#18

夏休みが始まった。
入学前は、寂しかったら親元に泊まりにいこう!などと考えていたが‥思ったより予定が充実していて忙しい。というか煉獄先生のいる日本から離れたくない。一日も!

夏休み中は授業が無いため、会える保証は無く非常に寂しい。‥だが基本的に教員は夏休みも毎日出勤しているし、なまえも部活で登校する。そもそも同じ建物にいるというだけで気分が高揚してしまう。(安上がり!)




夏休みの部活は合宿含め全てを秋の文化祭(パフォーマンス)の準備に充てる。
今日は先日教わった振り付けの個人練習だった。

(誰もいない校舎‥新鮮!)
ダンスの練習は鏡とスペースがあればできる。夏休み中は人がいないので特別に、姿見を持って好きなところで練習していい。
「あっうずスペ誰もいない!」
なまえは美術室横に荷物と姿見を置くと、丁寧に柔軟を行い、練習を始めた。
誰もいないのを良いことに、スマホで少し大きめに曲を流しながら。

「おっみょうじじゃん。」
「ヒィ!」
集中していて気付かなかった。突然鏡に宇髄がうつったので飛び上がってしまった。
「オイ‥何だァその反応は。」
おら、と距離を詰めてきた宇髄に後ずさりしつつ、お久しぶりです!と明るく挨拶する。

「何してんの?鏡で自分見て」
「言い方よ」
思わず低い声で突っ込んでしまった。だってナルシストみたいに言うから!
‥宇髄は楽しそうに笑っている。今更かもしれないが、彼は生徒をからかうのが趣味らしい。少なくともなまえはそう解釈している。

前述の通り、夏休みといえど教員は通常通り出勤である。先程まで無人と思われた3階も、美術室の主が帰ったならば音楽を流すのは迷惑だろう。なまえは停止ボタンを押し、本日の練習メニューを再考する。ちなみに、二階以下はまぁまぁ人がいたので、場所を移動するつもりはない。

「秋の文化祭のダンス練習です。」
「おっいいねェ響き派手で!」
「ふふっ」
ヒャッと喜ぶ先生に笑ってしまう。

「‥‥‥」
突然、宇髄が真顔になった。
人の顔を見ながら真顔になるとか‥絶対失礼な事考えてるな?など考えていると、階下から靴音が聞こえてくる。
あーもう!先生と遊んでたら人来ちゃった!


「みょうじさ、最近ヘーキ?」
「?」
宇髄は階段から聞こえる足音を気にすることもなく、あー、と居心地悪そうに視線を反らした。
あ!!これはもしや!
「ストーカーの件ですね!!!」
「元気に言う内容じゃねェだろ!」
「痛っ」
チョップが来た!初めてされた!

内容の重さよりピンと来た嬉しさが勝ってしまった。気を遣っていただいたのに申し訳ない。
‥階段の足音はすぐそこまで来ていた気がするが、チョップのあたりで途絶えた。
こちらからは壁で死角になっているので、様子は分からない。

「校門付近によくいるので、見かけたら裏口から帰るようにしてます!」
「お前存外肝座ってるよな‥」
宇髄は腕を組んで立っていたが、壁に背を持たれて床に座り込んだ。長居する気!‥よし、私も水飲もう。

宇髄の斜め前に腰を下ろす。
‥目の前の教師は、真夏なのでパーカーは腰に巻いており、Tシャツだ。袖から出ている腕が逞しすぎて、綺麗な顔に合わないなぁ、など失礼な事をぼんやり考える。


「‥宇髄」
大好きな声にハッとした。
立ち止まっていた足音が近づいてきたと思ったが、まさか煉獄とは。
「悪ィな煉獄、待たせちまって!」
「悪いと思っているようには見えないが!」
時間的に、昼食でも行こうと約束していたのだろう。どっかりと腰を落ち着けたまま謝ってもねぇ、先生‥。

‥台詞自体は咎めるそれなのだが、こういう時でも煉獄の口角は上がっており、非常に印象が良い。うぅ、今日も格好いいなぁ。

「こんにちは!」
座ったまま元気に挨拶する。あー今Tシャツ短パンだ‥もっと可愛いやつで来ればよかった!!
「うむ!こんにちは!」←声量MAX
声でかっ
なまえは笑ってしまう。宇髄は「声でけーよ!」と耳を押さえている。仲良しなんだぁ。

「‥‥みょうじさ、」
またも真顔になった宇髄が、なまえに向き合う。
「彼氏とかいねェの?」
「!!」
ああああああ何故聞く!?
煉獄先生の前で!?
好きな人そこ!後ろ後ろ!

歴史教師は、少し面食らった顔で、宇髄となまえを見ている。何この空気。いたたまれない。

ミーンミーン‥と、外からは元気な蝉の声が聞こえる。今日も快晴だ。

よし、言うぞ!
「いません!頑張ります!!」
‥一言多いんだよテンパると!

「‥‥‥」
「ブッ」
一時の静けさのあと、宇髄が盛大に笑いだした。
「おまっみょうじっ‥ホント好きだわ!‥うおっ顔顔顔!分かったって!」
「顔?」
お腹を抱えていた宇髄は煉獄を見て、コホン、と咳払いした。
なまえもつられて上を見ると、‥‥眉間にがっつり皺が入っている。おこなの?

‥まぁそうか。生徒に好きだなんて。前後関係からそういう艶っぽい意味は皆無だと明らかだとしても。

「宇髄先生、そういう事言ってると、彼女さんに怒られ‥ん?先生こそ、彼女いるんですか?」
途中で純粋に興味が出て、聞いてしまった。ダメかな。
「俺か?んー‥派手に秘密だ!」
「承知しました!」
「諦めるの早っ」
‥何だ、やっぱ教えてくれないか。実は妻帯者だったりして。いやいや。私ったら好きな人の前で何聞いて‥‥

‥‥‥煉獄先生って、独身だよね?

サァァー‥と手足が冷たくなった。
ヤバい。片思いで舞い上がってたけど、相手
とか考えたことなかった。結婚なんてしてたら立ち直れない。ドイツ帰る。

「煉獄には聞かねーの?」
さて、気を取り直して練習するか‥と立ち上がったのだが、一緒に立ち上がった宇髄がニヤニヤ聞いてくる。人の気も知らないで!

「聞きません!リア充の話体力削れるんで!」
「ははははは!お前が言う!?」
よし、何とか流れを阻止できた。
気になりすぎるけど、今は知らなくていい。

チラと煉獄を見ると、「りあじゅう?」などと首をかしげている。あああ絶対意味わかってない可愛い!!!

「‥いやさ、みょうじも彼氏作れば怖い思いしなくなるんじゃねェかな、って思っただけよ」
「宇髄!」
「わーったよ」

ひとしきり笑った宇髄は、煉獄にたしなめられ「荷物おいてくるわ」と言って歩いていってしまった。

煉獄と残される。途端、何だか馬鹿な話を聞かれてしまった気がして恥ずかしくなり、後悔の念が襲ってきた。この下らない掛け合いに、煉獄は一度も入ってこなかった。大人だなぁ。単に興味無いだけかもしれないけど。


「みょうじ、ああ見えて宇髄も君を心配しているんだ。悪く思わないでやってくれ」
宇髄に聞かせないためか、いつもより声のトーンを落とした煉獄の声がする。
‥目が合うだけで緊張する。何とか「はい!分かってます」と答えることができた。

「うむ!君はいつもいい返事だ!君の長所のひとつだ!」
「初めて言われました!ありがとうございます!」
「いやうるせェわお前ら」
画材を置いて戻ってきた宇髄は再び耳を押さえている。

いくぞ、と階段を下りていく美術教師をチラと見て、煉獄も体の向きを変える。

「それから‥」
「?」
「宇髄の言った事は気にするな。君は心のままに過ごせばいい。もう怖い思いはさせない。」
「!!」
眉を下げ、またな、と言って階段を下りていく背中を、なまえはじっと見守った。
煉獄が移動した時、ふわっと彼のいい匂いがした。それが酷く愛おしくて、触れたくて、想いを告げたくてたまらなくなった。

重症だなぁ。
なまえは頭を左右にブンブンと振ると、再び再生ボタンを押し、練習に没頭した。

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