・ディーノ×男主R18(並中生)
・ホラー風味。バドエン気味なのでご注意ください
・七つの大罪をモチーフにしています。少し前にあげた「高慢」と繋がっています。
一つ目は神の証だ。葵が言ったことの内で、忘れられないもののひとつだ。
「声、出せよ」
「いッ……やー、だ」
背中に手のひらを置く。床のホコリをとるより無機質に、指で背骨をなぞり上げた。
つぅー、と首筋に到達した瞬間、葵の肩がびくっとすくんだ。耐えかねたように。
「ディーノ、バック好きだよな。飽きない?」
おもむろな喋り方。葵のクセだ。
体がびくついたのを隠したい意図もあるのだろう。この少年は、他人に脆いところを見せたがらない。
「飽きねーなぁ。お前、反応いいし」
「野郎の顔なんて見たくないからだと思ってたよ」
細い腰を両手で抱く。そのまま、揺さぶってやった。
「ひッ、待っ、馬鹿、」
「やーだ」
わざと可愛く言い放ってやる。片手でジーンズの尻ポケットを探った。
腰を動かしながらだと効率が悪い。ジーンズを若干下げているのもあって、スマホを取り出せたのは数十秒後だった。
「っていうか、オレがバック好きなのは、」
「あっ、ま、駄目、でぃの、俺ッ」
切羽詰まった声が耳を打って脳を揺さぶる。全身が一気に熱を帯びた。
強烈な麻薬を鼓膜から注がれているみたいだ。葵とのセックスは、いつも鮮烈で激しくて気が狂いそうになる。品なく言えば、最高に気持ちがいい。
「こうやって、ハメ撮りできるっ、し?」
「バッ、カやろ、撮んな、って、!」
切れ切れの悲鳴にシャッター音が混じる。あえて音は消さない。
締まる締まる、と呟けば、最ッ低だなテメェ、とうわごとのような声が聞こえた。柔らかい枕に顔をうずめているから聞き取りづらいのだ。けして、聞こえないフリをしているわけじゃない。
「あーー……めっちゃ、いい。最高に気持ちいい、葵、お前は?」
「あっ、やッ、だめ、あ、もう、おれ、ッ」
「はいはい、気持ちいいよなー、葵」
カシャッ。スマホの画面が固まる。跳ねる背中が切り取られて、また増える。
分厚いカーテンの向こう、明け方の陽光が部屋を薄明るく照らしていた。物の輪郭がかろうじて掴める空間で、最上級の快楽を最高レベルの相手と味わっている。最底辺の行為で。
「なん、っで、お前、俺とすんの、ディーノ」
顔を上げる。ベッドの先、疑惑に満ちた右目がこちらを見ていた。
枕に半分沈んだ顔からでは、質問の真意が読み取れない。
「あれ、理性戻ってきちまったのか。トんだと思ったのに」
「最低かよ」
半笑い。誰かをなぶる瞬間みたいな嘲りの笑みだ。
葵はあまり綺麗な笑い方をしない。両親をマフィアに殺され、根無し草として放浪した過去がいつまでも根付いているせいだろう。端然としたコミュニケーションを築く事をよしとしないのだ。
「ほら、もっかいな。仕切り直し」
スマホを床に放った。これでいい。『今回分』は充分だろう。
「ディーノ、質問に答えッ、」
無視して腰を動かした。途端、葵が右目を大きく開いて息を呑む。
気持ちいい。奥に辿り着いた瞬間、全身が震えた。
「ディー、ノ!」
葵は知らない。この写真がどこに出回っているかも、どのような報酬を産んでいるかも。ディーノ以外は誰ひとり知らない。
部下も、ロマーリオだって思いもしないだろう。キャッバローネボスが、こんな汚い手段で大金を稼いでいるなどと。
「ディーノ、」
ディーノにだってわからない。なぜ、こんなことをしているのか。
葵の写真を初めてネットにあげた日、彼との時間全てを灰へ変えた気持ちがした。それなのに何度も、こうして撮っては裏社会に流している。
そのたびに、葵の写真に火を点けるような思いをしながら。
「ディーノ」
もう一度、名前を呼ばれる。
そこで初めて、自分が目を閉じていることに気が付いた。
「ディーノ、」
目を開けた。
「お前、俺の写真を横流ししているだろう?」
半笑い。あぐらをかき、肘をついて見上げる葵の顔。右目が、挑戦的な視線でこちらを見据えていた。
「……葵、お前」
「なあに?」
唐突な物言い。人をなぶって床に転がすような、冷徹な色気を含んだ右目が、こちらを断罪すべく見つめている。
「お前、なんで、服着て……」
「いちばん最初がそこかよ」
半笑い、が苦笑へ変わった。
「ほんと、変態だな。ディーノって」
聞き捨てならねぇ。とっさに言い返せなかったのは、状況に脳がついていけなかったからだろう。
さっきまで、自分は葵を犯していたはずだ。バックで。裏社会で流す写真を撮りながら。
「俺が、気付かないと思ったのか?」
ひょい。持ち上げた葵の片手に、スマホがあった。
反射で、目線が床を探す。さっき、確かにそこへ、自分が投げて……。
「でも、俺はどうでも良かったんだ。お前は俺に、炎の扱いと鞭のさばき方を教えてくれた人だったから」
何か、おかしい。初めて、思い当たる。
妙だ。冷え切った部屋、カーテン越しの光。ぼんやりとした空間。
「ね、師匠(センセイ)。俺は、立派に役立っただろう?」
にこり。首を傾けた葵の言葉が、本心か皮肉かわからない。
薄い七色の虹より鮮やかな返り血が目に付くように、毒々しい笑みが心をえぐる。
「俺とするセックスは、良いストレス解消だった?」
「葵、」
「それとも、他の女にはできないプレイが試せる実験体だった?」
「葵!」
遮りたいのに遮れない。声だけじゃだめだ。とっさにそう思った。
手を伸ばす。きれいな白いシーツの上で、あぐらをかく膝頭へ。
「そんなんじゃない、オレは、本当は――」
スマホをケーブルでパソコンにつなぐたび、喉が塞いだ。
本当に火を点けて燃やしている気さえしたのだ。発生した二酸化炭素が部屋に充満し、酸素を奪い、黒煙で目をけぶらせていく。
そうして愉悦のひとときを灰にする。己の手で。
「ウソつき」
するり。
猫が身をかわすように、葵が後ろに下がった。
甘やかな囁き声。性交の最中にも聞いた事が無い、鼓膜をドロドロに溶かすような声だ。
「俺とのセックス、後ろめたかったんだろう?」
目が合う。
その瞬間、胸元が凍り付いた気がした。冷たい拳で思いっきり叩かれたように、冷却された心臓が暴れ出す。どんどんと。
「だから、撮った写真を売った。次の瞬間には、ちゃんと『キャッバローネのボス』に戻れるように。俺とのセックスを、『ひと時の気の迷い』だと、言い訳できるように」
どんどん、ドンドンと。誰かが、ドアを叩いている。記憶の奥底で。
『――ボス、……葵が、×××して、昨日、』
葵は笑っている。その腕が伸びて、そっとこちらの頭を抱いた。
なんの感触もしなかった。
「……葵、お前」
「弟子を、男を、……俺を抱いた事、そんなに後ろめたかった?」
違う。
弾かれたように顔を上げた。頭を抱く片腕から逃れようと身をよじった瞬間、のぞきこむ右目に五感を奪われる。
すぐ目の前。まつげが当たるんじゃないかと錯覚する近さに、葵の右目があった。
「俺は、ディーノに抱かれるの、すきだったんだけどな」
写真を流されても良いと思うくらい。
囁かれた言葉が、脳髄を麻痺させていく。ろくな光源の無い部屋で、葵の右目だけが宝石のように光って見えた。暗闇に浮かぶ猫の眼みたく、凛として妖しげな光。
「葵、オレは、」
何かが決壊したように、声が口から飛び出した。
今なら言える。抱く度に嬉しかったこと、誰かに手を付けられていないか体を隅々まで見ては探っていたこと、自分へ向けられる唯一無二の信用とやさしさが辛かったこと。
「オレは、お前の事が本当に、」
「あの日、俺を拾って、炎の扱い方を、生きる術を教えてくれてありがとう。ディーノ」
ああ。それでも、終わらせるのはお前なのか。
遮った葵と目を合わせ、思った。半端に開いた唇が、端から乾いていく。
「……葵」
「それでも、俺はお前のモラルを呼び戻さなきゃいけないから」
微笑む葵の顔には、確かに冷えた色気があった。
天使と呼ぶには寒気が過ぎる。単眼の神とはよく言ったものだ。そう思った。
『ボス、落ち着いて聞いてくれよ、葵が、黒曜中の、……飛び降りて――』
頬をなぞる指先は、空気のようだった。
温度も触感も無い。もっと言うなら、存在感が無い。
「葵、お前は、もう」
「ディーノ」
奇妙な気持ちだった。皮膚の裏側から鳥肌が立つような不気味さを感じているのに、目の前に座る少年から目が離せない。
確かに、一つ目の神を前にしているようだった。
「お前はボスで、太陽のような存在で、やさしくて温かい人間だ。だからこそ、苦しい事を一人で抱え込まなきゃいけない瞬間もあるだろう」
ゆっくりと、体が離れる。胸元を押されたように、息が苦しくなった。
別れの時だ。
「そのストレスを解消する手段は、絶望的なほどに少なく、ほぼ存在しない。わかっていたから、受け入れてきた。モラルの欠けた行いであっても、それでお前が救われるのならば」
同時に、はらりと葵の前髪が揺れた。息を呑む。
「俺はお前がすきで、感謝してる。だから、もう迷うなよ。自分の築いてきた道を踏み外したくなるほど苦しくなったら、俺の元へおいで」
左目があるべき空間は、何も無かった。
銃弾が貫通したように、うつろな空白だけがそこにあって。
「それに、……俺以外の誰かと、ああいうことして欲しくないし」
葵が、目を伏せる。
頬に、僅かな赤みがさす。桜の花びらがよぎるように瞬間的に。
『葵、お前さぁ、なんで左目隠してんだよ』
いつかの光景だ。イタリアの町並み。白いレンガ壁の前。
葵が首だけで振り返る。半分だけ見えた顔は、長い前髪でよく見えない。
『ディーノは、太陽が雲に隠れたらビビるタイプか?』
『はぁ?』
何言ってんだこいつ。眉を寄せた。
葵の悪癖のひとつだ。唐突な物言いに、突飛な発言。
人の心を引っかいて、薄い傷を付けていくような喋り方をする。
『んなわけあるかよ』
『そういうことだよ』
『……つまり、意味なんて無いって事か?』
『そう』
ほら。こんな会話ですら、小さなかさぶたをはがすように思い出してしまう。
『もったいないぜ。そんなキレイな顔してんのに』
本心だった。伸ばした指先が、葵の白い頬に触れる。
本音だと葵にもわかったのだろう。珍しく、困ったように笑った相手は、ディーノの指をひらりと払い、口を開いた。
今思えば、あれは彼なりの照れ隠しだったのだ。脆い部分を人に見せたがらない、強情っぱりで可愛くない弟子の。
『一つ目は神の証なんだよ』