チャンバラ。小学生みたいな言い方に、思わず笑う。
「バレなきゃいーんだろ?簡単簡単」
ニッコリ、刀をかまえた。タイミング良く、日が陰る。
風も無ければ敵もいない。このボンゴレアジトにいたりしたら、困るんだが。
「……今日、あんまり調子が良くないんだ」
向かい合う相手の顔が、見るからに曇る。珍しい。
人形のように見目良い顔があからさまに困るのを、少なくとも山本自身は、今、この瞬間に初めて見た。
「そうか?でも、コレはチャンバラだからさ」
揚げ足を取る。レイの眉が寄った。眉間をつつかれたような顔。
アジトの「裏庭」、つまるところ広がる森林は、「チャンバラ」するにはうってつけだ。
「早くやろーぜ」
野球に誘うように、気楽に言った。バットの代わりに、真剣を相手の喉に突き付ける。
レイが口八丁なのは知っている。先に行動した方が、逃げられる可能性は低い。
「……炎はアリ?」「もちろん」
諦めたように、レイが笑った。おもむろに懐に手を突っ込む。
何をするのかと見ていれば、相手は取り出したリングを指にはめ出した。というか、ナイフオンリーで自分の刀に立ち向かうつもりだったのか。末恐ろしい。
「わかった」
晴れやかに笑う顔は、もう切り替えた顔だった。スイッチを押したように。
レイが得意な表情だ。誰かを安心させたり気を緩ませたりする、子供みたいな笑顔。
腹の底が、一瞬重くなった。鉛を飲んだように、鈍いもやがかかる感じ。
だってソレ、演技だろ。
嫌われてるのは知っている。
否、正しくは「避けられている」というところか。
山本は、自分に向けられる好意にも悪意にも敏感だった。それら全てに反応するかどうかは別にして、基本的に、他人からの感情ベクトルに強い。
だから、すぐわかった。
レイは、自分に関わりたがらない。
「オレの事、嫌い?」
一太刀。空気を切るように、腕を振るう。
避けたレイが、奇妙な顔付きをした。正月と仕事始めが同時に来たみたいな。
「……余裕アピール?」
「いやいや、本当に聞きたいんだって」
トカゲがカラスから逃げ回るように、この男は自分の視野に入らない。
そういう立ち回りの上手さは、逆に脱帽モノだ。
「ずっと聞きたかったんだ」
だから、今日という日を狙った。
相性の良いらしいヒバリは日本に行った。骸はよくわからない。たまたまだが、ツナも不在だった。あとは何かと口うるさい獄寺だが、今日は書類処理だと部屋に引きこもりだ。
そこまで把握して、捕まえたのだ。気紛れな猫みたく、すぐ消え隠れするこの男を。
「策士か」
話を聞いたレイが、顔をしかめた。
それほどまでして聞きたかった、という自分の思いを伝えたかっただけなのだが。意思疎通って難しい。
「オレ、すっげぇお前のこと気になってたんだ。恋かも」
「冗談がアグレッシブすぎるんだが、コレ笑いどころだよな?」
縦に振り下ろす。バク転で逃げられた。
ずいぶんアクロバティックな動きだ。距離を取ったレイが、大木を背にじりじりと身構える。
思わず、口元が緩んでいた。
「ネコみてーだな。すげぇや」
「何が?」
返答はそっけない。どうやら、もう愛想笑いは必要ないと認定されたらしい。
嬉しい事だ。素直に怒ったりしかめっ面したり、そういう間柄が好きだった。許されたようで。
「レイの動き!」
即答した。元気よく答えたのに、レイは変な顔をする。
「動き?」
「エッ、素?」
染みついた反射という事か。
肉弾戦が得意な猫ちゃん。凄いポテンシャルだ。
「で?オレのこと、嫌い?好き?」
「俺が好きでも嫌いでも、山本の明日に関わるワケじゃないだろう?」
目をパチクリさせた。今まで喰らったことのない返しだ。
「……なるほど。確かに」
「だろ?」
「でもオレは知りたい」
清廉な石像のような見目で、相手がギャグみたくずっこけかけた。
「黙秘権、行使」
「いやぁ、ココは警察署じゃねぇしなあ」
あいにく、ただの「裏庭」だ。
「!」
「次は逃がさねぇよ」
レイの目元が引き攣った。その首元へ、まっすぐに刃を振り上げる。
その後ろは巨木だ。もうバク転はできっこない。
ドスッと、重たい物を刺した手応えがあった。
「特定の1人が気になるって、どういう感情?」
真上から声が降る。こめかみを強く打つ、雨粒のように。
反射で顔を上げて、目を見開いた。
ふわり。水槽を泳ぐ金魚のように、傷ひとつない青年が青い空を舞っていた。
「俺には理解できない」
衝撃的な眺めだった。
神が創った生き物のように美しい何かが、自分の頭上から空を背景に落ちてくる。魔力を持った猫のような滑らかさだ。本物にしろ幻覚にしろ、綺麗だ。
「……幻覚?」
「どっちだと思う」
男を誑かす遊女みたいに微笑まれる。幹に刺さった刃先の横に、レイの姿は当然無い。
「どっちにしても、」
雷が自分に直撃するのを見たことのある人間がいたとしたら、多分、こんな気分だ。
目前に迫る美しさに、釘づけになるしかない。あと数秒で世界が瓦解するとわかっていても。
「俺の勝ち」
真上から迫るナイフが、雷撃のように光った。
『欠落者』
雲雀はいつもの顔で答えた。
『10代目が拾った奴。有能だけど底知れない』
獄寺は、他にも二言三言言いたげだった。
『殺戮対象』
骸はにっこり言い捨てた。
『息子だよ』
最後に聞いたツナは、どこかくすぐられたみたいに笑った。
『息子だよ。レイはね』
「……こーんな物騒な息子、オレはちょっと困るなぁ」
「げほっ、バカ、力が強すぎ」
「エッあっ、わりぃ!」
首を絞めていた手を慌てて放す。馬乗りに押さえた身体は、意外と小さかった。
「……なんでわかった?」
「ん?」
仰向けの状態で睨まれる。馬鹿は殺すという目付きだった。
マウントを取ってるはずがゾッとする。さすが、『ボンゴレの犬』。
「上から降ってきた俺が、幻覚だって」
「えー、そりゃまー……」
刀を置く。片手で頬をぽりぽりかいた。
「……カン!」
「ほほぉう」
「この答えじゃダメか?」
「いいや?野生動物並みの勘をお持ちのようで羨ましいよ」
口調が変わった。火口のマグマみたいな不穏さがある。
「じゃっ、次はオレの質問に答えてくれよな!」
「ぜってーヤダ」
「よし、オレのこと嫌いか?」
「俺の言葉聞いてた?」
「しょーがねーな、質問変えてやるって!」
「すげぇ、同じ言語なのに会話が成立しねぇ」
「なぁレイ、なんでお前、いつも演技してんの?」
凍り付いた。神獣のように艶やかな美貌が。
遠巻きにしていてもわかった。レイは他人に好かれる人間だ。
親しみやすい笑顔と整った見目。モデルみたいに綺麗な容姿だ。けれど、それに不釣り合いな子供っぽい仕草が時おり覗くから、不思議と近寄りがたさは無い。
人は、人間そっくりなロボットに嫌悪感を抱くという。それと同じように、神がきちんと創り上げたような完璧さを、レイは見事に中和していた。つまり、人ウケがいい。
「でも、演技じゃん」
相手が喋らないのをいいことに続ける。レイは、喉を刺されたように目を開いていた。
「あっ、別にそれがワリーとか言いたいんじゃなくてさ。オレだって先生相手にネコ被ったこととか、よくあったし。学生の頃とかさ」
反応の無い事が、逆に焦る。
レイは完全に冷凍状態だ。これ、電子レンジとかで解凍しなきゃダメか?
「でも、オレたちボンゴレの仲間くらいには、そういうの」
無くしたって。
言いかけた瞬間、視界がぐわんっと回った。