#95(終)我妻善逸は、何をするでもなく長い廊下を歩いていた。
(早く来すぎちゃったなぁ‥)
色とりどりに飾られた校内は、各所で呼び込みの声が響き渡り。社会人になってから長らく触れていなかった学生の溌剌とした大声と熱気が、酷く懐かしく感じた。
「ね、聞いた!?今日煉獄先生の奥さん来るらしいよ!」
「!」
遠く‥教室2つ分離れた位置から聞こえた女子生徒の声に、善逸はピクリと反応する。
「嘘!?やだぁ見たいような見たくないような」
「めっちゃブスだったらショックだよね」
「逆にチャンスだよ!アピールの!」
「JKには勝てないよね〜」
‥好き勝手言ってら。
善逸は苛つく気も失せ、3階の窓から下を見下ろした。
君たちが勝てる相手じゃ無いから。完敗だよ勝負にならない。
「!」
文化祭の人混みを真上から見るのは新鮮だ。
老若男女の中から、お目当ての人物を見つけると‥善逸は光の速度で校舎を駆け降りる。
「なまえちゃぁーーーーん!!!‥と、煉獄先生」
ガヤガヤとした喧騒を容易にかき消す大音量で名前を呼ばれ、なまえが振り返る。
「善逸くん、遅れてごめんね!」
そう言って左手を振ったなまえの薬指に、鈍く銀色が光る。
「久しぶりだな、我妻!」
‥そしてそれは、隣にいた煉獄にも。
ああああやっぱりめちゃめちゃ可愛いよぉおおお眩しい!!!
「いいんだよぉ〜なまえちゃんなら待つ時間も楽しいもの!」
くねくねしながら近づく善逸を、煉獄が「近いぞ!」などと言いながら制する。その眉を下げた表情と善逸の不満げな顔が懐かしく、なまえはほわりと温かい気持ちになった。
そこへ。
「遅れてすまない!あっ煉獄先生お久しぶりです!!」
全力で走ってきたであろう、炭治カが合流する。大人になっても変わらぬくもりなきまなこが、煉獄への親愛の情で細められた。
「久しぶりだな!結婚式依頼か!」
‥そう、結婚式。俺たちのテーブルだけ全員号泣して伊黒先生達に引かれたんだよな。悲鳴嶼先生も大概だったけど。
「あはは!懐かしいですね!」
にこにこと先生を見つめるなまえちゃん、眩しすぎるかよ!!
‥花嫁姿、凄い可愛かったんだよな。それはもう、見た瞬間、全員石になる位に。不死川先生なんか頭撫で撫でしてたからね、お父さんかよ。
「そういえば伊之助がいないな、善逸、会ったか?」
キョロキョロと丸い瞳であたりを見回した炭治カが首を傾げる。
「見てないけど‥どうせ何か食ってんだろ」
ゾロゾロと、出店を見ながら移動する。先生となまえちゃんが寄り添って歩くから、方々から悲鳴が聞こえるんだけど。おモテになることで!なまえちゃん不安にさせたらタダじゃおかねぇぞおお!
ギリギリと歯を食い縛る善逸を、炭治カが不思議そうに見つめる。
「どうした、善逸!はぐれそうなら、手を」
「繋がねェよ!」
パーンと手を叩くが、炭治カは不思議そうに首を傾げている。
「‥‥‥」
善逸の前を歩く煉獄となまえは、寄り添い、時に顔を寄せて笑いあっている。
「‥幸せそうだよな」
「そうだな!」
ポツリとこぼした独り言に、元気いっぱいの返答が返ってくる。炭治カには羨ましいって感情は無いらしい。
適当に伊之助を探しながら、出店を見て回る。
「ねぇ、あの人じゃない!?」
「嘘でしょ、泣きそう」
「え、結構若い‥?」
離れたところから、囁くように女子生徒の会話が聞こえる。先ほど校舎内で聞いた声だ。
---だから勝ち目ないって。煉獄先生めちゃめちゃなまえちゃん可愛がってるもん‥
善逸がため息をつくと同時に、なまえが伊之助を発見したらしい。口いっぱいに肉巻きおにぎりを詰め込んだ青い瞳は、相変わらずだ。
「煉獄せんせー」
‥先ほどの女子生徒達が、声をかけてくる。
「どうした!」
伊之助と話していた煉獄の視線が、生徒達へ注がれる。同様に彼女達を見た炭治カの表情が、何ともいえない複雑なものになった。
---そりゃそうだよな。匂いがするんだろう。
悲しみと、嫉妬と、戸惑いの感情。‥いや先生が既婚者だって知ってるのに変な話だけどね。
「もしかして‥奥さんですか?」
無理やり絞り出したようなか細い声が聞こえる。あーあー、なまえちゃん完全に察してるよ。困ったような笑顔がまた可愛いなもう!
「妻だ!」
「こんにちは」
ニコニコとなまえちゃんの肩に手を回した先生と、控え目に笑顔を作るなまえちゃん。
‥先生は、わざとだなこれ。
なまえちゃんは、困ってる。彼女達が先生に好意があるのは一目瞭然だ。けどなまえちゃんはこういう時に、"主人がお世話になってます"なんて威嚇をしにいったりしない。
「へ、へぇー、職場に来ちゃったりするんですね、奥さん」
「あ?俺達の母校だぞ悪いかよ」
伊之助ナイス!‥女の子達、見知らぬ大人に凄まれて完全に怖がっててちょっと可哀想だけど。
「用が無いなら失礼する!行こう、なまえ!」
そういうと煉獄はなまえの手を握り、ぐいぐいと引いて行ってしまった。
色々な意味でショックを受けていた女子生徒達は、呆然とその後ろ姿を見送っている。
「‥‥諦めろ、あいつらキモイくらい仲良いから(モグモグ)」
‥伊之助がトドメさした!
・
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「凄く楽しかったです、懐かしかった!」
バタンと車のドアが閉まると、なまえはニコニコと運転席を見た。
「それはよかった!俺も、なまえが学校にいるのが何だか懐かしかった」
暗い車内を月明かりが照らし、煉獄の焔がキラリと光る。優しく細められた美しい赤に、なまえはドキリとして両手を膝の上で握り締めた。
「何故照れる!」
「バレた!!」
ハンドルを握る煉獄の骨張った長い指。対向車のライトに銀色が鈍く煌めいた。
文化祭特有の空気と匂いが、急速にあの秋の夜を思い起こさせる。同時に、憧れの煉獄に永遠に選ばれたのだという喜びが、胸をビリビリと震わせた。
「愛している」と。
真剣な赤い瞳に射ぬかれた日。
惜しみ無く注がれる愛情に、優しく細められる美しい赤い瞳に、目眩がした。
煉獄が、好きで好きでたまらない。
それはまるで、あの日の揺らめく炎のように。暖かく、力強く、美しく。
「あ!てんとう虫!」
車が停まるのを待ち、シートベルトを外して煉獄の髪に手を伸ばす。
その手は煉獄に絡め取られ、ゆっくりと唇が重なった。
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