#2

三階の廊下を歩いていると、前に人集りができていた。

(あ、宇髄先生)
華やかな装いの女子生徒達に囲まれた宇髄は、にこにこと対応している。クラスの生徒が言っていた。輩先生(何このあだ名)はキメ学女子人気No.1だと。

人気教師でも煉獄先生はどこか見えない壁があるし、冨岡先生はもはや相手をしない事を考えると‥彼は神対応である。涼しげな京藤色の瞳は柔らかく微笑み‥端的にいうとフレンドリーだ。

「‥‥‥」
その一団の横を、当たり障りのない笑顔と簡単な会釈で通りすぎる。女子生徒は敏感だ。最低限の礼節だけ見せ、できるだけ邪魔しないのが得策であろう。


「‥ちょっとせんせー、見すぎ」
「見とれても無駄だよ?みょうじ先生カレシいるからね」

楽しげな声を背中で聞きながら、職員室を目指すが。

「ハァ‥」
カレシ、ねぇ‥
いよいよしんどい恋人の存在を思い出して、なまえはため息をついた。





「かんぱーい!」

着任して二週間後。
教師行きつけの居酒屋にて、なまえの歓迎会が開かれていた。

なまえの両隣は胡蝶と煉獄、正面には不死川が座っている。着任からバタバタしていて殆ど他の教師陣と話せなかったため、なまえにとって同僚を知るとてもいい機会であった。


「みょうじ先生、日本酒はいけるか!」
耳がァ!!

まさかの音量に思わずおしぼりを落とした。不死川がうるせェ、と顔をしかめる。

「いけます!辛口を冷で!」
「うむ!承知した!」
にこにこと人懐こい笑顔を浮かべ店員を呼ぶ煉獄に、つられて笑う。会った瞬間から、性格が良いと分かってました。

「それにしても女の子が来てくれるなんて、嬉しいわ!とても可愛いし!」
胡蝶も美しく微笑んで、正義!と楽しそうに拳を掲げた。とても話しやすそうな人だ。この学校は何故か男性ばかりだが、こんな美しく優しそうな同性がいて嬉しい。




美味しい料理と久しぶりのアルコールが五臓六腑に染み渡る。幸せだ!キンと冷えた冷酒を口に運ぶ。美味しい!

(うわ‥)
ブブ‥と、カーディガンに入れたスマホが震える。確認せずとも分かる恋人からのメッセージが幸せな気持ちに水を差した。‥内容は恐らく、どこにいるのだとか、男はいるのかとか、何時に帰るのかとか。‥何故束縛されるのだろう、もう愛情は互いに無い筈なのに。

「‥!」
正面の不死川と目が合う。じっと見つめられ冷や汗が出た。‥ヤバい、きっと今、とんでもない顔してた私‥

「‥‥‥」
しかし彼は何も言及せず、手元のグラスを口に運んだ‥代わりに真横から元気な声が降ってくる。

「ところで、初日に男子生徒を窓から投げたというのは本当か!」
「ブハッ」
ゴリラ!!

危うく吹き出しかけた冷酒をおしぼりで拭い、隣の煉獄を見る。全く邪気の無い赤い瞳は淀みなく澄みわたり、それが一層脱力感を増長させた。
っていうか何で信じてるの!?噂流したやつ誰だよ!

「おいおい‥こりゃみょうじを怒らせたら怖ェなァ‥」
不死川が笑いを噛み殺している。絶対あの時の不死川先生と生徒のやり取りが発端だよね?本人分かってるよねこれ?

違います、誤解ですなどと否定をするが、むしろ「凄いじゃないか!」みたいなテンションで聞いてくる煉獄これ如何に。




会計が終わり、各々荷物をまとめて立ち上がる。宴会特有のむわりとした熱気で部屋が暑い。ブブ‥と、本日何回目か分からないバイブをポケットの中に感じた。

(飲みすぎた‥)
再三の恋人からの通知に苛ついて、好き放題飲んでしまった。
二階の座敷を貸しきっていた為、外に出るには階段を下らねばならない。酒でふわりと体が浮わつくが、社会人。フラフラしていたら格好悪いと、気合いを入れてヒールで歩く。

ざわざわと他の部屋から漏れ聞こえる話し声が混ざりあい、熱をもった耳奥に無機質に響いた。‥この後スマホを見るのが億劫で仕方がない。


「よぉ!楽しんだか?」
「!」
階段の上で京藤色の瞳に声をかけられる。あぁ、良い匂いだ。この人は少し強めに香水の匂いがするなぁと、ぼんやりした脳の奥で無意識に考えた。

「宇髄先生!はい、とても!」
着任した日の引き継ぎ以降、すれ違いが多く、実はあまり会えていない。今日の飲み会も、席が離れていたので全く話せなかった。

「飲んでも顔に出ないタイプなのな」
階段前でなまえを追い抜いた美術教師は、数段降りると急に振り向いた。さらりと美しい髪が揺れる。

「‥‥‥」
数段下った筈なのに、背の高い宇髄の顔はなまえの真下にある。じっと見つめられ穴が空きそうだ。いや近くない?
「そうで‥すかね?」
思わず変な間が開いてしまったが、何とか取り繕う。切れ長の美しい目は優しい光を灯しているのに、彼のまとう雰囲気は豪快だ。それでいて色気がある。

(結構飲んだの、見られてたか)
‥そういえば、席は離れていたが何度か目があった。煉獄と胡蝶に勧められるままぐいぐいと飲んでいたせいか、若干の呆れ顔で"大丈夫か?"と。読み間違いで無ければ、彼の口元はそう動いていた。


「見つめ合うのは降りてからにしろ‥後ろが詰まる」
「わっすみません!」

真後ろから悲鳴嶼の声がしたので思わず振り向‥背たっか!階段の上にいるから首痛ェェェェ!

グキッ
「あいたっ」
‥更に、真上を向いた無理な姿勢が仇となり、ふらついた足首が嫌な音を立てた。
嘘‥落ちるの?大人なのに?

‥ドサリ。
「わっ」
下段にいた宇髄が受け止めてくれる。腰に回された腕は見た目よりがしりとしていて、久しく触れていない"他の"男の体温に嫌に緊張した。私は中学生か!

下から京藤色の瞳に覗き込まれる。
「‥おい、大丈夫か?」
「すみませんすみません!」
全力で体勢を立て直す。
良い年して飲酒してふらつくとは恥ずかしい!‥お酒飲み始めの女子大生じゃあるまいて。顔から火が出たと思う。




初夏の爽やかな夜風が心地いい。藍色の夜空に、影に染まった雲がひっそりと浮かぶ。

「‥いや何でお前もいるんだァ、宇髄‥家反対だろ」
「あ?お前と二人きりとか気まずいだろーが、みょうじが」
「‥‥‥‥」

不死川、宇髄、そしてなまえの3名は、暗い夜道を歩いていた。

ブォーン‥と、一本向こうの道からバイクの音が聞こえる。
「すみません、送っていただいてしまって」
普段は大体男性陣で飲み直すらしいのだが。
先ほどのなまえの様子から心配させてしまい、方面の同じ不死川(と宇髄)に送らせてしまったようだ。申し訳ない‥!

「本当にすみま「気まずいってどういう意味だァコラ」」
‥いや聞いてないわこれ。

「取って食われそうじゃねーか。色んな意味で」
「それはてめェだろ!」

しかも静かな住宅街で小競り合わないで!

「お兄さん達、ちょっといい?」←警官
お巡りさん出てきちゃった!!
なまえは頭を抱えた。

‥彼氏からの執拗なメッセージで削られたメンタルに、謎の角度からトドメが降ってきた。何この状況?何で公務員が公務員に職質されてんの?


ブブ‥
(あーもう!!)

この状況で、再度ポケットのスマホが通知を告げる。不死川と宇髄は警官と話し中だ。もういいと、半ば自棄になってLNEを開く。

「‥‥‥ん?」
トーク一覧を開いたところで、思わず声が出た。
恋人からの執拗なメッセージの他に、学生時代の友人から連絡がきていたのである。

(何だろう、珍しい)
飲み会の誘いだろうか?などと考え、何気なくトーク画面を開いた。

"知ってるかもだけど、一応報告。"
「‥‥‥」
添付されたスクショは、知らない女性のSNSの画像だ。なまえの恋人との写真が複数枚。なかにはホテルの部屋と思わしきものも。

「‥‥‥」

向こうの通りから楽しそうな学生の笑い声が聞こえる。

「‥おい、どうした?」
「!」

不死川に覗き込まれ、なまえはハッと我に返る。‥今度こそヤバい。平静を装えていただろうか。

「大丈夫かよ?スマホ、虫を見るような目で見てたけど」←宇髄
顔に出ちゃってた!!!

慌てて画面を消す。
「すみません、大丈夫でしたか?」

二人はとっくに警官と別れ、なまえを見守っていたらしい。終始見られてたのか!恥ずかしすぎる!

「大丈夫も何も、何で職質なんか‥なぁ?」
宇髄が首を傾げている。何ででしょうねぇ、ハハッ‥と、後半◯ッキーになりながらなまえはすっとぼけた。

‥それにしても。
「‥‥‥」
虫を見るような目か‥
‥確かに、恋人の浮気を知ったというのに、何の感情も湧いてこなかった。
あぁ、これで別れる大義名分ができたな、などと考えたくらいだ。

今しかない、別れをきりだそう。
マンションの前で二人と別れた後、なまえは決意して恋人の番号を呼び出した。




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