#15

本日、晴天也り。
いざ、想い人の実家(※道場)へ、いざっ‥
(緊張するぅぅぅううう)

大会当日の日曜日。なまえは歩き方を忘れるほど緊張していた。休日に会えるなんて天にも昇る気持ちなのに、場所が場所だけに無駄に緊張してしまう。
ちなみに、本日の服装はゆったりとしたワンピースだ。何故なら、ついでに四人で遠足で勝ち取ったビュッフェに行くことになったから。食べすぎてボタンが弾け飛ぶ未来を阻止すべく、選択された戦闘服だ!

「あっみょうじ先輩!」
角を曲がりコンビニが見えると、ふわふわと明るい毛先を揺らしながら、千寿カが駆けてきてくれた。
「おはようございます!」
「おはよう!この前は本当にありがとう!」

迎えに来てくれて本当に助かった。なまえは極度の方向音痴である。勿論地図は読めるが、ほにゃららmapとかアプリで開いても、何故か座標がぐるぐるしたりして目的地に着かない。(私の回りだけ磁場壊れてんの?)

先日助けてもらった時の凛々しい顔から一転、ふにゃりと柔らかく笑う幼い顔が可愛すぎて、思わず頭を撫でたくなる。‥はっいけないいけない!セクハラになってしまう!(?)



道場へ着くと、炭治郎達が煉獄先生と話していた。先生道着だーーーーー!!!うそうそうそ格好良すぎる無理見れないっ‥

「なまえちゃぁああああん!!!おはよう!!!ワンピースだぁぁぁ今日も可愛いねぇ」
いち早くなまえを見つけた善逸の大声に、先生もこちらを見て、「おはよう!」と言ってくれた。
‥チラと、一瞬だったが煉獄がなまえの服に視線を落とした。気がした。
「むさ苦しい所だから、終わったらすぐ帰るといい。みょうじから目を離すなよ」
そう炭治郎達に言い控え室の方に歩いていってしまった。
むさ苦しいから?何で?えっ私男共に襲いかかったりしないですよ?先生?
‥何だか納得が行かないが、先生の言いつけを守ってエキシビションだけ見たらお暇することにした。残念‥



大会開始の挨拶が終わり、エキシビションが始まる。何故エキシビションかと言うと、煉獄は現在の彼の年齢で取得可能な最高位、五段の有段者だからである。それも年齢で引っ掛かってるだけで、千寿郎曰く、「兄に勝てるものはいないと思います」らしい。

煉獄が入場すると、あちこちからざわめきが起こった。が、彼が数歩進み一礼すると、会場は水を打ったように静まり返る。

面の隙間から彼の精悍な横顔が見えた。射ぬくような鋭い紅蓮の眼光に、ゾクリと肌が粟立つ。
「始め!」
カァァン‥
「面あり!」
(え?)
勝負は一瞬だった。瞬きした瞬間には、煉獄が元いた位置から相手の間合いに移動していて、そして‥
「勝負あり!」
(はい?)
確か、三本勝負だった筈だ。あ、先生が二本取ったの‥?
「‥‥」
圧倒されたのはなまえだけではなかった。静まり返った道場のあちこちから感嘆の声とどよめきが聞こえる。
「流石兄上です‥」
右隣にいた千寿カくんがほぅと息をついた。
反対隣にいた伊之助は「おぉぉ‥すげぇ!何か凄すぎて分かんなかった‥けどすげぇ!」と武者震いしている。



「そろそろ行こうか!トイレ行ってくるからちょっと待っててくれ」
「あ、俺も」
炭治カと善逸が、そう言って背中を向ける。
「あ?便所か?俺も」
「伊之助はそこにいて。交代する」
「あ?‥おう」
伊之助も行こうとするが、善逸が制した。

次の試合はまだらしい。楽しく千寿カくんと先生の試合の感想を言い合っていると。
ドンッ
突然伊之助がなまえを突き飛ばした。
「キャッ‥いのす‥」
千寿カに思い切りぶつかってしまった。
文句を言おうと振り替えると、伊之助が後ろにいた男性の襟首を掴んでいる。
「何してんだてめェ!!」
そのまま引き倒した。
「!!!」
倒される寸前、男の靴は、確かになまえが立っていた真下に入っていた。靴先がキラリと光る。あれは‥カメラ!?

なんだ?喧嘩か?‥周りがざわめく。
瞬間、隣にいた千寿カが靴先からカメラを引きちぎると、なまえの手を引いて走り出した。何が何だか分からない。スカートの中を、撮られた‥!?
吐き気がする。恐怖と嫌悪で体が震える。
千寿カがすぐに引き離してくれたおかげで、犯人の顔を見ずに済んだのは不幸中の幸いだったが‥


千寿カは、道場裏手の人気の無いところへなまえを連れてくると、手を離した。

「どうした!!」
選手席から、一連を見ていたのかもしれない。煉獄が袴のまま飛び出してきた。
‥大好きな煉獄が目の前にいるのに、なまえは俯いたまま、地面を見つめて話すことができない。気持ち悪い。吐きそうだ。
「みょうじ‥」
「兄上、これ‥」
千寿カがなまえに聞こえぬよう、煉獄に顛末を伝え、先ほど引き抜いたカメラを渡した。
バキリと、カメラはすぐに煉獄の手の中で握り潰された。千寿カがぎょっとした顔で兄を見上げたのが分かったが、なまえはそれどころではない。
煉獄はすでに潰れたカメラを地面に叩きつけると、持っていた竹刀で勢いよく突いた。弟がビクッと肩を跳ねさせた。カメラは既に粉々であり、みる影も無い。

「おい、なまえ!」
伊之助が追い付いてくる。犯人は関係者に預け、今警察待ちらしい。
なまえは、何とか平常を装いたかった。だが恐怖により呼吸が浅くなり、過呼吸のように苦しい。
「‥‥‥」
伊之助が、背中をさすってくれた。
どんぐり食い過ぎた猪にこうやったら治ったとか聞こえたが、今はただ有り難かった。

震えが止まらない。誰かに抱き締めて欲しかった。大丈夫だよ、と頭を撫でて欲しかった。まともに思考ができない。

‥‥相手としては、一番まともな選択だったと思う。
「ごめん、胸貸して‥」
そう言うと、なまえは徐に千寿カの肩口に顔を埋めた。
「!!!!!!」
千寿カは、大きな瞳を零れんばかりに見開いて固まった。顔は真っ赤である。
千寿カの両側にいた煉獄と伊之助もビシリと固まったが、なまえの状況を察して何も言わずにいてくれた。
和服の衣擦れの音がした。同時に、誰かの温かい手が背中をとんとんと、あやすように叩いてくれた。‥それが酷く安心した。


「‥みょうじ、そろそろ離してやってくれ。千寿カが茹で蛸になる」
やっと落ち着いてきた頃、教師の声で我に返った。
バッと体を離すと、千寿カは文字通り頭から爪先まで真っ赤になっており、解放された瞬間ふらふらと兄の後ろに隠れた。

いつの間にか炭治カと善逸も側にいた。
何も言わずに側にいてくれた皆に、じんわり心が解けていくのを感じた。ありがとう。
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