#14

それは、なまえが図書館を訪れた時のこと。

普通の大きさの学校であれば図書館ではなく図書室、であるが、この学園は中等部、高等部が併設されており、互いの校舎の中間地点に共用の図書館が設けられている。
従って図書館内部では、普段なかなか顔を合わせる事のない者同士の出会いがあるのだ。

(えっ‥煉獄先生?)
‥ではない。ではないのだが、大きな本棚の間で一生懸命本を選んでいるあの焔色の髪色は‥まさか。

凝視しすぎたせいか。煉獄によく似た少年は、ふとこちらに視線を向けると分かりやすくビクッ!!!と肩を跳ねさせた。
なまえはパチ、パチ、と二回瞬きをする。

‥可愛すぎる。
あどけなさの残る丸みを帯びた輪郭、気弱そうな八の字の眉、うるうると水分量の多い大きな赤い瞳。あえて二度言おう。可愛いすぎる。

「もしかして煉獄先生の弟さん?」
「はっ‥はいっ‥」
煉獄千寿カといいます、と言いながら少年は後退りし、ゴンッと後ろの壁に頭をぶつけた。勝手に壁際に追い込まれている。
‥怖がってる?あ、見ず知らずの先輩に急に近寄られたら怖いか‥!
「私、みょうじなまえといいます。急にごめんね、あんまり似ているものだからつい‥!」
じゃ、と踵を返そうとしたなまえの耳に、か細い声で「みょうじ‥なまえ‥あ」と聞こえた。

なまえが振り替えると、千寿カはハッと両手を振った。
「あっすみません、あの、有名なので、つい」
「有名?」
ちょっと待って。どんな悪評が‥!?
まさか髪濡れたまま爆走したアレか?それとも炭治カフランスパン事件か‥!?
「う、あの、学園三大美‥いえ、すみません、お許しください」
お許し下さい!!?
‥千寿カが言いかけた言葉は分からなかったが、これだけはわかる。怖がられている。

顔立ちはよく似ているが、明朗快活な煉獄と違い、何というか‥柔和温順とでも言うのだろうか。静かで思慮深く、先日の上着の件も考えると兄思いなのだろう。とにかく、性格は全然違うようだ。ただ、煉獄と同じで優しい雰囲気が滲み出ており、誰からも愛されるであろうことが感じられる。

「‥‥‥」
‥そんな眉を下げ潤んだ目でこちらを見ないで欲しい。小動物を苛めているみたいではないか。嫌われたくないから、そろそろお暇しよう‥
「あっ」
そういえば、今週末例の剣道の試合を観に行くのだった。先生のご実家の道場らしいから、千寿カ君も来るのではないか。
その旨を簡単に伝えると、
「ではっ‥、お迎えに行きます!角のコンビニわかりますか‥?」と申し出てくれた。

「ありがとう!!すごく嬉しい!」
満面の笑みを浮かべていたかもしれない。気持ち悪くてごめん。嬉しすぎて!
思わず少年の両手をぎゅっと握り、じゃぁ日曜日ね!と言い図書館を出た。
残された千寿カは、探しに来た友人に頬の赤さを指摘されたという。




「はぁーもうすぐ夏休みかぁ」
その日の放課後。
そういえばお米がもう無かった事を思いだし、なまえは制服のまま繁華街へ繰り出した。
夏休みは半分くらい部活だし、部活の合宿もある。しかし、海水浴、花火大会、夏祭りなど、イベントも絶対譲れない。忙しい!まだ誰とも約束してないけど!

‥こういう時、教師に恋していると損だなぁと思う。せめて先輩とかなら、勇気を振り絞って誘うのに!

そんな事を悶々と考えながらスーパーで棚を物色していたら、突然右足に激痛が走った。隣にいた男性が買い物かごを落としたのだ。
「うわ!ごめんね、大丈夫!?」
「大丈夫、です」
ジーーーーーン‥と痛む足の甲をさすりながら、なまえは気にしないで下さい、と顔をあげた。
大学生くらいだろうか?毛先の遊んだ茶色の髪、耳にピアス。お洒落さんだ。
「では‥」
痛いけど、骨には異常無さそうだし頑張ろう!なまえは何とか平静を装ってレジへ向かう。

5キロの米を買った上、足が痛いので、他のものは何も買えなかった。米袋が入ったレジ袋を両手で持ち、ゆっくり帰路へ着く。
「あ、さっきの子!ねぇ、お詫びに荷物もつよ!」
さっきの茶髪の大学生だ。うーん。若干待ってた感あるな‥新手のナンパかな。
「大丈夫です!私力持ちだし家遠いんで!」
「‥え、でも制服そこのキメ学だし、ここで米買うってことは徒歩の距離っしょ?」
「でも大丈夫です!さよならー」

スタスタと歩いて遠ざかる。が。
「ねぇ、さっき痛かったよね?悪いから送るって!」
(しつこいな、どうしよう)
学校に逃げ込むか。いや、米抱えて登場したらまた有名になってしまう。
もはや無視を決め込んで数分。まだ着いてくる男に、恐怖を感じ始めた、その時。

「先輩、こんにちは!偶然ですね、一緒に帰りましょう!あ、荷物持ちます!」
にこーっと二人の間に入ってきたのは。
(千寿カくん‥)
別人ではあるが‥大好きな焔色の髪が見えて、何だか酷く暖かい気持ちになった。
「は?誰このガキ」
素が出ている男に、千寿カが顔を向ける。
「貴方こそ誰ですか?先生呼びますよ?」
「‥チッ」

男は千寿カくんを忌々しげに睨むと、逃げるように去っていった。
「千寿カくん‥」
息を乱していたから、きっと走ってきてくれたのだろう。
「ありがとう、助けてくれて、ありがとう」
言いながら、恐怖心がぞくぞくと沸き上がってきた。このままだと家に帰れないところだった。
「当然の事をしたまでです。」
少年は柔らかく微笑むと、お送りします、と米を持って歩き出した。

結局、言い出したら聞かず、家まで送ってもらってしまった。すごく後輩の子に‥
あの人しつこそうだったから千寿カくんが逆恨みされたら‥などと心配になったが、彼曰く「道場の息子ですから、それなりに心得ております」との事だった。凄いなぁ‥

自宅に入り、ベランダから顔を出すと少年の横顔が見えた。鞄からスマホを取り出し、何か操作をしているようである。手を振っても気付かなそう。
あんな可愛い子に守ってもらって、不甲斐ない‥。なまえはため息をつくと、部屋へ戻った。

それにしても、他の誰にも知られてないのに、好きな人とその弟にだけ自宅を知られてるってこれ如何に。

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