#19

そこかしこをカラフルな花が彩る会場へ、華やかな衣装を身にまとった男女が続々と入ってくる。流石は老舗の高級ホテル。披露宴会場がとにかく広い。新郎新婦の席を除いて割りと薄暗いので、自分の担当テーブルの位置をしっかり覚えて給仕しなければならない。

今日は、単発のブライダルバイトである。制服は白いワイシャツに紺のパンツ、同色のネクタイだ。周りが華やかな分、誰の目にも止まらない、黒子のような気持ちだったのだが。

「ねぇ派遣ちゃん、8番テーブルの方達が凄いあなたのこと見てるんだけど‥知り合い?」
「え?」
担当テーブルの乾杯用のドリンクオーダーを取ったところで、社員さんにつつかれる。8番てどこだっけ?あ、真後ろか。
「おいみょうじ‥何してんだァこんなところで」

(ぎゃぁぁぁあああああ不死川先生!!!)
振り替えると、いつもと違いオールバックの数学教師が片腕を背もたれに預け、こちらを見ていた。
なまえは心の中で泣いた。嫌すぎる!!バイト先に先生がいるなんて!!
もしや、とそのまま視線をスライドすると、
冨岡、一つ空けて伊黒が座っている。
悪夢か!
よし、あがります、みょうじあがりまーす!

‥聞けば、大学の友人の結婚式らしい。
気まずくなったなまえは、挨拶もそこそこに一旦バックヤードへ戻ろうと会場を抜け廊下へ飛び出した。
のだが。
ドンッと誰かにぶつかってしまった。ヤバい、お客様、
「申し訳‥」
「みょうじ?」


煉獄だった。
「先生‥」

いつもの元気な赤ではなく、結婚式用に薄いグレーのネクタイを締め、いつもは着ない濃紺のジャケット、中にベストまで着ている。
長い足はいつもより細身のスラックスに覆われており、彼のスタイルの良さを際立たせていた。

「その格好は、バイトか!」
「はい、今日だけの単発ですけど」
(先生格好いい‥)
煉獄がいるのなら、バイトを入れて良かった。しかも場所が結婚式場だなんて!今日はいい夢が見れそうだ‥

「そうか!しかし、アルコールの提供がある場所でのバイトは感心しないな」
「えっ‥危険でしょうか?」
なまえはまだ結婚式に呼ばれたことが無い。想像では、皆お祝いをするために来ているのだから、酒に酔って暴れたりなど、そうそうなさそうなものだが‥

煉獄は骨ばった長い指を顎にあて、うーんと思案すると、
「みょうじだからな!」と結論付けた。
んー、先生、わかりません!

‥いや待てよ、前に剣道の試合を観に行った時、盗撮魔にあったな。変態を引き寄せる体質だと思われているかもしれない。
というか最近うすうす自分でも何かおかしいと思い始めた。茶髪ピアスの大学生もまだうろついているし。‥そうか!変態はJKが好きなのね!



ざわざわと、広い会場は歓談の声で賑やかである。
煉獄は遅ればせながら席につき、なまえは前菜のサーブを始めた。担当の5番テーブルは新郎側の友人で、会社の同僚らしい。お酒も入って楽しそうだ。いいなぁ、結婚式。なんだか幸せになるよね。


「それでは、新郎新婦ケーキ入刀でーす!」
披露宴は滞りなく進んでいる。イベントになると、写真を撮ろうと出席者達がスマホ片手に高砂前に集まりだした。はいココ、下げ膳のチャーンス!
パシャパシャと、フラッシュがたかれて眩しい。なまえは今のうちにとテーブルの食器を下げにかかる。
と、担当テーブルの客が一人、なまえに近づいてくるのが横目に見えた。トイレの場所かな?なまえが振り返ろうとすると、
「みょうじ、元気か‥?」
「へ?‥冨岡先生‥」
何故か冨岡が、高砂に行くでもなく自席にいるでもなく、男からなまえを隠すように立った。

‥そういえば、冨岡のスーツ姿は初めて見る。いつもの無造作な前髪はワックスでかきあげられ額が出ているし、後ろ髪も綺麗に結ってあるため、完全にただのイケメンだ。

‥なるほど‥。周囲を見回すと、冨岡を見てきゃいきゃい話している女性たちが何人もいる。出会いを楽しむ人もいるのか。フムフム。先生そういうの苦手なんだろなぁ‥

思い返せば、度々教師たちが謎のタイミングで話しかけてきたり、急に去っていったりした。皆逃げてきてたのか‥
(そう言うことなら任せて下さい!)
なまえは本日のバイトに駆け込み寺のような使命を感じ、やる気が倍増した。



宴もたけなわ。
担当テーブルの男性陣は皆かなり飲んだのか、さっきから非常に面倒くさい。
なまえちゃん、連絡先おしえてよ。
ね、デートしない?
今日このあとヒマ?

(何でこんなに華やかな女性が沢山いるのにスタッフをナンパしてくるの‥?)
式を邪魔したくなくて、笑顔でいなしてはいるが‥正直向こうはエスカレートしてくるし、後ろのテーブルの先生達は顔に青筋が浮かびまくって確実に結婚式の顔じゃないし、もう帰りたい。

「みょうじ‥てめェは接客のバイト禁止だァァ」
3人ほど殺ってきました、という顔で不死川が睨んでくる。
「えっ‥お酒出ないとこもですか!?」
「ダメだ」←不死川
「‥ダメだ」←冨岡
「ダメだな!」←煉獄
「お前はダメだ」←伊黒
どんだけー!

うぅ‥そうなると屋形船もダメだなぁ‥日本の花火大会‥見たかったー!


‥式が終わり、食器を下げ終わると本日のバイトは終了である。
疲れたなぁ‥と、なまえは私服に着替え、トボトボとホテルを後にした。
足が痛い。立ちっぱなしは動きっぱなしより時に疲れるのだ。

「あっなまえちゃんじゃん!」
疲労によりいつもよりダラダラ歩いてしまったせいか‥ホテル前で話し込んでいた担当テーブルの客たちに見付かってしまった。
「本日はおめでとうございました!失礼いたします」
なまえは頑張って笑顔をはりつけ、駅へ向かう。
もう日は落ち、街頭がぼんやりと照らす歩道を足に鞭打って歩く。
男たちは酔っているのか、ガヤガヤとしつこく付いてくる。怖くなってきた。集団で襲われたら、一溜りもない。

「!」
ホテルの敷地を出たところで、街灯の灯りの下、焔色の髪を見つけた。安堵で涙が出そうだった。
彼は歩道に儲けられた柵に軽く腰掛け、俯いて誰かを待っている。
暗闇の中、街灯に照らされた煉獄の赤い瞳がこちらを見た。いつも感じよく上がっている口角は下がり、薄い唇がきゅっと結ばれている。
「‥‥‥」
心臓がドクンと脈打つ。

煉獄は、緩慢な動作で腰をあげると、なまえの元まで歩いてきて、後ろの男達を一瞥すると、
「駅まで送ろう」
‥美しく微笑んだ。


「勘が当たった!君を待っていてよかった!」
道中、いつもの口調で話す煉獄になまえは心底ほっとした。

‥先ほどの一連の表情は、どれも今まで見たことの無い‥‥何と形容すればよいだろう。怒り‥?それとも、軽蔑‥?
正直、少し怖かった。いつも明るく太陽のような煉獄の、例えるなら炎で覆われた心の深淵‥普段決して見せることのない、もしくは本人も自覚していない冷たい感情が露になったかの如く感じた。ただそれはなまえに向けられたものではなく、なまえに恐怖を感じさせたあの男達に向けられたものであったが。

「では、俺は不死川達を待たせているからこれで失礼する!寄り道せず帰るように!」

改札で手を振ってくれた煉獄は、いつものように優しく頼もしい教師だった。外は暑いのか、ジャケットは片手にかけており、センスの良いベストがシャツを通し、厚い胸板から意外と細い腰を覆っている。大人の男性だ。色気が凄い。

電車の中で、なまえはずっとぼんやりしていた。言いつけ通り接客バイトを全てキャンセルした後、窓から流れていく街の明かりをひたすらに見つめた。最寄りに着くまで。

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