「あれぇ」
体を起こす。腹の下で、「うっ」とレイがうめいた。
とっさとはいえ、庇うような姿勢を取ってあげたのだから誉めてほしい。突然、頭上を掠めた銃弾から。
「君は……同族嫌悪の骸クン!」
「ハ?」「余計な事言うなマシュマロ野郎」
指をさすと同時、真下からもろに腹パンを喰らった。咳き込む。
「ちょっ……げほげほッ、レイチャン手加減してよ〜」
「そのまま胃が潰れて死ね」
「とってもストレートな発言だね?!」
顔を上げる。見覚えのある立ち姿が、陥没した扉の真ん中に佇んでいた。
「……何やら楽しそうですねぇ」
「そう思うなら、その物騒なモノ下げてくれない?」
右手に銃口。左手に三叉槍。
鯨の口みたく、ポッカリ開いた穴の中央に、六道骸が立っていた。
「……骸」
「お楽しみ中すみませんね」
仰向けに転がったまま、レイが呆然とした声で呟く。対する骸は、ニコニコと愛想が良い。
ゆらり、立ち上がり、白蘭は口元を緩めた。雷に打たれたように、全身がビリビリする。
殺気だ。
「ホントだよ。もうちょっと、空気読んでお迎えに来てくれる?」
「この屋敷の空気はよどんでいましてねぇ。空気環境計測器と名高い僕でも、これはなかなか」
さすがに笑う。剛速球のU字カーブみたいなリターンだ。
「骸、お前、そんな恥晒しなアダ名あったの?俺知らなかった」
「天然か計算か知りませんが、的外れな君は黙ってなさい」
真顔でレイがダメ押しする。飛び回る羽虫を叩き落すように、ピシャリと骸は切り捨てた。
殲滅した組織のアジト。無味乾燥なボケ&ボケ殺しの会話。たたずむ3人。
1人は銃をかまえ、1人は丸腰で微笑み、そして最後の1人は寝起きのごとく、よろよろと立ち上がり。
なんていうか、すごく珍妙な光景だろう。誰もかれも、1パーセントたりとも空気が読めていない。
「何しに来たんだ?」
口火を切ったのはレイだった。膝を払いながら、眉を寄せる。
悠々とした仕草だった。先ほどまで、自分の下ですくんでいた男とは思えない。
「君のお迎えですよ、忠犬クン」
あやすように骸が答える。
母神みたく、穏やかな表情だ。だがその目は一切笑っていない。
「骸クンって」
白蘭は口を開いた。微笑む骸を見、それから、肩の埃を払うレイへと視線を移す。
「レイチャンのお守りなの?」
「お守り」レイが吐きそうな顔をした。
「コイツが、俺の、お守り?」
美しい顔が歪んでいる。一文節ずつ丁重に区切るたび、レイは骸へ指を突きつけた。呪いの手順みたいだ。
「言いたい事があるのなら、ハッキリどうぞ」素っ気なく告げる骸。
「反吐が出そう」ばっさり言い切るレイ。
「僕にも多少、尻尾を振ろうという気にはならないんですか?ボンゴレの犬」
骸の声に苛立ちが混じる。どうやら、そろそろ我慢の限界らしい。
白蘭は前に進み出た。骸とは一戦交えた仲だ。ここで本格的に刃を交えるには面倒な相手だとは、もう知っている。
「引き止めちゃってゴメンねぇ。綱吉クンにも、僕から後で謝っておくから」
骸が蔑むような目で見た。自分を。
「余計なちょっかいを出さないでいただきたい」
「ワンコの躾だよ。多少、痛い目見ておかないと利口になんないでしょ?」
「お前にだけはイヌ扱いされたくない」
苛立だしげな声とともに、背後から風圧。とっさに膝を折れば、頭上を突風のようにナイフが掠めていった。
「ほらほらぁワンチャン、落ち着いて?」
「てめ、」「不本意なんですよ」
ん?
レイの攻撃を避けつつ、横目で見る。扉の残骸を乗り越え、こちらへ歩み寄る男を。
ふほんい。不本意?
よくわからない。状況自体が不本意みたいなとこはあるだろうが。
「あなたのような人に、彼を壊されるのは」
ニッコリ。深く深く、見た者をまるで引きずり込むように笑う男を見て、鳥肌が立った。
「……たぶらかされ済みかぁ」
「もらった」
呟いた瞬間、真横で囁き。視界の端で刃が光る。
「!」
心臓が冷える感覚。すぐにわかった。間に合わない。
迫る刃が的確に自分の腕へ飛び込むのが見えて、なぜか、安堵した。喜びに似た感覚で。
ああ、そっか。
それでもまだ、嬉しいのだ。彼がナイフを使っている事が。
自分といた過去の、名残だから。
魔法かと思った。
そのくらいの鮮やかさで、レイの腕を白い指先が止めていた。愛犬を見つめるような笑みを浮かべた、六道骸が。
「……お前、骸、なんで」
「帰りますよ」
刺されなかった白蘭よりも、止められたレイの方が唖然とした顔で呟く。
肌に当たっていた刃は、風に押されたようにすうっと降りた。骸の手にうながされて。
「……いやいや、最後くらい刺させてくれよ」
「君も歪みないね、レイチャン?!」
骸に腕を引っ張られ、気が付いたようにレイが言う。
思わずツッコんだ。レイはずるずると引きずられていく。リードを引っ張られた飼い犬みたいに。
「俺は純真無垢の塊なので、歪みなんてありませんー」
振り向きざま、レイが舌を出して言い捨てた。笑う。
天然か計算か。さっき骸が言った言葉が、ふと蘇る。本気か冗談か。どっちにしても、大嘘だ。
「バカだね、ノアチャン」
歪みだらけだよ。君は。
「……骸クン」
レイを先に行かせ、骸が扉の残骸をくぐり抜けようとする。その背中へ、親友のように声をかけた。
「なんで、君が迎えに来たの?」
揺れる長髪が、足を止めた。ピタリと止まった背中を眺める。
同族だと思っていた。レイと。過去に囚われ、記憶を清算するようにマフィアを厭う男。
けれど、レイより強い。彼は他人の好意に執着しないからだ。他者を自己肯定の柱にしない人間は、孤独だが強い。
そう思っていた。さっきまでは。
「美しい物は壊したいんですよ。僕が」
振り返ったオッドアイは、見下すように冷めた色で微笑んでいた。