ボンゴレボスが、無意味な拾い物をしてくるはずがない。それも、成人間近の青年を。
何かあったのだ。何かが。
拾わずにいられなかった要因が。
「……イライラすんだよ。テメェ見てると」
吐き捨てた。レイが眉を寄せる。言われた言葉が理解できない、という顔だ。
愛想が良くて気遣い上手。そういう器用な男が、首に重傷を負って帰ってくる。
おかしいのだ。どう考えても。
「別に、お前が何考えたってかまわねぇ。けど、10代目に貰った命だけは大事にしろ」
鼻先で瞳が鋭く光った。黙るかと思ったのだが、どうやら逆で火を点けたらしい。
「お前に言われたくないね、ツナにくっつきたがりの自称右腕」
「同じようなモンだろ、自称『ボンゴレの犬』」
守護者という肩書きに空きは無い。
だからこの男は、「犬」というわかりやすい名称で、従属の意思を示す。
「存在価値をツナの隣で確保してるお前にだけは、命がどうこう言われたくない」
「なんだよ、羨ましいのか?」
ハッと鼻で笑う。そんなわけがないのはわかりきっていた。
それなのに、おもむろにレイは笑った。手のひらからこぼれ落ちる砂を嘲笑するように。
「そうだよ。羨ましいんだ」
爆弾を喰らったような気分だった。驚いて、言葉も返せず見つめる。
胸倉を掴まれたまま、この世の美しさを形にしたみたいな男が確かに笑った。何もかも諦めたような笑い方で。
「誰かの隣で生きていける、お前の事がね。きっと」
突き飛ばす。そのまま、医務室のベッドの上に押し倒した。
自分の下、首に巻かれた包帯が目に入って思い出す。縫合直後だった、コイツ。
「獄寺?」
「……気持ち悪ぃ」
吐くように言った。
男に押し倒されているのに、眼下のレイはなぜか笑っている。やっぱりおかしい。時間間隔とか笑いのツボとかだけじゃなくて、感情の回線まで。
「獄寺、」
あやすように青年が笑う。それを無視した。
「欲しいなら、求めればいいだろ。言えばいいだけだ」
言葉がある第一の理由は、会話をするためだ。意思を伝えるために、人間は共通の言語を生み出した。
絵や文字だけじゃ不可能だった。だから、こんなに無数の言語が世界にはある。欲しいもの、言いたいこと、それが多様化して複雑になったから。
なのに。
「言って困らせるだけなら、言わない方がずっといい」
子どもが悟り得たような顔だった。そのまま、レイは同意を求めるみたく、優しく頬を緩める。
ほらまた。事を波立たせないように。他人を荒ぶらせないように。
そういう、人の顔を見て浮かべる、ラッピングされた笑い方に殺気が湧く。
「ツナは優しい。俺がおかしな奴でも受け入れてくれる。でもボスとして多忙な身に、俺の親代わりまでは手が回らない。それは、当然なんだ」
驚く。一瞬で、体温が下がるように殺意が拡散した。
わかっていたという事実がわかったことに、驚きを覚える。
「そもそも、さほど年が変わらないような俺が親だなんて慕う時点で、間違ってる」
「だけど」
だけど、お前は欲しいんだろう。その居場所が。
親に愛される子供の場所が。
視線が合う。上と下、ベッドで。
少し手を動かせば肌に触れられるのに、何を考えているかはわからない。
何を言えば慰められるのか、わからないんだ。
「……わかんねぇよ」
「ん」
「オレには、お前がわかんねぇ。だから、わからないお前が、気持ち悪ぃ……」
欠落。
いつか、ヒバリが囁くように言っていたのを思い出した。
ボスに向かって言った、一言。あの凶暴な男は、今、眼下でベッドシーツに埋もれる人間の異常性を、「欠落」と呼んだ。
違う。そうじゃない。
獄寺は、それを「破損」だと感じた。この男は、何かが壊れている。幼い頃、身近な誰かが与えてくれるはずだった物の歪曲。あるいは、損傷。
その結果が、この奇妙な感受性だ。
容姿も中身も完璧なロボットのような男が、誰かの隣に縋ることで「存在したい」と願う、そのいびつさ。自分を羨ましいと呼ぶ倒錯加減に、目まいがした。
違う。違うだろう。
レイ、お前が本当に欲しいのは右腕の居場所でも偽の親でもなくて、
「――ごくで」
唇を塞いだ。息を呑み、目を見開いた男の唇を貪る。
吐息すら奪うように、強く舌を這わせた。抵抗の証に腕を叩かれて、その手を掴む。シーツに押し付けて絡めた両手は、まるで恋人同士のようだった。
レイが苦しそうに目をゆがめる。その顔に、初めて快感を覚えた。
そうだ。記憶しろ。忘れるな。
他人の温度と、それに触れ合うことで生まれる苦しみを。
その虚無感を埋めるものは、もうこの世には無いのだと。
絶対に、与えられないものなんだ。
お前を包む優しい家族の温度は、もう。