31,カオスミーティング(下)

「んで?議題って何だよ」

 打たれた肩を押さえ、うめく獄寺。
 会議室での決闘の結末は、子供のケンカより明確だ。勝った方に所有権がある。

「レイのことだよ」

 ぐいっ。部外者です、みたいな顔した男の襟を引っ掴んだ。

「いッた、!雲雀、おまっ」
「傍観者気取りで眺めてるからだよ。元凶」

 一部始終を座ったまま眺めては、時おり霧の炎でシールドする。その手法はあっぱれだが、対岸の火事もここに極まれり、な態度は気に入らない。

「ヒバリ〜、お手柔らかにな。レイの襟、伸びちゃうぞ」

 ハハ、と笑う山本武。この男もレイと同様、会議室の隅で笑って観戦していたクチだ。

「もう伸びてんだよなぁ」レイが投げやりに呟く。
「んで?ソイツがどうしたよ」めんどくさそうな獄寺。
「六道骸とディープキスした、らしい」
「げほごほぉ」

 銀髪が長机の向こうに消えていった。

▽▲

「エッまじか?!」

 なぜか、喜々として身を乗り出す山本。
 対するレイは、ただ肩をすくめた。襟を掴まれているというのに、器用な。

「マジ」
「そうか、良かったな!」
「ヨカッタナ?」

 何言ってんだコイツ、という顔。
 美形なだけに妙な迫力がある。

「おう!オレは嬉しいぜ。愛とか恋とか、わかったんだな。レイ」
「な……何?とりあえず、俺が可哀想で嬉しいってこと?」
「へ?いや、オレはただ、お前と骸を祝福するって事を言いたくて」
「シュ……シュクフク?」

 こちらを仰ぐ気配。横を見れば、通訳さんお願いします、という顔と目が合った。

「雲雀、全然意味がわからない」
「そう」

 適当に受け流す。噛みあわない会話に付き合ってやる義理は無い。

「ちょっ……ちょっと待て」

 ガタガタ、椅子と共に獄寺が立ち上がる。やっと復活したらしい。
 レイが眉を寄せて見つめている。奇妙な軟体生物を見る目だ。

「ん、何してんの獄寺。パイプ椅子とタップダンス?」
「ちげぇよ!つーか、おま、それ、合意なのか?!」
「お前とだって合意じゃなかっただろ」
「げほごほげほッ」

 レイがこちらに向き直る。その後ろで、銀髪は再びイスの向こうへ崩れていった。

「そういえば、獄寺隼人ともキスしたんだったね。このBitch」
「良い発音で言うな。魔性と呼べ」

 魔性。失笑していた。
 確かに、そうだろう。人をたぶらかしては突き放す。レイにはそういう、本人も無自覚な残酷さがある。

「えっレイ、お前獄寺ともキスしたのか?」
「山本、お前は話題に食い付くのがワンテンポ遅い」

 目を丸くする山本に、シッシッ、とレイが右手を振る。この男としては、それで終わりにしたかったのだろう。
 だがあいにく、山本武はそういう機微を汲むタイプではない。

「マジか〜。それで、どっちの方が良かったんだ?」
「ん?」

 レイが眉をひそめる。
 対する相手は、ニコニコと愛想が良い。

「いや、獄寺と骸、どっちの方が良かったのかなって。キス」
「……雲雀!」

 再び、こちらを見る顔。ため息をついた。

「こいつ何言ってんの?俺は何て答えればいいんだ?」
「こっちに助けを求めるな」

 レイは半泣きの形相だ。会話力は高い男だが、悪意なき天然の発言にはさすがについていけなかったらしい。
 馬鹿だ。軽く眉を上げ、助け舟を出す。

「僕が1番って言っておけば?」
「え」

 ぱちくり。目を丸くして、レイが止まる。
 それから、じわじわと頬が赤くなった。

「……っまえな!この流れでそういうこと言うか?!」
「お、なんだ、レイはヒバリともキスしたことあんのな!」
「頼むから黙ってくんない?」
「モテモテだなあ」
「黙れっつってんだよ!!」

 レイの鋭い叫びが響く。その顔を眺めた。林檎が熟す過程を早送りにしたみたいだ。面白い。
 理不尽に噛み付かれた山本は、頬杖をついて笑っている。なかなか図太い男。

「つーか、雲雀」
 じろり。急に向き直ったレイが、こちらを睨む。

「襟が痛い。いい加減、離せ」
「やだ」

 まばたき一つ分。
 微妙な間をあけ、固まった顔が動く。ぎこちない笑みに。

「……なんだか、ツナに似てきたな。お前」
「最高のけなし言葉だね。あんな小動物と一緒にしないで」

 本気で不快に思った。あの男と同じ立場に立たせないで欲しい。
 あんな、がんじがらめで動けない男などと。

「ヒバリー、ツナはああ見えてすげー奴だぞ」

 遠くから余計な野次。見れば、山本が手をメガホンにして叫んでいた。
 笑っているようで、目が笑っていない。ちっ、と舌打ちする。

「知ってるよ」
「エッ」

 ぎょっとしたレイの声。じろり、一瞥する。

「何」
「雲雀にツナを敬う心があったと思わなくて」
「敬う?馬鹿言わないで。咬み殺すよ」

 別に、全く認めていないわけではない。だったらとっくにココを去っているし、その前に咬み殺している。
 ただ、やり口が甘くて遠回しすぎる。だから、気に食わないだけで。

「君こそ、親に対して敬愛の心なんて無いくせに」

 ささくれだった感情をそのままぶつけた。何のオブラートもなく。
 瞬間、レイの顔から色が落ちた。写真が色褪せるように、一瞬で。

▽▲

 沢田綱吉は、自称「レイの親」。そして、レイは自称「その子ども」だ。

『……なんで、愛情の先に肉欲はあるんだ』
『別に、愛情の先に肉欲があるワケじゃないよ』

 けれど、レイは恐れている。愛情が性欲にすり替わる瞬間を。
 赤の他人に情愛を求めている時点で、それが無理だとわかっていながら。

『子だなんて思ったことは、ないんだろ?』

 そして実際、沢田綱吉はレイを子どもだなんて思っていない。
 彼の目に宿るのは愛だ。もっと温度の高い、鋭く、身に迫るような。
 そして、自分はそれが気に入らないのだ。

 本心を偽っておきながら、それでもレイの「1番欲しい者」の立場でいられるのだから。
 
▽▲

 嫌な沈黙だ。静寂に対して、そう感じたのは初めてだった。
 手から、レイの襟がずるりと落ちる。反射で掴み直そうとして、

「おい、ヒバリ」

 すか、と空を握った。まばたきする。
 レイの肩を抱き込み、獄寺が鋭い目で睨んでいた。母が子を守るかのように。

「あんまいじめすぎんな。コイツ、大馬鹿だから、何でもストレートに受け止めんだよ」

 は?
 カッと目の前が赤くなった。何を知ったように、庇うみたく、偉そうに、気安く触って。
 一歩踏み込んだその時、不意にレイが顔を上げた。

「おい、誰が馬鹿だって?獄寺隼人」
「いってぇ!テッメ、今本気でつねっただろ、手!」

 炸裂する悲鳴、飛びすさる獄寺。右手をさするその姿に、ニヤリ、悪魔の笑みを向けるレイ。
 ショートコント、打ち上げ花火。と言われても驚かない唐突さだった。凍った空気もぶった切る怒号に、全身から力が抜ける。

「俺に気安く触るからだよ、バーカ」
「テメッ……!フォローしてやったっつーのに!」
「獄寺のフォローとか呼んでないし〜?」

 どたばた、狭い会議室を足音とミニボムが蹂躙する。
 齢20と24の鬼ごっこだ。あまりの幼稚さに、思わず額を押さえる。咬み殺す気も起きやしない。

「ヒーバリ」ぽん、と肩に手が乗る。
「何」

 気配は気付いていた。手を振り払えば、にっこり笑う顔が覗き込んでくる。
 この世の善を知り尽くした、みたいな笑顔。うっとうしい。

「好きな子ほどいじめたいタイプだったんだな、お前!」
「……山本武、咬み殺す」

 会議室は、更なる打撃音と足音で埋め尽くされた。

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