「最近、怪我が多いそうじゃないか」
「やんちゃ盛りでね」
間髪入れず返される。いつも通りだ。
こういうところを「仲が良い」と評されるのだが、正直、雲雀には全くわからない。
「反抗期ならとうに過ぎただろ?いい加減、落ち着きなよ」
「年中、反抗期みたいに暴れ狂ってる雲雀サンに言われても」
「咬み殺そうか?」
「そーいうとこだよ」
手招きで机に案内される。レイが、マグカップを2つ置いた。
ソファに座り込み、青い方を手に取る。向かいのソファに座ったレイは赤色だった。
なぜ青と赤なのかと聞いたことがある。レイは、「1番ありがちな組み合わせだから」と答えた。
「なんでホットミルク?」
一口飲んで、文句を言う。
「深夜にアポ無しでやってくる客に、俺がホットミルクを出す真意は一つ」
「なに」
ソファが2つと、テーブルが1つ。片隅にベッド、空きの目立つ本棚に窓のカーテン。
インテリアという、個人の価値観が反映される部分にも、この男はただ当たり障りない。ありがちなインテリア。
「客が眠くなって早く帰りますように」
「ワオ」
頭が良いのか悪いのか。
「睡眠薬を入れた方が確実じゃない?」
「バカ、毒飲まされたってトンファーぶんぶん振り回してる奴が何を」
「即効性なら僕にも効くかもよ」
「お前、この前俺が淹れたお茶をマズイって吐いたの、忘れたのか」
「?ああ、そんなこともあったね。それが?」
レイが大真面目な顔で言った。
「アレ、強力な睡眠薬混ぜてたんだ」
「ワオ」
驚きの真実だ。
「ちょっとした好奇心だったけど、お前には二度と盛るまいと決めた」
「毒も効かないし薬も味でわかる、僕はやっぱり最強だね」
「うわ、腹立つほどにナルシだけど、否定できねぇ……」
淹れられたお茶を吐いた事も、薬を盛られた事も咎めない。
そういう関係性だ。この男とは。
「大体、君は人を眠らせて何がしたかったの」
レイがニヤリ、と口角を上げた。
「2人きりの部屋で、相手を眠らせてすることと言えばただひとつ……」
「まさか、君……」
「顔にラクガキして、写真をボンゴレ中に送信」
お茶を吐いといて本当に良かった。
「くだらない。咬み殺す気も起きないレベルでくだらない」
「いやぁ、1回、雲雀の額に『肉』とか書いてみたかった」
発想が小学生だ。
「どうせなら睡姦とかしたら」
「誰得だよ。俺に何の得があるんだよ」
下品な言い回しに、即答。おかしく思った。
六道あたりなら、顔をしかめでもするだろう。レイは、ただ平然とマグカップに口を付けている。
「大体、雲雀眠らせといて『どうせならちょっと襲ってみるか』とか、どういう思考回路だよ。何のメリットがあるんだ」
「征服欲とか刺激されるかもしれないよ」
「だったら、戦闘でお前メッタメタにするわ。それで征服欲を刺激する方が、よっぽど楽しい」
深夜にはふさわしい話題だ。
ホットミルクをすする。ちょうどいい温度だった。
「ていうか雲雀、さっきからやたら勧めてくるけど」
「勧めてないけど」
「何お前、そういうの好きなの?」
さすがに笑った。
「僕は、君みたいにアブノーマルな趣味してないよ」
「人を変態呼ばわりすんな」
ツーンとそっぽを向かれる。機嫌を損ねた猫みたいだ。
「僕より経験豊富な君なら、睡姦のひとつやふたつ、お手の物かと」
「リンゴみたいな数え方するか?普通」
「経験豊富は否定しないんだ」
見た目が見た目だから、ある程度の予想はつくが。
レイは、澄まし顔でマグカップに口付けている。
「いや?俺、多分お前より経験無いよ」
「ご謙遜を。最後はいつだい?」
何気ない質問に、レイが目線を天井に向けた。そのまま、眉間にしわを寄せる。
「最後……?うーん、カウントしていいか微妙だけど」
「何、言いなよ」
「獄寺、かな」
吹いた。
「…………は?誰って?」
「獄寺。獄寺隼人。嵐の守護者の」
知らないの?みたいな顔で見られる。知らないわけあるか。
「ハ?は、なんで?何が?」
「まあキスまでだし、ノーカンでもいいけど」
基準。基準がおかしい。
というか、
「男だろ」
「雲雀サン」
レイが、優等生のように姿勢を正す。
「今のご時勢、そういう発言は時代遅れと言いまして」
「しかも身近」
「身近じゃなかったらいいのか?」
ごもっともだ。だが違う、そうじゃない。
「説明して。短く。ついでにわかりやすく」
「医務室で・ひと悶着あり・気付けば口が」
「そのくだりはもう飽きた」
殺意が湧くレベルだ。
「ていうか、」
レイが眉をひそめた。そのまま、空の色でも訊くように質問される。
「別に、俺が誰とキスしようと関係ないだろ」
息が詰まった。
ホットミルクが逆流したかのように。
「……それは」
「別に、俺が獄寺とキスしようが山本とデートしようが骸とスキップしようが」
「ラスト、やったら僕も現場に立ち会うから絶対呼んで。草壁にカメラと録画ダブルでやらせる」
「関係ないだろ。雲雀に」
見つめ返される。
まるで、本当に彫像になったかのような平然とした顔で。
『……ヒバリさんは、好きなんですか?』
群れるのは嫌いだ。馴れ合うのはもっと嫌いだ。
だから、好きだなんて思った事は無い。友達だとも。
『でも、オレとわざわざ取引して盗み聞きするくらい、気にかけてるじゃないですか』
「……ああ」
「えっ、何」
ため息をつく。レイが目を丸くした。
「沢田綱吉、やっぱり咬み殺したいなって」
「ちょっ、待て待て、今どっからその思考に辿り着いた」
面倒くさい。心底、そう思う。
誰かと繋がるとは、そういうことだ。ひとりで生きることが難しくなる。
譲れないものが増えるのだ。抱え込みすぎて動けなくなった、沢田綱吉のように。
「別に、君が誰とキスしようがデートしようが六道とヒップホップしようが、僕には関係ないけれど」
「ちょい待て、今、なんで最後の難易度上げた」
「ムカつくんだ。だから嫌だ」
マグカップを置く。そのまま、立ち上がった。
レイはポカンとしている。いきなり水をかけられたかのように。
「……え?何その、子供がオモチャ手放したくない時の言い草みたいな」
「だから、次からは僕に許可取ってね。絶対に」
「いやいや、だから許可取るって、俺はお前の物じゃ、」
レイが言葉をぶっちぎった。
パチパチとまばたきし、ソファに歩み寄る雲雀を見上げる。
「え、何、ちょっなんで近付いてきてんのお前雲雀、」
「まずは」
見下ろす。ソファに座り込んだまま、逃げようともしない姿は好都合だった。
「上書き、からかな」
綺麗な顔が、見事に引き攣った。何か察したように、レイがパッと身を起こす。もう遅い。
両腕を掴んで引き倒した。ソファの背中を滑りながら、レイが子猫のようにひっくり返る。
仰向けに転がした上に跨って、小さく笑う。
久々に愉快だった。楽しい、と心から思う。
「征服欲を刺激されるっていうの、よくわかったよ」
「俺、別に、寝てないんだけど」
レイが目を上下に動かす。逃げ場を探してるのだとわかった。あるいは、こっちの隙を。
「睡姦は君の趣味だろ?僕にアブノーマルな嗜好は無い」
「あのさ」
掴んだ手首から、どくどくと脈動が伝わってくる。速い。
こいつ、そのうち死ぬんじゃないか。
「雲雀、お前、何する気」
笑った。
動揺のあまり、口が回っていない。珍しい姿だ。
「言ったでしょ。上書きだって」
唇を寄せる。
カッと赤くなった頬を見て、承諾の証だと口付けた。
探すのではなく選ぶんだ。そう言ったのは自分だ。
この男の欠落部分はわかっている。だから、そこを埋められる誰かを選べと言った。
でも、そこに自分以外の誰かを選ばれるのは、嫌だと思った。