放課後クライシス

今日の部活は筋トレ!ぐへぇ!
華やかなダンス部とはいえ、週に一度筋トレの日がある。丁寧に柔軟をしたり、マラソンしたり、所謂筋トレをしたり‥メニューは様々だ。

カーフレイズというメニューがある。つま先立ちになり踵を上下させ、ふくらはぎに圧をかける。地味な見た目だが、終わったあとは足が疲労でぷるぷると震えるほど疲弊する。

今日の筋トレはこれで終了であった。
乳酸がたまりダル重い足を何とか動かし、部室を出た。‥のだが。
ぐらっ
「あっ」
ドサッ‥‥‥

二段しか無い部室前の段差でふらつき、転倒してしまった。一緒にいた同期が慌てて駆け寄ってくれるが、足首に激痛が走り立ち上がれない。制服の為、靴下に隠れて見えないが‥折れた?折れたの?

「ちょっ‥保健室行こう!歩ける?」
「歩けない‥無念」
「何で武士なの」
ふざけてないで待ってて!といい、同期は走っていってしまった。

心の中でお礼をいいつつ、なまえは壁に背を付けて座り込む。
ミーンミーン‥
蝉の声がする。
先ほどシャワーを浴びたばかりなのに、もう汗が滲む。

「みょうじ」
この声は‥冨岡先生?
同期は自分では運べないと判断し、部の責任者の冨岡を呼んできてくれたらしい。

顔をあげると、この暑い季節に非常にちぐはぐな、涼しい顔をした冨岡が目の前に立っていた。
「階段から落ちたと聞いた。どこが痛む」
足首です、と返答すると、教師は片ひざを付いてなまえに目線を合わせた。
「触るぞ」
一応断りをいれてくれたあたり、気を遣ってくれているのだろう。
靴下の上から弱い力で、確認するように触れられる。その間、吐き気は、とか、痛みは増しているか、等淡々と聞かれた。
一通り確認した冨岡は、「捻挫だ」と言うと、前触れもなく背中と膝裏に腕を差し込み、なまえを軽々抱えあげた。
突然の浮遊感に心底驚いたなまえは、本能で教師の首元に手を回した。‥結果、抱きついた形になってしまう。

‥冨岡の体がほんの僅かにビクリと揺れたのを感じた。
(‥‥‥セクハラしてしまった‥‥ごめんなさい先生‥)

「保健室へ連れていく。後は任せろ」
なまえが手を離すと、冨岡は同期にそう告げ、早足で歩き出してしまった。

「‥‥‥」
正直、緊張で手汗が凄い。
足が痛い事も忘れ惚れ惚れしてしまう程の綺麗な顔が真上にあり、真夏であるにも関わらず汗の類いの匂いは一切なく、洗剤なのか柔軟剤なのか‥仄かにいい匂いがする。
横抱きにされているため密着した上半身の一部は自分と違い硬く、存外逞しい。否が応でも意識してしまう。
こと冨岡義勇という教師において、生徒をそのような目で見ることなどまず無いのであろうが‥




"不在"。
珠世先生ー 先生ー 先生ー←なまえの心の叫び

絶望的な文字が保健室の扉に見えたが、教師は気にすることもなく中へ入ると奥へ進んでいく。
「ここに座ってくれ」
なまえを椅子に座らせると、教師は棚から包帯と固定具、タオル、冷蔵庫から冷却用の保冷剤を取り出し向かいの椅子に腰掛けた。
一連の動作は非常に手慣れていて、流石体育教師と言うべきか、生徒捻挫しすぎだろと突っ込むべきか悩むレベルである。

「脱げ」
「ファッ」
言葉はしょりすぎーーーーー
思わず変な声出た!!
流れから靴と靴下の事で間違いないけれども!!
美人だからって流石に捕まるわ先生!

‥靴下を脱ぐと、足首の側面が赤く腫れあがっていた。うわぁ、痛そう‥(?)
「持ち上げるぞ」
「え‥」
正面に座った冨岡は、表情一つ変えず、自分の膝の上になまえの足を乗せた。
途端、ボッとなまえの顔が赤くなる。
「ちょ、ちょっと先生、」
「なんだ」
冨岡は少し眉間に皺を寄せ、膝が、足が、などと狼狽えるなまえを見た。
本気で分かってないなこれ!

‥捕まれた足首が異様に熱い。
「熱い、です」
ああああ口に出すな馬鹿!落ち着け!
プシューーーーーッ
冷却スプレーぶっかけられた!違うわ!いや違わないんだけど!

何だか自分だけ意識して取り乱しているのが恥ずかしい。‥冨岡先生、こんなに格好いいのにこんなことしてたら襲われるよ?

なまえが混乱して黙りこくっている間に、教師はテキパキと保冷剤を布でくるみ、固定具と共に患部へ巻き付けていく。
「きつくないか?」
一通り処置を終えた後。急に目を見つめられ、再びドキリとしてしまった。
‥この人は、口数が少ない代わりに相手の目をじっと見る癖がある。
それがどれほどの破壊力を持つのか、本人はきっと分かっていない。心の窓とか言ってる場合じゃないよ。心の窓から不審者入ってくるよ。


「ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀して、よたよたと出口へ向かうと、「待て」と呼び止められる。
「送っていく」
「へ」
待っていろ、と言い残し、教師は車の鍵を取りに行ってしまった。

‥どうしよう、冨岡先生が凄く優しい。
さっきからずっと、顔が赤い気がする。

「道案内を頼む」
「はい‥」
‥他の生徒が下校していて本当に良かった。
結局あのあと冨岡は、当たり前のようになまえを再度横抱きにして駐車場まで歩き、助手席に押し込んだのである。

緊張するなまえの気も知らず、冨岡はミラーの角度を慣れた手付きで直すと、アクセルを踏んで発進させた。


ゴォォォー‥‥‥

「‥‥‥」
「‥‥‥」

テレビも無ェ!ラジオも無ェ!
「‥‥‥」
「‥‥‥」
密室にイケメン教師と2人。きっつ!


道案内をしながら、その周辺のお気に入りの道や桜が綺麗な箇所などをバスガイドの様に話す。
「‥ここです」
‥落語家になれるんじゃないか私。


「‥そうか」
冨岡は変わらず綺麗な顔をぴくりとも動かさず、こちらを真っ直ぐに見た。

‥それにしても。ここまでしてくれるなんて、何で優しいんだろう。
こういう細かな優しさを貰った女の子が、バレンタインに殺到したんだろうなぁ。30人以上ってなかなかよ。共学なのに。

「ありがとうございました。良かったら、寄っていかれませんか?」
何かお礼がしたい。昨日通販でお取り寄せした抹茶ケーキが冷蔵庫で解凍済みだ。それを出そう。

そう軽い気持ちで言ったのだが。
隣の教師は、綺麗な眉を寄せこちらを見る。
‥怒った?何で‥?

「みょうじ‥男を簡単に家にいれるな」
「え?」

失礼だが、冨岡の口からその様な注意を受けるとは思っていなかった。そういう、何て言うか‥性的な概念が無いように見えた。
そのくらい、冨岡義勇という人は清く、美しく‥かつ、浮世離れした存在に感じていた。

それに‥今日一日だけで、大分惹かれていた。流石に暢気ななまえも、誰でも彼でも家にあげたりはしない。

「‥でも、美味しい抹茶ケーキがあります」
自分でもどうかと思う。
思うけど、お礼をしたいのと、冨岡先生への信頼と好意が勝った。

「‥‥‥」
冨岡が眉間の皺を一段深くする。‥と思った瞬間、
「ぎゃっ」
助手席のシートを思い切り倒された。

「え?」
‥と、惚ける暇も無く。
冨岡が覆い被さってくる。
サラリと男のジャージが音を立てた。

「せん、」
ふわりと石鹸の香りが鼻腔を擽る。
冨岡は壊れ物を扱うかのごとく、そっとなまえの髪を耳にかけた。
みょうじ、と、耳元に吐息がかかる。

「‥‥!!」
ゾクリと、体に電流が流れた気がした。
鼓動が早い。熱い、破裂するのではないか。

冨岡の手が、再びさらりと髪を撫でた。
手を下ろし、頬を撫で、そして‥

「いった!!!!!」
‥でこぴんされた。ガチのやつ!!!

涙目で教師を睨むも空しく、彼は涼しい顔で運転席に戻ると、扉を開け外に出た。
そしてガチャリと助手席の扉を開けると、なまえの腕を引いて起こしてくれる。

ありがとうございます、と言ってベルトを外し、車から降りるが‥今のはお礼言わなくてよかったな。先生のせいだから!

「男を簡単に信用するな」
「‥はい」
「お前を組敷くなど‥容易い」
真っ直ぐ見つめられ、素直に返事してしまう。何か言葉のチョイスが淫乱に聞こえ‥私がおかしいの?
一応不満を顔にだしてはみたが。今の真っ赤な頬では、意味をなさないだろう。

‥冨岡は、ふ、と柔らかく微笑むと、背を向けて車に乗り込んだ。
直前に、なまえの頭に手を乗せてから。


遠ざかる車を見ながら、なまえはため息をついた。
悔しい。
このたった数時間で。

‥‥好きになってしまった。


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