#20

「うおおぉぉー!!!何だこれすっげェ!うまそう!!!」
「ちょっ伊之助!うるさいから!普通にたこ焼きだから!恥ずかしいから叫ぶなよ!」

夕暮れ時、鴇色の空の下、神社の境内に色とりどりの屋台が連なる。
今日は6班の皆で夏祭り!

先日散々怖い思いをして手に入れたバイト代は、浴衣のために一瞬で泡となって消えた。
ちなみに、浴衣で登場した際に善逸お決まりの絶叫→倒れるくだりがあったのだが、通常運転なので今回は割愛しておく。

お祭りは何年ぶりだろう!とにかく友達と来たのは初めてだ。おらワクワクすっぞ!


ぼんやりとした提灯の灯りや、カランコロンと下駄の音、遠くで聞こえる太鼓や炭坑節‥
美しい国だ。桜を見たときも思ったが、日本に帰ってきて良かったなぁ。

「走るなって!女子達浴衣なんだから!‥なまえちゃぁん、もしはぐれそうだったら俺の手を握ってもいいですよぉぉウフフ!」
「善逸!はぐれそうだ!ほら!手!」
「炭治カじゃねーよ!!」
人混みをずんずんと凄いスピードで進む伊之助を必死に押さえつつ、デレデレしたり突っ込んだり、善逸はある意味非常に器用である。
善逸くん、頑張れー!と応援しながらふと横を見ると、射的がある。こういうの、煉獄先生得意そうだなぁ。なんとなく。
‥‥‥ここに煉獄と来れたらどんなにいいだろうか。ふと彼の姿を思い出しただけで、胸の奥がぎゅっとなる。
浴衣似合うだろうな。屋台の照明に照らされる焔色の髪は、さぞかし綺麗だろうな。

「‥どうした?なまえ」
「わっ」
立ち止まってしまっていたらしい。急に上から炭治カの真ん丸な瞳が覗き込んできたものだから、驚いて反り返ってしまった。
後ろに足を付こうと思うが浴衣で殆ど裾が開かず、しかも草履。あ、転びそう‥
「ごめん!驚かせるつもりはなかったんだ!」
慌てて炭治カが背中を支えてくれた。
今回もセーフ!

カシャッ

「「ん?」」
どこかから、シャッター音が聞こえた気がした。夏祭りなのだから何もおかしくないのだが、炭治カも、なまえでさえも違和感を感じるほど、こちらへ真っ直ぐ音が聞こえた気がした。
「‥行こう、善逸達が待ってる」
炭治カはにこりと笑うと、なまえの手を握って早足で歩いた。ちょっと、妹じゃないんだから‥長男め。




焼きそば、たこ焼き、イカ焼き、焼き鳥、りんご飴、お好み焼き‥買いすぎでしょ!
キンキンのラムネと戦利品を持って、6人は境内から少し離れたところにある階段に腰を落ち着ける。
いつの間にか日はどっぷりと暮れ、濃藍の空が広がっていた。屋台の明かりはますます美しく、がやがやとした喧騒も趣深い。

「なまえはさ、好きな人いないの?」
隣にいた友人が、小声で問いかけてくる。男子達は食べるのに夢中に見えたが、三人とも凄い勢いでぐりっとこちらへ首を向けた。ホラーか!

「‥‥‥」
この手の話題が、ついにきたか‥
何と答えようか。いると言えば、誰?と聞かれるのは必然だ。いないと答えるのは‥嘘になる。

「違ったらごめん‥もしかして‥」
え?心当たりあるの?
なまえはドキリとして、手に汗が滲んだ。
バレたのだろうか。何故。こちらから何も動いていないのに。

「煉獄先生‥」
サー‥‥‥。血の気が引いていく。

「‥の弟さん?」
千  寿  カ  くん!!!!
隣で雛壇芸人の如く三人が落ちていくのが見える。

「それはないでしょ!まだ中1だよ!」
善逸が女子相手に珍しく突っ込んだ。
「えっだって図書館で手を繋いでるの見たって友達が‥」
‥アレか。迎えにきてくれるっていうから嬉しくて手をぎゅっと握ってしまったセクハラ案件か。何なら抱きついてしまったわ。ほんと色々ごめん千寿カ君‥。

「‥何で好きな人の話を?」
何とか誤解を解き、彼女の目を見る。どこか、憂いを帯びた瞳だった。
「‥‥‥私ね、ふられちゃったの」
「‥‥‥」
「先輩だったんだけどね、告白したら、‥ダメだって。‥私の友達が、好きなんだって。‥でも、忘れられないんだ」

膝の上で指を絡め、俯いて話す友人。
炭治カはホロリと目を細め、「そうか、そうか‥」と優しい相槌を打った。

よしよしと、彼女の背中を撫でる。何だか自分も悲しい。
‥もし、もし煉獄先生に奥さんか、彼女か、好きな人がいたら‥
‥もし先生が、生徒の他の誰かを好きだとしたら?
‥諦められるのだろうか。忘れて、新しい恋をするのだろうか。
否、無理だ。一生片思いしてしまいそう。
それほどに、彼のことが。

神社の裏手は雑木林である。そこに集まった蝉の声が、やけに耳に響く。

「俺はな!!!」
このセンチメンタルな空気の中、まさかの伊之助が声を発した。五人全員が今度は勢いよく彼を見る。
「キモッ!!なんだよお前ら!」
やかましいわ!

伊之助はフンッと鼻息荒く立ち上がると、腕を組んだ。
「‥好きとかわかんねェけど!!無理する必要ねェと思う!!フガフガ」
「伊之助‥」
‥途中からイカ焼きを食べながら話すものだから殆ど何いってるか聞き取れなかったけど、多分こう言ってた。
好きなものは好き。ふられても、飽きるまで好きでいればいい。

「当たり前の事だよ!何だよもう!」
肩透かしをくらった善逸がプンプンと怒っているが。彼らしい、ストレートな考え方が何故かストンと心に落ちた。





家の方角が同じ炭治カとなまえは、部活が無いときはよく一緒に帰る。
教室からそのままの時もあれば、偶然途中で会うことも。
だから今夜も、並んで夜道を歩いていた。
‥だけど今日の炭治カは、少し様子が変だ。

いつもの分かれ道にさしかかった時。
「ちょっと、コンビニに行かないか」
「へ?うん、いいよ」
彼がコンビニに行きたいわけでは無いことは、表情からすぐに分かった。

「ちょっと待ってて」
炭治カはコンビニのトイレへ行き、数分後、戻ってくる。
「あと10分したら、ここから出よう。今日は家まで送るよ」

流石に呑気ななまえも、事態を理解した。
コンビニの外に、あの茶髪ピアスがいる。

炭治カは、祭り会場から気付いていたのだろう。帰り道も、度々後ろを気にしていた。

‥しばらくして、自転車に乗った警官が男に話しかけた隙を見、二人は裏口から外に出た。
- 20 -
*前戻る次#
ページ: