薬品と白煙

「嫌だあああああ無理無理無理絶対殺されるぅぅうぅう!!!!!」
「頑張るんだ善逸!」


教室中に響き渡る声で泣き叫ぶ善逸を、明るい笑顔で励ます炭治カ。
聞けば、化学のテスト結果が悪すぎて、伊黒先生に呼び出されたらしい。
炭治カや伊之助は放課後予定があるらしく、一人で頑張れと言われた結果が冒頭である。


「あの人超怖いんだよおお!!磔の上ペットボトルロケットぶつけられるんだって!!しかもペットボトルロケットのコントロール抜群すぎて百発百中なんだよおおおあああ俺まだ死にたくない!」 

しくしくしく‥善逸はいつの間にか完全に床に寝そべり丸まってしまった。

「そうだ!!!(ガバッ)」
「わっ」

突然勢いよくこちらを見上げる善逸になまえの肩が跳ねる。

「なまえちゃん、一生のお願い!!ついてきてくれない?この通り!!!」
「ちょっ善逸くん、土下座しないでよ!」
「こら善逸、なまえを困らせるな!」

とにかく勢いが凄い。
それに私がついていったところで、磔ロケットは変わらないのでは?
なまえが疑問を口にすると、善逸は珍しく口ごもりながら「音が‥」と呟いた。

「え?」
「いや、あの人なまえちゃんの前だとさ、音が‥」
「音?」

炭治カを見ると、「あぁ、確かに。匂いが‥」
と呟いている。
「音と匂いが何!?」
なまえは全く状況を理解できていない。

「とにかく!俺の命がかかってるんだ!頼むよおおおおおお!!!」



「失礼します‥」

結局、ついてきてしまった。
「遅い。俺を待たせるなど‥」

化学実験室の奥にいた伊黒が鋭い目でこちらを振り返った瞬間、なまえを見て眉を寄せる。
「何故みょうじを連れてきた」

「あああすいませんんんん!!!命だけは!!」
「は?」
その場で勢いよく頭を下げた善逸はゴンッと机にぶつかった。

教師の手にはしっかりと磔用の縄が握られている。噂は本当らしい。殺る気だ‥ええい仕方ない!

「いっ‥伊黒先生!元素記号のテストだったから、善逸くんはきっと一人で書き取りですよね!私暇なので何かお手伝いします!」
手伝いって、なんの!(白目)

とにかく先生の気をこちらに引き付けたくて、口から適当に言葉を繋いだが、自分でも何を志願しているのか。

「‥」
教師は呆れた表情で長いため息をつくと、善逸に着席と書き取りを指示した。
どうやら刑は免れたらしい。

「あぁぁぁあなまえちゃん来てくれてありがとうねぇぇぇ可愛いは正義!!ブッ」
善逸の謎の台詞は伊黒が投げた空のペットボトルにより打ちきられた。

「みょうじ‥来い」
そういうと教師は白衣を翻して元いた奥のスペースに早足で歩いていった。薄暗い薬品保管庫である。


「手伝うと言ったな?ならばここにある薬品の期限を確認後、期限内の物だけ棚に戻せ。無いものはリストに記入だ。‥二時間はかかるだろうがな、自分の言葉に責任を持て。」
ずぬーっと、圧をかけられる。Sだ。Sだよこの人。よく見るとめちゃめちゃ綺麗な顔してるけど(鼻から上)ドSだよ。

「はい!でもちょっと暗くてラベルの字が見辛いですね、電気‥」
「品質管理のためこれ以上明るくできない。何だ?何か文句でも「ありません!!頑張ります!」」

ネチネチ言い始めた伊黒先生とは対照的に、首もとの鏑丸はなまえをキラキラした目で見ている。可愛い‥
ハートが飛んでる。気がする。




作業開始から一時間。
日が落ちてきて、室内はいよいよ薄暗い。
伊黒と手分けしているおかげでもうすぐ終わりそうではあるが‥

「伊黒先生、この棚で最後ですね!」
そう言いながらなまえは背伸びして上の棚の瓶に手を伸ばす。もう少し、というところで後ろから手首を掴まれた。


「‥っラベルをしっかり見ろ馬鹿者。これは硫酸だ、素手で触るんじゃない」
「すいません‥‥」

先生、近いっ‥!
慌てて来た為か、伊黒の体は薬品棚になまえを押し付ける形で手首を握っており、背中がぴったりと教師に密着している。
耳元で男の息づかいが聞こえ、なまえは緊張と動悸でパニックだ。

「‥‥触れていないだろうな?」
なまえから離れると、伊黒はなまえの手指を確認する。触れた指先が熱い。

「ちょっとぬるっとしてます、洗ってきます」
瓶の外側の液体を触ってしまっていたらしい。なまえは掴んでいた別の薬品の瓶を持ったまま実験室の手洗い場にかけていった。


「待て、みょうじ!その瓶を置いていけ!過酸化カリウムが水に触れるとっ‥」
「へ?あっ」
つるーん‥‥

‥この学園に入学してから、何回転んだだろう。入学式の日なんかほぼ何もないところで転んだなぁ‥恥ずかしかったなぁ‥
そんなことをぼんやり考えながら、なまえは自分の体がつんのめったのを認識した。手にしていた瓶がスローモーションのように手洗い場に吸い込まれていく。あ、ご丁寧にバケツに水がはってあるな。詰みだわ。

「みょうじっ!!」
ドォォォンッ‥‥‥


白煙で周りが見えない。
「うっ‥けほっ‥先生‥」

だが視界に伊黒の首筋が、見える。なまえを抱き締めるように庇っている‥

「先生っ‥」
一緒に倒れ込んだため、背中が痛い。
「‥白衣が燃えた。どう落とし前つけてくれる「ごめんなさいいいいいい」」

起き上がる勢いのまま、頭を下げた。
怖くて教師の顔を直視できない。首もとを‥あれ?
「先生、鏑丸くんは?」
「何?」


その時、なまえは自身の胸元で何かが蠢くのを感じた。同時に、ギョッとする伊黒の表情が見える。

「ひゃっ」
するり。なまえの第三ボタンあたり。
シャツの中から鏑丸が顔を出した。
ビシリと固まる伊黒。「あっここに避難してたんだね〜」と呑気ななまえ。
静かなカオス。

動物好きななまえはちょっと嬉しい。
「鏑丸くんのこと忘れてたから、伊黒先生に胸触られたのかとむぐぐっ」
余計な言葉を発してしまい、青筋をビキビキと額に浮かばせた教師に片手で頬を捕まれた。

「お前は俺を無職にする気か‥?」
「ほへんははい(ごめんなさい)」
先生、怖いです。

「さっき守ってくださって有り難うございました」
でも、本当は優しいんですよね。Sだけど。

「私伊黒先生の事誤解してました。怖くて冷たいイメージだったけど‥好きになりました!あは!あいや変な意味じゃなく!」
ビシィッ‥
あ、固まった。今日何回先生石化したかなぁ。

長い睫毛に縁取られた綺麗なオッドアイを見つめていると、我に帰った教師が片手で目を覆い、ふーーーーっ‥と長いため息をはいた。指先まで綺麗な人だなぁ。

「もう手伝いはいい。帰れ」
「え?でもここ水浸しですし‥」
「帰れ。お前はもう少し自覚しろ。そして自重しろ。帰れ」
‥めっちゃ帰れって言われるぅー


「ここは我妻に手伝わせる」
「‥わかりました」
納得はしていないが、ずぬぬ‥と圧が凄いので帰ることにする。ごめん、善逸くん。


「また遊びに来ます!さよならー!」
「遊びに来るな馬鹿者」
手を振りながら実験室を出ると、悪態をつきながら振り返してくれた。嬉しい。
なまえはとても幸せな気分で帰路に着くのだった。


その後、トイレから帰ってきた善逸が惨状を目撃して絶叫したとかしなかったとか。


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