす目に影が見えた。曇り空を塗り潰す、暗雲のような色。
「じゃあ、オレは?」
「山本は昔から苦手意識あったけど、物の見事に嫌いゾーン突入」
「お、おおぅ」
物の見事に嫌われている。身に覚えがないだけに悲しくなった。
「理由は?」
問えば、レイはこちらを見た。すぐに視線が外される。
「……山本みたいな人間と対面してると、自分の乏しさが嫌になる」
「え?」
神に創られたような人間が、神を呪うような顔をして呟く。
理解が追い付かない。だが、相手は待ってくれなかった。
「嫌いな物を増やしたくない俺を、優しいって呼んだじゃん。さっき」
「え?ああ、うん」
爆竹みたいに、話がよくあっちこっちへと飛ぶことだ。脳処理が追いつかない。
「エゴだよ。優しくなんてない」
「?」
エゴ?
「どこらへんがエゴなんだ?」
「心に負担が増えるのって、嫌だろ」
見つめる。仰向けの体の上に乗った相手は、世の中全てに冷めたような目をしていた。
周囲の人間は教えてくれなかった。というより、自分にわかる言葉で言い換えてくれなかった。「ボンゴレの犬」を名乗る、秀麗な男の本質を。
嫌いなものを増やしたくない感情の動きを、エゴだと言い切った男。心に負担が増えるのはイヤだという言葉は、ひっくり返せば、世界中を好きなもので満たしておきたいのと同じだ。
けれど、そう言ってしまう時点で好きも嫌いもない。多分、この男は大体のものが好きじゃない。
「……好きか嫌いか、白黒付けたがるのはなぜ?」
自分に向けられた問いじゃない気がした。
少し迷って、言葉を選ぶ。
「曖昧なものって信用できないからじゃね?」
「曖昧な……」
「例えば、いいヤツっぽいけど、何考えてるかわかんないから、骸ってたまにこえーじゃん」
レイの目に、戸惑いが浮かんだ。
「骸が、ツナに好き好き大好きとか言っててもヤダけど」
「それは確かにちょっと怖いな!」
獄寺あたりなら、泡吹いて倒れそうだ。
「山本は、どうして俺が気になったの」
目をしばたく。聞き間違えかと思った。
この、どこか不安定でつかみどころのない猫が、直接的な質問を繰り出すなど。
「うーん……オレはただ、本当に気になっただけだからなぁ」
「他人を気にするのって、面倒じゃないか」
本音だ。なぜか、わかった。
やっぱり猫に似ている。人を厭う猫。
「面倒なだけじゃないだろー。可愛い子とか元気な子とか、なんか惹かれる奴っているじゃん」
「ひかれる」
異国語のように、上に乗った相手が呟く。中学生に英語を教えてるみたいだ。
「そんな奴、いないな」
ぽつりと、レイが漏らす。
その言葉の寂莫さに、胸を刺された気がした。
『欠落者』
雲雀が告げた三文字が蘇る。言葉が文字になって浮かぶように。
小学生だって、好きな人の話で頬を染める。人は、いつも人に動かされているのだ。年齢も性別も状況も関係なく。
それなのに、この男はいないと言う。心動かされる相手が。
迷子になったまま時間が経ちすぎて、帰る場所すらわからなくなった子どもみたいに。
「……オレにとっては少なくとも、レイがそうだった」
「そう、って?」
「惹かれるヤツ」
届けばいいな。心を込めて答えた。
恋や愛は、誰かに教えてもらって理解するものじゃない。雛鳥が親鳥を見て羽ばたくように、誰かに与えてもらうからわかるんだ。
「いつか、見つかればいいな」
そう言った自分の顔を、なぜかレイは目を細めて見下ろしていた。眩しがるように。