はー、と感慨深げに息を吐き出し、ディーノは笑った。
「いや〜、なんかロクでもないヤツだって聞いてたから身構えてたんだけど、悪い事したな」
「ろくでもないって、それ誰情報ですか」
「キョーヤ!」
「ああ〜……」
なるほど。自称「レイの悪友」の情報なら致し方ない。
「案外かわいいヤツだな、アイツ。これがギャップ萌えっていうのか?」
「ギャップ萌え……?」
椎茸の天ぷらをかじりつつ、首をかしげる。あまりレイには似合わぬ単語だ。
「お前がかわいがる理由もわかるよ。ツナ」
不意に、口内が苦くなった気がした。多分、椎茸のせいではない。
目線を上げる。ディーノは、真顔に近い微笑みでこちらを眺めていた。
「……オレの、かわいい部下ですから」
「父親になってやりたいんだって?」
天ぷらが爆発したかと思った。喉元で。
「ごほっ、ちょっそれ、ソースは」
「ん?キョーヤ!」
「本当にあの人は……!」絞りだすようにうめく。
「ロクでもない、か?」
目の前に新品のおしぼりを差し出される。
リボーンと、この人ぐらいだ。自分をきれいに追い詰めるのは。
「でも、お前もけっこうロクでもなくなったよ。ツナ」
細い目がこちらを見つめている。
情愛と心もとなさがない交ぜになった、低い温度の瞳だ。
有難く受け取ったおしぼりで、口元を拭う。
何と答えるかしばし迷って、結局、肩をすくめるにとどめた。
「オレも、もう24ですからね」
「書類配達、レイに任せたのはワザとだろ?」
追いつめる手付きは優しい。
キャッバローネボスはそういう男だ。懐に入れた者には、冷たくなりきれない。
「さすが。よく見抜いてますね」
「オレが連絡した時、全く焦ってなかったしな」
連絡。数日前の夕刻、かかってきた電話の件か。
『レイが、中身見ちゃったかも』との声に、世間話をするより冷静に返答した覚えがある。
「まあ、レイはああ見えておてんばなんで」
「おてんばって。成人男子に言う言葉か?」
「中身見るかな〜ぐらいは、予想してました」
「予想じゃなくて、計算だろ」
困ったような笑み。それを、意識した無表情で見つめる。
下手な愛想や取り繕いは不要だ。この人には通用しない。
「どこまでが計算済みだ?」
切り込む口調。ややトーンダウンしたのは、声音がキツくなるのを避けたのだろう。
提灯風の明かりの下、浮かぶ金髪はアンバランスだ。なじまない和と洋の風景。
それら全てを、射抜くように見据える。
「……どこまでも」
はっきり、告げた。真向いの男は、殺意を感じたかのごとく唇を引き結ぶ。その金髪がぼんやりした明かりに揺れて、重なった。色が抜けたような白髪に。
綱吉クンは、逃げられる前に殺しちゃうよね。
だから、動いた。ほんのわずかな一手。
白蘭と同じでは逃げられる。レイが求めているものは、本質的には手に入らないものだから。
「やめとけよ」
思考を遮るように、きっぱりした口調。勢いに驚く。
ディーノは、声音と同じ顔付きをしていた。その眉が、何かを懸念するみたく下がっている。
「本当に大事なら、その思いだけで伝わるはずだ」
「それじゃ、ダメなんです」
思いだけで。じゃあ、なぜ白蘭は駄目だった?
簡単だ。レイが信じ切れないから。
「なんでだよ。レイってそんなに危ういのか?」
「危ういのは、オレなんです」
白蘭が与えた、依存性のある飴。レイは、それに手を付けなかった。
正しくは、耐性が出来る前に去ったのだろう。つまり、彼はひとところに留まる時間が短い。
「オレが、怖いんです。レイはいつ消えるんだろう、って」
流れるように漏れた言葉は、ずっと心の底にわだかまっていた本音だった。
『オレが、君の親になってあげる』
そう言ったのは、いつの日だったか。
言葉が口からこぼれ落ちるように、言い放った。血で染まった青年へ。
今、救わなければ。
そう思ったのは超直感だったのか。あるいは、本能だったのか。
今となってはわからない。ただ、その言葉だけが彼を引き止めるとわかっていた。
例え、それが期間限定のものだったとしても。
複雑そうな顔。それを視界に入れて、口元を緩める。そういう顔をさせたかったわけではない。
まるで、衰弱死を待つ動物を見るかのように痛ましげな。
「……お前が拾ったんだっけ。レイのこと」
「はい」
「いつ?」
「……2年前、ですかね」
「そっか」
ぽん。頭に乗った手で、自分がうつむいていたことに気が付いた。
「そりゃ、一番かわいがりたいよな」
「……ええ」
「でも、やめとけって」
「え」
顔を上げる。ハニーフェイスをゆがめて、んー、とディーノが頬をかいた。
「あいつ、タチわりーもん。お前の手には余るって」
「……初対面にも関わらずそう悟らせてしまったこと、ボスとして深くお詫び申し上げます」
「ぶはっ!」
ぐしゃぐしゃ。ひとしきり頭をかき回されて、やっと解放される。
「ああいう困ったチャンには、キョウヤくらい性悪なのがちょうどいいって」
「性悪って」
笑ってしまったのは不可抗力だ。
「お前は優しいよ、ツナ。でも、」
ひと回り上の兄弟子は、甘やかすように微笑んだ。
「あいつを救えるのは、きっとお前じゃないんだ」
……ああ。机を見つめ、拳に力を入れる。
優しいのは、どっちだ。わざわざ他マフィアへ肩入れして、心配して。
そうして、自分が目をそらし続けてきた真実へ、そっと導いてくれる。
「……これって、失恋になりますかね」
「いや、それはオレに聞かれても。困るわ」
「百戦錬磨のディーノさんなら、わかるかなって」
「百戦錬磨って、オレはレイにキスしかけても逃げられるレベルの人間だぞ」
「……は?」
「あっ」バッ、とディーノが両手で口元を抑える。
10分後、隣室で控えていたロマーリオが飛び込むまで乱闘騒ぎは鎮まらなかった。