4,水溜りの世界で生かして


 そういや。アイスコーヒーをストローでくるくるしていたディーノが、ふと、という顔で訊ねてきた。

「あの後、お前ほんとに大丈夫だったのか?」
「ああ、うん。雲雀に美味しく頂かれました」
「げほぶほぉ」

 イケメンが思いっきり吹き出した。昼下がりのカフェで。

「ちょっ、え、いや、……聞きたくなかったな、おい!」
「俺もディーノが吹き出すとこなんか見たくなかったよ」
「誰のせいだと思って、おま」

 ひそひそ。周囲の奥様方の目が痛い。
 平日の真っ昼間だ。洒落たカフェに男の2人組はただでさえ浮いているのに、かたや1人は金髪の外人だ。目立つ浮くだのの騒ぎじゃない。周りの視線の勢いに詰め寄られて、天井に浮かび上がりそうな気さえする。

「ディーノ、声が大きい」
「別に仕事中じゃねーんだから」

 むすっ。不満顔で、ディーノが再びストロー回し出す。
 ただのポーズだ。こんなことでふてくされるほど、この男は短気じゃない。

「オレはこの前の謝罪に来ただけで、のろけ聞きに来たワケじゃねぇし……」
「のろけじゃないし。ただの事実ですし」
「なおさらタチわりぃな、おい」

 ディーノとは長い付き合いだ。まだ、葵がフリーの暗殺者をやっていた頃、ターゲットが重なった事がキッカケだった。
 本来なら、手柄と報酬の取り合いで泥沼だ。けれど意外にも仕事の相性が良く、そのままずるずると関係が続き、いつの間にやらリボーンに引き会わされ。

「ていうか未だに信じられねぇんだよな。お前が恭弥に、抱か、抱か、抱かれ……」
「壊れたラジオみたいな喋り方すんな。怖いわ」

 結果、今に至る。

「いや、だってお前と恭弥だろ?!」

 がばっとディーノが頭を抱える。吹いたり頭を押さえたり、忙しい奴だ。

「そもそも、未だに大人しく同居できてるってのが信じられねぇ。アパート壊れねぇの?」
「壊れるほど激しい夜は過ごしてねぇよ」
「そういう意味じゃねーよ!」

 ぐわっとツッコまれる。こういうところが、ディーノは面白い。
 勘は鋭いし頭は切れる。のに、振り回されやすいのだ。一部の人間相手には。

「恭弥とか、四六時中ケンカ売ってきそう」
「やさしいぞ。ああ見えて」
「あ〜、この話題終わりな!」
「始めたのお前だけどな」

 なんでこいつ、こんなに面白いんだろう。
 パン、と手を叩いたディーノを眺め、葵は思った。 

「大事にされてるみたいで良かったな! オレは安心しました!」
「ありがとう」
「これ、何言ってもオレが惨めになるヤツだな?!」

 良い奴だと思う。ディーノは。
 仕事中はゾッとするほど鬼気迫る瞬間もあるが、根は優しい男だ。なんだかんだで、自分たちのことを気にかけてくれる。

「まあ、一緒に過ごせるうちにたくさん過ごしとけよ。葵」

 こうして、同業者の目線で。

「……うん」

 頬杖をついたディーノは、ゆるく微笑んでいた。片手で、またストローを回している。
 アイスコーヒーはとっくに綺麗な薄茶色へ変わっていた。手が滑ったフリをして、葵がミルクを突っ込んだのだから。当然、ディーノがブラック派だと知っていての所業である。

 自分と雲雀は、ああはなれない。

 知っている。コーヒーにミルクが混ざるように、綺麗に溶け込むことはない。分離するだけだ。
 それを、ディーノも自分もよく知っている。
 そしておそらく、雲雀も。

「それでも、オレはさ」

 昼下がりの日光が、金髪を溶かすようだった。
 まぶしいものを見るみたく、ディーノが目を細める。穏やかな色をしていた。
 やさしい男なのだ。彼は。

「お前と恭弥が、一生続けばいいと思ってる」

 やわらかな言葉だった。自分の中で浮き上がって、頭の奥にずっととどまり続けるような。
 聞こえないふりをして、外を見る。雲雀が好きだという、並盛の町並みを。
 ディーノはそれ以上、何も言わなかった。咎めることも、慰めることも。



「……あ、そういやディーノ。腹踊りの動画は?」
「えっ、それまだ覚えて、っていうか冗談だよな?!」

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