非効率的に意思を愛す

島の外周に位置するカンタイシティには、海の匂いと潮風が運ばれてくる。靡く髪を軽く抑えながら、ソラはホテルしおさいを訪れた。エレベーターで客室の並ぶ三階に降り、手に持っているメモに書かれた番号を探す。慣れない場所で戸惑い少しばかり右往左往していたが、漸く目的の部屋を見つけたらしく丁寧に三回ノックして返事を待った。けれど暫くしても返事は来ない。ソラは部屋の主のことを考えればありがちなことだろうと推測し、お邪魔します、と断ってその部屋に入った。無論、部屋の主は彼女が部屋に入ってきたことに気づかず、何かの作業を続けている。

「アクロマさん、お邪魔してます」

アクロマと呼ばれた男は作業から手を離し、彼女の姿を捉えて驚いた。

「ああ、これは失敬。ソラさん。実験の準備に夢中で気づきませんでした。あともう少し掛かりそうなのでその椅子にでも腰掛けていて下さい」

アクロマは席を勧めると、また元の作業に取り掛かった。作業が終わるまでの間、ソラはロトムと会話するなどして時間を潰していた。それから暫くすると作業が落ち着いたらしく、アクロマはソラにやんわりと微笑みかけた。

「準備が出来ましたよ」

ソラは席を立ち、手招きするアクロマの元に駆け寄る。そんなアクロマの傍には幾つかの試験管や金属などが並んでいる。

「わあ、すごい……」

ソラが目を輝かせてそれらに見入っていると、アクロマは銅線を取り出してソラに渡した。銅線は極端に横幅の短いT字型になるようにして曲げられている。

「この試験管に銅線を入れてみて下さい。片方の端は試験管の縁に引っ掛かるようにしていますので、そうでない方を下にして下さいね」

ソラは言う通りにして銅線を入れた。長細い銅線の一部が透明な液体に浸かっている。

「何が起きるのかな」

ソラは期待を膨らませながらじっと試験管を見つめている。

「少し時間を置いてみましょうか。この間に飲み物を用意しますね」

アクロマは暫く経ってからエネココアの入ったカップを二つ持ってきた。するとソラは驚きと高揚をその顔に湛え、勢い良くアクロマの方に振り向いた。

「アクロマさん、なんだか試験管の中がキラキラしています」

アクロマはソラの隣に来て試験管を見て満足そうに頷いた。

「良い調子です。もう少し待ってみると面白いものが見られるかもしれませんね」

「それにしてもこれ、いくら見ていても飽きないです」

試験管から目を離さずにずっと見つめているソラの様子を見たアクロマは、彼女の子供らしい挙動に思わず笑みを零す。

「危ないので試験管は倒さないようにして下さいね。あまりにもソラさんが夢中になって見ているので、そのままおでこをぶつけてしまうのでは無いかと心配になるのですよ」

ソラはその言葉に暫し赤面したが、また試験管の様子に思うことがあったらしく、アクロマの方を向いた。

「あ、なんだか液体が青くなってます。それに、銀色のキラキラしているのがなんだか伸びている気がします」

「そのソラさんの言うキラキラしたものは、銀樹と呼ばれているのですよ」

「銀樹、か。綺麗だなあ」

アクロマは感慨深い表情をしてソラを見ていた。昔の自分を重ねるような想いだったのだ。彼自身も感情が出やすい方だとある程度は自覚していたが、ここまで純粋に感動していたのは彼女のような子供の時位だったと記憶している。そういえば、とアクロマは思う。あの子は元気にしているだろうか。

「私がイッシュに居た頃に、丁度ソラさん位の年齢の女の子に出会ったのですよ」

「その子がどうしたんですか?」

急に遠くを見ながら話し出したアクロマに、ソラは首を傾げる。

「彼女はその地方でポケモンリーグのチャンピオンになったにも関わらず、今はポケモンセンターで働くことを夢見て勉強しています」

「へえ、すごいですね」

アクロマはやんわりと、どこか懐かしそうに微笑む。

「ですからソラさんも、島巡りを終えた時にしたいことをすればいいんです。私のように研究するのも良し。バトルの腕を磨くも良し。貴女にはまだまだ未来がありますから」

ソラは彼の言葉を噛み締めるようにゆっくりと理解していた。そして、ぱっと向日葵のような溌剌とした笑みを浮かべた。

「それなら私、アクロマさんの助手になります!」

唐突に紡がれたその言葉に、アクロマは目を丸くして驚いた。

「そうですか……。私もソラさんのような方が来てくれると嬉しいですが、今はやりたいことを沢山見つけて下さい。私を気にするのはそれからでも遅くはありませんから」

アクロマは優しく宥めるようにソラに声を掛ける。彼女は暫し考え込んで、呟いた。

「やりたいこと、か。私に見つけられるのかな」

ソラはあまり彼女らしくない、弱々しい声音を響かせた。

「大丈夫ですよ。ソラさんには大切なポケモンがいる。きっと彼らが貴女の道しるべになってくれます」

力強い言葉はソラの背中を押したらしく、先程の不安げな表情はすっかり消えていた。

「じゃあ島巡りを終わらせたら真っ先にアクロマさんの所に来ます。その時は是非、私のやりたいことを聞いてください」

「ええ、勿論です。」

おや、とアクロマは試験管に目を向ける。先程より銀樹が伸びている。

「さっきより伸びてますね。……綺麗だけど、触れたらすぐに崩れちゃうんだろうなあ」

「ええその通りです。きっと、儚いからこそ価値があるのでしょうね」

アクロマは感慨深く目を細めて試験管を見つめる。そして窓の外に目をやって、もう夕闇がすぐ側まで近付いているのに気がついた。

「そろそろお別れのようですね。さて、次はポニ島でしたか」

「はい。名残惜しいですが、そろそろお暇します」

ソラは荷物を纏めた後、ポケファインダーを起動しようとした手をはたと止めた。

「また、銀樹見せて下さい。今度は島巡りが終わった後で」

アクロマはいつでも用意出来ると伝えようとして、やめた。彼女の言葉にある種の決意のようなものが含まれているのに気がついたのだ。

「ええ、楽しみに待っていますよ」

アクロマは、ドアの傍に立つ彼女に手を振った。彼女は思い出したように「ココア、ごちそうさまでした」と付け加え、同じように手を振り部屋を後にした。残された部屋には彼女の旅路を祝福するように、先程より輝きを増した銀樹がさやかに煌めきを残していた。


2019.02.09

- 3 -

←前 次→