#4

(うぅ‥背中もなかなかに痛い)
強打したところが、体勢によってズキズキと痛む。
何とかだましだまし午前中の授業を終え、なまえは1年生の教室を出た。ついでに寄った倉庫からコピー用紙の束を抱えてきたので、重さで手首と背中がつらい…

ザァァァーーー‥
「‥‥」
相変わらずの土砂降りで、昼間だというのに外が暗い。
(帰りどうしよう‥カッパ買うかタクシーかなぁ)
そんな事をぼんやり考えながら、踊り場で足を止め窓の外を眺めた。
「‥!」
窓ガラスに、階下から上がってくる冨岡がうつる。

‥そういえば、今日は彼の視線が痛かった。
冨岡は体育教師だ。背中や腕を庇う、なまえの不自然な動きに気付いたのだろう。
踊り場の数段下で、足音が止まる。

「‥息切れか‥?」
おばあちゃんか!

思わず凄い勢いで振り向いてしまった。ズキリと痛んだ背中に顔をしかめる。

「‥背中か」
「‥‥はい‥」
冨岡は昨日の件については知らない筈だ。気付かれたのは、宇髄と‥恐らく不死川。

澄んだ濃藍の瞳が見上げてくる。
「‥‥‥」
この人は、じっと目を見てくる癖がある。流石にこんな美人に見つめられると緊張するんだけど‥


「えっなになに?冨ピとみょうじせんせ、いい雰囲気‥?」
2階から女子生徒達の色めきだつ声(と悲鳴)が聞こえる。青春まっただなかの高校生だ。男女が二人で話している様子にドキドキするのだろう。

「‥骨はすぐにヒビが入る。」
実際は会話の色気ゼロだけど。


言いながら残りの段を上った冨岡が、なまえに近付く。ジャージ生地が擦れる音がして、冨岡の匂いがした。さらりとなまえの荷物を持ち、体が離れる。
階上から黄色い声が聞こえた。

「‥‥」
なまえの荷物を持った体育教師は、こちらを見つめる女子生徒達を気にすることもなく、階段をのぼっていく。

(いい人だなぁ‥)

ふと、学生時代を思い出した。
"みょうじさん、鞄もってあげるよ"
"みょうじさん、購買行くけど、何か買ってくる?"
"みょうじさん、遊び行こうよ、おごるから!"

よく男子に‥良く言えば優しく、してもらった。何故自分ばかり構われるのか分からなかったが、中学生あたりから、それが恋愛に紐付いた行為であると‥何となく悟った。

‥恋愛とは。

てちてちと歩く冨岡について職員室に入りながら、なまえはぼんやり考えた。

容姿を褒められることは、素直に嬉しかった。
だが好きと言ってくる男子は一様に皆、「可愛いから」と。

‥分かっている。
彼らに悪気は無いし、容姿が恋のきっかけになる事は事実だ。だが‥語り尽くされたであろう議論だが。内面はどうなる?心は?
可愛いだの、スタイルがいいだの‥そんな評価は重要でないのだ。見た目の美しさなど。‥経年で変わりゆく、儚いものなのだから。

無意識に、自分に好意がない人を追うようになった。過去の恋人は皆‥自分への愛情は無かった。今の彼氏も‥自分を友人や同僚に自慢できる、お飾りのように思っているのだろう。

「ありがとうございました!」
冨岡にお礼を言って、自席に戻る。彼はなまえからの評価など微塵も気にしていないだろう。彼もまた、‥‥‥いや、改めて職員室を見渡すと‥何かの間違いかと思うほど、謎に美形教師が多い学校だ。彼らに仲間意識をもつほどなまえは自惚れてはいないが‥皆、多かれ少なかれ、同様の悩みを抱えた事があるのではないだろうか。





カチ、カチ、カチ‥
壁にかかった時計の秒針が響く。雨は止まない。

(もう18時か‥)
部活の時間も終わり、下校が完了した校舎は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。
チラリと左隣を見るが‥席主は不在だ。鞄はかかっているから校内にはいるのだろうが、朝以来姿を見ていない。

「‥‥‥」
触れた手を眺める。あんな風に‥まるで、花火の音が胸に響くように。心が揺れたことは無い。

無論、体が触れたから‥ではない。なまえは大人だ。男を知らないわけではない。ただそこに‥愛が無かったとしても。

ならば何だ。何が心に触れた?
まさか、あれだけ悩んでおいて、宇髄のその美貌にときめいた、など。そんなことはあろうはずがない。
また彼の内面など、まだ殆ど知らない。それなのに、何だというのだ。


「おい、みょうじ‥」
正面からの鋭い眼光で、なまえの思考はぴたりと止まる。
「お前、車かィ?」
不死川の問いかけで、ふと窓の外を見る。ザァザァと、雨は一向に弱まる気配がない。

「いいえ!自損3回、運転は諦めました!」
「誇らしげに言うんじゃねェ」

ずっと黙っていたせいか、声量のボリュームを間違えた。向こうの島にいる胡蝶の肩が揺れているのが見える。ヤバい、恥ずかしい‥
「うむ!良い判断だ!」←煉獄
褒められた!!

‥ちなみに完全にただの身分証明書となった運転免許証は、写真がブス過ぎて我ながら引いている。

「出られるなら支度しろ‥送ってやらァ」
「!!」
ガタリと立ち上がり、外していた腕時計を腕にとめながら、不死川がこちらを見遣る。

そういえば、方面が同じらしく昨日の飲み会でも送ってもらった。あのあと宇髄と部屋で飲みなおす、と言っていたので先にお暇したから‥詳しい場所は知らないが。

「‥‥」
有り難い申し出に光の速さで帰宅準備をしながら、再度隣席に視線を向ける。明日には‥この胸の残響が消えることを願う。






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