7,ストレイシープ(上)

「裏庭でチャンバラなんて、ツナにバレたら怒られるよ」
 チャンバラ。小学生みたいな言い方に、思わず笑う。

「バレなきゃいーんだろ?簡単簡単」

 ニッコリ、刀をかまえた。タイミング良く、日が陰る。
 風も無ければ敵もいない。このボンゴレアジトにいたりしたら、困るんだが。

「……今日、あんまり調子が良くないんだ」

 向かい合う相手の顔が、見るからに曇る。珍しい。
 人形のように見目良い顔があからさまに困るのを、少なくとも山本自身は、今、この瞬間に初めて見た。

「そうか?でも、コレはチャンバラだからさ」

 揚げ足を取る。レイの眉が寄った。眉間をつつかれたような顔。
 アジトの「裏庭」、つまるところ広がる森林は、「チャンバラ」するにはうってつけだ。
 
「早くやろーぜ」

 野球に誘うように、気楽に言った。バットの代わりに、真剣を相手の喉に突き付ける。
 レイが口八丁なのは知っている。先に行動した方が、逃げられる可能性は低い。

「……炎はアリ?」「もちろん」

 諦めたように、レイが笑った。おもむろに懐に手を突っ込む。
 何をするのかと見ていれば、相手は取り出したリングを指にはめ出した。というか、ナイフオンリーで自分の刀に立ち向かうつもりだったのか。末恐ろしい。

「わかった」

 晴れやかに笑う顔は、もう切り替えた顔だった。スイッチを押したように。
 レイが得意な表情だ。誰かを安心させたり気を緩ませたりする、子供みたいな笑顔。
 腹の底が、一瞬重くなった。鉛を飲んだように、鈍いもやがかかる感じ。
 だってソレ、演技だろ。

▽▲


 嫌われてるのは知っている。
 否、正しくは「避けられている」というところか。
 山本は、自分に向けられる好意にも悪意にも敏感だった。それら全てに反応するかどうかは別にして、基本的に、他人からの感情ベクトルに強い。
 だから、すぐわかった。
 レイは、自分に関わりたがらない。

▽▲


「オレの事、嫌い?」
 一太刀。空気を切るように、腕を振るう。
 避けたレイが、奇妙な顔付きをした。正月と仕事始めが同時に来たみたいな。

「……余裕アピール?」
「いやいや、本当に聞きたいんだって」

 トカゲがカラスから逃げ回るように、この男は自分の視野に入らない。
 そういう立ち回りの上手さは、逆に脱帽モノだ。

「ずっと聞きたかったんだ」

 だから、今日という日を狙った。
 相性の良いらしいヒバリは日本に行った。骸はよくわからない。たまたまだが、ツナも不在だった。あとは何かと口うるさい獄寺だが、今日は書類処理だと部屋に引きこもりだ。
 そこまで把握して、捕まえたのだ。気紛れな猫みたく、すぐ消え隠れするこの男を。

「策士か」

 話を聞いたレイが、顔をしかめた。
 それほどまでして聞きたかった、という自分の思いを伝えたかっただけなのだが。意思疎通って難しい。

「オレ、すっげぇお前のこと気になってたんだ。恋かも」
「冗談がアグレッシブすぎるんだが、コレ笑いどころだよな?」

 縦に振り下ろす。バク転で逃げられた。
 ずいぶんアクロバティックな動きだ。距離を取ったレイが、大木を背にじりじりと身構える。
 思わず、口元が緩んでいた。

「ネコみてーだな。すげぇや」
「何が?」
 返答はそっけない。どうやら、もう愛想笑いは必要ないと認定されたらしい。
 嬉しい事だ。素直に怒ったりしかめっ面したり、そういう間柄が好きだった。許されたようで。
「レイの動き!」
 即答した。元気よく答えたのに、レイは変な顔をする。
「動き?」
「エッ、素?」
 染みついた反射という事か。
 肉弾戦が得意な猫ちゃん。凄いポテンシャルだ。
「で?オレのこと、嫌い?好き?」
「俺が好きでも嫌いでも、山本の明日に関わるワケじゃないだろう?」
 目をパチクリさせた。今まで喰らったことのない返しだ。
「……なるほど。確かに」
「だろ?」
「でもオレは知りたい」

 清廉な石像のような見目で、相手がギャグみたくずっこけかけた。

「黙秘権、行使」
「いやぁ、ココは警察署じゃねぇしなあ」
 あいにく、ただの「裏庭」だ。
「!」
「次は逃がさねぇよ」

 レイの目元が引き攣った。その首元へ、まっすぐに刃を振り上げる。
 その後ろは巨木だ。もうバク転はできっこない。

 ドスッと、重たい物を刺した手応えがあった。

▽▲


「特定の1人が気になるって、どういう感情?」

 真上から声が降る。こめかみを強く打つ、雨粒のように。
 反射で顔を上げて、目を見開いた。
 ふわり。水槽を泳ぐ金魚のように、傷ひとつない青年が青い空を舞っていた。

「俺には理解できない」

 衝撃的な眺めだった。
 神が創った生き物のように美しい何かが、自分の頭上から空を背景に落ちてくる。魔力を持った猫のような滑らかさだ。本物にしろ幻覚にしろ、綺麗だ。
「……幻覚?」
「どっちだと思う」
 男を誑かす遊女みたいに微笑まれる。幹に刺さった刃先の横に、レイの姿は当然無い。

「どっちにしても、」

 雷が自分に直撃するのを見たことのある人間がいたとしたら、多分、こんな気分だ。
 目前に迫る美しさに、釘づけになるしかない。あと数秒で世界が瓦解するとわかっていても。

「俺の勝ち」
 真上から迫るナイフが、雷撃のように光った。

▽▲


『欠落者』
 雲雀はいつもの顔で答えた。
『10代目が拾った奴。有能だけど底知れない』
 獄寺は、他にも二言三言言いたげだった。
『殺戮対象』
 骸はにっこり言い捨てた。
『息子だよ』
 最後に聞いたツナは、どこかくすぐられたみたいに笑った。

『息子だよ。レイはね』

▽▲


「……こーんな物騒な息子、オレはちょっと困るなぁ」
「げほっ、バカ、力が強すぎ」
「エッあっ、わりぃ!」

 首を絞めていた手を慌てて放す。馬乗りに押さえた身体は、意外と小さかった。

「……なんでわかった?」
「ん?」
 仰向けの状態で睨まれる。馬鹿は殺すという目付きだった。
 マウントを取ってるはずがゾッとする。さすが、『ボンゴレの犬』。
「上から降ってきた俺が、幻覚だって」
「えー、そりゃまー……」
 刀を置く。片手で頬をぽりぽりかいた。
「……カン!」
「ほほぉう」
「この答えじゃダメか?」
「いいや?野生動物並みの勘をお持ちのようで羨ましいよ」
 口調が変わった。火口のマグマみたいな不穏さがある。
「じゃっ、次はオレの質問に答えてくれよな!」
「ぜってーヤダ」
「よし、オレのこと嫌いか?」
「俺の言葉聞いてた?」
「しょーがねーな、質問変えてやるって!」
「すげぇ、同じ言語なのに会話が成立しねぇ」
「なぁレイ、なんでお前、いつも演技してんの?」

 凍り付いた。神獣のように艶やかな美貌が。


 遠巻きにしていてもわかった。レイは他人に好かれる人間だ。
 親しみやすい笑顔と整った見目。モデルみたいに綺麗な容姿だ。けれど、それに不釣り合いな子供っぽい仕草が時おり覗くから、不思議と近寄りがたさは無い。
 人は、人間そっくりなロボットに嫌悪感を抱くという。それと同じように、神がきちんと創り上げたような完璧さを、レイは見事に中和していた。つまり、人ウケがいい。


「でも、演技じゃん」
 相手が喋らないのをいいことに続ける。レイは、喉を刺されたように目を開いていた。
「あっ、別にそれがワリーとか言いたいんじゃなくてさ。オレだって先生相手にネコ被ったこととか、よくあったし。学生の頃とかさ」
 反応の無い事が、逆に焦る。
 レイは完全に冷凍状態だ。これ、電子レンジとかで解凍しなきゃダメか?
「でも、オレたちボンゴレの仲間くらいには、そういうの」
 無くしたって。
 言いかけた瞬間、視界がぐわんっと回った。

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