5限目を終え部活(ダンス部)へ向かう。
本日の練習場所は、オープンスペース(通称うずスペ)だ。

「おっ今日も地味にやってるなぁお前ら!」
「あは!ちょっとぉー、うずセン酷くない?」
美術室から宇髄が出てくると、先輩たちは彼の元へ駆け寄り、話を始めてしまった。
いつもの光景である。休憩がてらの雑談。先輩たち、楽しそうだ。

一方、なまえは振りの中にあるバク転に苦戦していた。今回のテーマ、ヴォーグと言われるジャンルは動きが激しく、未だ経験したことがない。動画を基にマットレスをひいて挑戦するも、背面へ飛ぶ恐怖心が勝ってしまう。

「ダメだ‥誰かに直接教えてもらわないと」
無意識に周りを見まわしたなまえは、美術室前にいる冨岡を見つけた。何で冨岡先生がここに?


「生徒に聞かれないよう、美術室で体育祭の内容を協議していた。」あっさりバク転からのバク宙まで決めた冨岡は、相変わらずの無表情で答えた。呼び止めたところからテチテチ歩いてきた時は絶望したが、それはもう、蝶が舞う如く無駄のない美しい動きだった。

「バク転は危険だ。俺がいる時のみにしろ」
そしてちょっと怒られた。何か言い方イケメンすぎてときめいたけども。


美術室の吹き飛んだ壁から初夏の風が入ってくる。懐かしい夏の匂い。


「俺が補助をする。ただし、補助をあてにするな。弧を描くイメージで背中をしならせろ」

冨岡が背中を支えてくれる。そこを支店にして、地面を強く蹴って、回るっ‥‥
いや普通に無理!!!
「先生、怖いです‥」
「そうか」
「‥‥」

先程までいい感じにアドバイスをくれていたのに、返事適当すぎない?


「‥さっき見ていた様子だと惜しかったから、」
「え?」

さっきとは。なまえが冨岡を捕まえたつもりだったが、その前から見ていてくれたのだろうか。
冨岡はしばしば言葉が足りないと言われるが‥冷静で視野が広く、生徒の自主性を尊重し、必要な時に手をさしのべてくれる。
凪のように穏やかに、見守ってくれているのだ。


「‥もう一度、お願いします」
「わかった」

頭を下げたなまえの背中を教師の手が支える。
「‥怖がって中途半端に飛ぶのが最も危険だ。思い切り跳べ。絶対に怪我はさせない」
「は、はぃ‥」

‥何だ?この甘い(?)台詞は‥?
こんなに綺麗な人がいい声でこんなこと生徒に言っていいの?R指定なの?(混乱)


‥いかんいかん、集中しろなまえ。
冨岡先生を信じて、跳ぶっ‥
‥瞬間に足を滑らして、変な体制で後方に跳んでしまった。


バターン!と大きな音で、マットに叩きつけられる。正確には頭から落ちるのを防ごうと冨岡がなまえの下に体を入れたため、マットに落ちたのは彼の方だったが。


「いったた‥」
「‥‥」

綺麗な顔が近すぎる。睫長いな、先生‥
何かいい匂いするな‥
ドキドキして、思わずじっと見ると、無表情の冨岡から、僅かに‥ほんの僅かに、戸惑った色が見えた。


「おいみょうじ、いつまで冨岡押し倒してんだ?」
「え?‥‥んギャッ!?」

普通逆!いや落ち着け!
慌てて冨岡の上からどくと、ニヤニヤしている宇髄を始め、部の先輩たち、居合わせた生徒たち、まさかの美術室にいた他の教師まで足を止めてこちらを見ているではないか。


「すみませんすみません!大丈夫ですか!?」
「‥問題ない」
ヘドバンの如く頭を下げ謝るなまえ。冨岡は無表情で立ち上がった。


「オイオイ‥派手に珍しいもんが見れたなぁ。まさかお前ら、「宇髄」」
何かを言いかけた宇髄を、煉獄の咎めるような声が遮った。
「‥‥冨岡」
そして、冨岡にも。珍しく、悲鳴嶼が有無を言わせぬ雰囲気だ。

‥これは、距離の近さを咎められている。
(今完全に私冨岡先生を押し倒してたもんな。野獣かな。私あだ名野獣かな。)

なまえは鈍くない。直感で状況を理解し下を向いた。冨岡と二人で話し始めたあたりから、女子生徒の刺さる視線は感じていた。

「‥まずは、マットを丸めて背面へ飛ぶ練習をするといい。くれぐれも一人で飛ぶな。怪我をする」
冨岡はそう言うと、教師達と連れだって去っていった。


申し訳ない事したな‥先生は、危険だから見てくれただけなのに。
なまえは誰にも聞こえないようにため息をついた。


「さっきの子、みょうじ?ド派手に可愛い顔してるよなァ。そりゃ冨岡もガード甘くなるわな」
「‥‥」
「宇髄!冨岡は熱心に指導していただけだ!滅多なことを言うな!」

職員室にて。


「シャーッ(ガブッ)」
「何で!?」
からかう宇髄をスルーしたものの、冨岡は何故か鏑丸に噛まれたという。

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