馬鹿みたいに息切れする心臓を抱えて、辿り着いた先はどこぞの廃墟だった。
「……レイ」
呼吸がキツい。全身が酸欠で痛む。
こんな感覚は久しぶりだった。できれば、あと50年くらい忘れていたかった感覚。
「ひばり」
ゆらり。幽霊みたいな動作で、よく知った男が振り返る。
かしいだ首が不気味だった。霧のように煙と砂が舞う中で、彼だけが立っている。
サッカー場を焼き払ったような、ぽっかりした空き地だ。元は豪邸だった。
「君、……全部、消したの」
ジャリ。足元の砂が、風にのって飛んでいく。
屋根も柱も草木も残らず消し去ると、残るのは灰色の地面だけらしい。まるで、死神が色彩もろとも連れていったようだった。
「うん。全部、消しちゃった」
家、来ちゃった。みたいな軽さ。舞う砂埃より質量がない。
こちらを見る目は、凍った湖面みたく凪いでいた。
「……短絡的な」
息を吐く。とりあえず、目立つ外傷は無い。
「雲雀に言われたくはない言葉・ナンバーワンだな」
レイが笑った。ぎこちない表情で。
大馬鹿だ。いつも通りの雰囲気へ戻すには、状況が悪すぎる。
「短絡的だろう。そもそも、任務ですらない。大手とはいえ、マフィアのアジトを勝手に潰すだなんて」
そっけなく言い放つ。
沢田から伝令を受けた時、心臓が止まったかと思ったのだ。
レイが、----マフィアのアジトへ単独で乗り込んだ。
止めて欲しい。いえ、止めて下さい。今すぐに。
「問題あるか?」
びゅう、と風が吹き抜けた。レイの前髪が舞い上がる。
焼け野原に喜ぶのは、このつむじ風ぐらいなものだ。
「問題あるか、って?」
嗤った。ガラス球をはめこんだような両目を、しっかりと見据える。
色を失った瞳。白い顔。墓標にも似た立ち姿。
生気を失ったレイの姿は人形じみていて、灰色の地面がよくお似合いだった。
「誰が、そんなことをしてくれって言った?」
相手の目元が歪む。腹を刺されたみたく。
「君がたった今、消した大手マフィア。ソレが裏でコソコソしてたのを知っていたのは、3人だけだ。沢田とキャッバローネ、ミルフィオーレの頭」
今回の件で、自分も知る事となったが。
「ゆっくりと包囲して、最後は経済的に制裁を加える予定だったらしいけど」
「……。」
「親の作戦を完璧に崩壊させた気分はどうだい?」
レイの指先から、血が滴り落ちる。返り血だろう。ぎゅっと、その手が握られるのを見た。
煽ったのは無論、わざとだ。
「雲雀、ごめん」
静かな声が不穏だった。壊れる寸前の電子機器みたく。
内心を隠して、鼻で笑う。
「何が?僕に謝罪されても困るしね」
「ごめんって、ツナに伝えておいて」
レイのつま先が動く。それを認識した瞬間に、体が動いていた。
「逃げるな」
腕を掴む。思いっきり、強く。
踵を返そうとしたレイが、怯んだように硬直した。
「逃げるな。レイ」
「もう戻れない」
「戻る気が無いだけだろ」
不気味だった。髪が逆立つように、奇妙な胸騒ぎを感じる。
レイから滲むのは罪悪感じゃない。独断専行を悔いている人間の雰囲気とは違う。
まるで、初めからこうなる事を見据えて行動したかのような。
「戻らないよ」
腕を掴んだ先で、綺麗な顔は青ざめていた。
無。真顔。虚ろな。感情の一切を振り捨てた表情。そこで、気が付いた。
「戻ったら、煩わしくなるから」
これが、この人間の本当の顔か。
「俺は、俺を大切にしてくれようとする人を、いつも大切に思えないんだ」