#12

「お疲れ様でしたー!」
(今日はうまく動けたなー!)
部室に帰り、制服に着替えながら練習を振り返る。時間は16:50。いつもよりちょっと早い。‥さては先輩デートかな?

(この時間なら‥剣道部の練習覗けるかも‥!)
思い付いた瞬間には、部室を出て帰路と反対方向へ足を向けていた。
剣道部の顧問は、煉獄である。そこは調査済みなのだが、いかんせんダンス部と部活日が丸かぶりで、一度も練習を見たことがない。

西日が照り注ぐ長い廊下を早足で歩く。角を曲がり、剣道場の表札が見えた。
掛け声と、竹刀がぶつかる音が聞こえる。間に合ったと息をついたのだが。
「あ?なまえじゃねーか。何してんだここで?」
先客がいた。同じ班の三人組。
「なまえはダンス部だからここにいるのは珍しいな!なまえも煉獄先生に用があるのか?」
‥まずい。炭治カの悪気の無い指摘が図星すぎて、冷や汗が出る。適当に取り繕うにも、部活まで追いかけてくる用事なんて思い付くわけ無い。

「ううん、湿布もらいに保健室に来たんだけど、皆が見えたから!」
きちゃった!にこりと微笑んでごまかす。
嘘だけどね!あの保健室の少年めっちゃ睨んでくるからね!初対面でそんなに睨む?って位睨まれたからね!舌打ちまでされたから!

「そうなんだぁ〜ありがとねぇ」
自身の頬に両手をあて照れる善逸の後ろから顔だけだして、内部を覗く。先生珍しくジャージだ!格好イィなぁー!
「凄いね、剣道って。集中力の塊って感じ」
「うん。俺もわかる。実家の手伝いが無ければ入りたいくらいだ」

話している間に、部活が終わったらしい。煉獄が出てくるところを炭治カが呼び止める。
「煉獄先生、これ実家の新作のさつまいも入りロールパンです!先生さつまいもが好きだと聞いたので!」
何だその用事!?パンの差し入れ!?
ファンなの?‥ほら先生きょとんとしてるよ!
「俺にか?ありがとう!竈門!」
聞けば、今朝試作してみたはいいが、芋でパンの美味しさを引き立たせるか、パンで芋の‥とにかく!家族内で意見が割れたので、芋好きな人に感想を貰ってこいと言われたとのこと。
‥聞く必要あったかな、これ?

後でいただく、と鞄にそっとパンをしまった教師に今まで黙っていた伊之助が唐突に切り込んだ。
「先生は‥試合とか出ねぇのか?」
生徒達三人は驚愕の顔で彼を見る。まさか、部活に興味を持ったのか?‥学校に弁当しか持ってこない問題児が‥!?

「何かわかんねぇけど‥凄ェ強い気がする!見てみてぇ!そんで俺がたおす!」
「いやお前剣道やったことないだろ」
善逸は呆れ声だが、伊之助の目は輝いている。本気で言ってるな、これ。

うーんと思案した煉獄は、骨張った手でスマホを取り出すと、片手で何回かスクロールして「再来週の日曜なら」と呟いた。
(うわ、何かデートの約束する一幕みたい、ドキドキする‥)
「9時からうちの道場で試合がある。俺もエキシビジョンで出るから、興味があれば見に来るといい」
「いいんですか!!」
炭治カがきらきらした瞳で乗り出す。
純粋に見たいんだろうな。わかる。私も見たい。邪念が凄いけど。
「わっ私も見に行きます!」←なまえ
「えっ!!?なまえちゃんも行くの!!?」
黙っていた善逸がガバッと顔をあげる。
「善逸くんも行く?」と首を傾げると、
「行く行く!行くよぉー!!なまえちゃんと一緒なら!例え火の中水の中草の中あの子のスカートのなブッ」
腫れた頬を手で押さえた善逸が「なぜ?」の顔で炭治カを見る。
「すまない!何かアウトだった!」


「‥では、父に話しておこう!気を付けて帰るといい。竈門、パンありがとう!」
また明日授業で、と言い教師は背中を向け行ってしまった。
その背中をじっ‥と見送る。
ジャージ姿の彼は首もとが少し開いており、そこから見える首筋から鎖骨にかけてのラインが雄々しく、また少し汗ばんで非常に色っぽかった。少しだが目が合ったのが嬉しかったし、相変わらずドキドキが凄い。
あぁ、今日もいい日だなぁ‥
好きな人に会えるだけで、こんなにも幸せだ。




校門を出たところで善逸、伊之助と別れ、炭治カと歩く。二人は途中まで同じ方向なのだ。
日は傾いているが、もう7月ということもありまだまだ明るい。生暖かい風が吹いて、炭治カのピアスがしゃらりと音を立てた。

「‥なまえは、煉獄先生が好きなんだな」
「‥え‥」
柔らかく微笑む炭治カ。‥なまえは、頭にタライが直撃したかの衝撃を受けた。
何故、どうして‥態度には出していない筈なのに‥。冷や汗が背中を伝う。
「俺も先生が大好きだ」
「え?」
「優しくて、熱心で、生徒を大切に思っている。そんな匂いがするんだ、先生は」
‥匂い。炭治カは、たまにそんな事を言う。
「なまえも、そんな先生を尊敬してるんだろう?」

剣道の試合楽しみだな、と言って炭治カは満面の笑顔を浮かべた。
なまえはほっと胸を撫で下ろす。
‥よかった。多分、恋情はばれていない。
炭治カの言ったことは事実だ。私は、先生の全てが好き。殆ど何も知らないけど、それでも。‥こんなに美しい人を私は知らない。



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