4,Air-water-light-love
「息、吸って。ホラ」
目いっぱい、優しく呼びかける。生まれ立ての小鹿に、親が立ち方を教えるように。
ベッドに横顔を押し付ける少年は、引き攣った呼吸で肩を上下させている。酸欠になった魚のように、唇がぱくぱくと震えていた。
たまに、ヴィーは「こう」なる。優しく抱けば抱くほど、怯えるように呼吸を乱す。
「つな、よし」
「そう。大丈夫、だから息を吸って」
大丈夫。オレはここにいるよ。ヴィーが落ち着くまで何もしないから。
何度も呼びかける。呪文みたいに。
行為に優しさを含ませないでと、そう言うのがこの少年の口グセだった。批難するように時に強く、うわごと混じりに時に頼りなく。そういう性癖なのかと始めは疑ったが、どうやらそういうわけではないらしい。
「ッ、つ、なっ、よし、ひッ」
「うん。大丈夫」
酸素を求めてあえぐ口。薄い唇を塞ぎたいと、一瞬、浮かんだ考えは打ち消した。
人間にとって酸素は必要不可欠なのに、なぜか拒むみたいに少年は唇を引き結ぶ。大事な物は大抵、人間に優しくできているんだよと、これで言い聞かせるのは何度目か。
空気も水も光も愛も、人間に必要な物は大体、求めずとも手に入る。そういうものだ。
「嫌だ、」
「大丈夫、」
「だいじょうぶなんかじゃない、」
睨むように黒い瞳がギラリと光る。思わず、目を細めた。
「優しくしないでいいからッ、」「いやだ」
悲鳴のような懇願は、もう聞き飽きた。
呼吸が整ったのを見計らって、乱れた前髪をかき分ける。その白い額に、祝福するみたいに口付けを贈った。
大事だから優しくしたい。そういう機微は、この少年には伝わらないらしい。
本当に欲しいなら強引にでも奪ってみせろと、時おり鋭い目付きで煽られる。骸あたりなら即効だろうが、あいにく、ボンゴレ10代目ボスを舐められては困る。
「ヴィー、手、放して」
ずっ、と最奥に体を引き入れて、びくついた腰を抱く。あう、と赤子みたいに喘がれて、顔を両手で隠す少年にぞくぞくした。
欲情だ。紛れもない、快感。
「……っ、ヤダ」
「なんで」
バツを作るように、ヴィーは交差した両手を顔の前に押し付けている。
綱吉は薄く笑って、引き抜きかけた身体を一気に突いた。
「ッ!」
「ほら、」
びくん、と反った体につられたみたく、手がずり落ちる。一瞬、その隙間から見えた黒い目は、涙に滲んでいた。飛びかけているのかもしれない。意識が。
「っ?ま、えっ、なん、でッ」
「顔見せないと、放してあげないよ?」
相手のモノを掴んで、その根本を握る。微弱な力加減だったが、喉元を突かれたようにヴィーは跳ねた。混乱のままに発される声が、上ずって掠れかけている。
イけないように掴んだまま、綱吉は低く囁いた。
「ほら、顔見せて」
「っ、……なんで、」
「オレの事、ちゃんと見て?」
ずっ、と深く突く。小柄な体が跳ねた。肩が痙攣するように細かく震え出したのを見て、限界が近いなと察する。
「ヴィー」
「――ッ、やっ、イけなッ、」
もう一度。勢いよく突けば、縋るような声があがった。
ずる、と両手がシーツに落ちる。涙目で喘ぐ顔が、はっきり見えた。
目を覗き込んで、微笑む。
「よくできました」
「あッ、もう、つなよしッ、」
「うん」
小さく頷いて、手を放してやる。
がくがく震える体を抱きしめて、綱吉は息を詰めた。
「これでも、オレのこと優しいと思う?」
「優しいよ」
コップに注いだ水を渡し、問う。ヴィーは大真面目な顔で頷いた。
「骸とか、平気でどこでもヤるし」
「ああ……」
「盛りの付いた猿じゃないんだから」
こっちの身が持たない、とぼやくヴィーを横目に、苦笑する。10年下の子どもに、猿呼ばわりされる骸。
「獄寺君とかの方が優しいんじゃない?」
「獄寺はキスまでしかしない。だから、逆によくわかんないんだよね」
思わず、目を見張った。ベッドに腰掛け、水を飲むヴィーは平然とした顔だ。
ああ、なるほど。何も気付いていない横顔を見ながら、ひとり納得する。
「綱吉も、もっとひどくしていいよ?」
「前にも言ったでしょ。オレは優しくしたいの」
空気とか水とか光とか愛とか。
人間にとって必要不可欠なものは、全部手に入りやすいけど見えづらい。だから、この少年にはわからないのだろう。目に見えるものでしか世界を測ってきたことのない、彼には。
好きだから優しくしたい。そういう自分と同じで、獄寺も好きだから触れたくないのだろう。体を重ねてしまえば、彼を抱く、その他大勢となんら変わりないことになるのだから。
自分のように。
「……好きだよ。ヴィー」
「うん。俺もね。綱吉」
愛とか情とか恋とか嫉妬とか。
そういう、目に見えない物は伝わりにくい。言葉にしても。
そっと黒髪を撫でながら、綱吉はただひっそりと目を閉じた。