#25

ピーンポーン。
秋晴れの日曜日。午後13時。
パーカーに短パンというラフな格好でテレビを見ていると、インターホンが鳴った。

悲鳴嶼に防犯意識を叩き込まれて以来、来客には居留守を使っている。だが、モニターに映っているのは‥

「こ、こんにちは‥」
「千寿カくん!?」
慣れていないのか、カメラに近づきすぎて目と下がり眉しか映っていないが‥この可愛い、この、とても可愛い(二回目)赤い瞳を間違える筈は無く。
「とりあえず上がって!」
なまえは光の速度で掃除をし、出しっぱなしの下着を箪笥にねじ込んだ。

ピンポーン。
数分後、今度は部屋のチャイムが鳴る。

「はーい!」
ガチャリと扉を開けると、
「おうなまえ!あ?寝てたのか?」
‥千寿カと、伊之助が立っていた。

「すみません!突然‥不躾だとは思ったのですが‥」
千寿カは謝りながら、短パンから伸びるなまえの生足を見るとギョッと目を剥いて真っ赤になった。
「なまえ、芋食うだろ!ついてこい!」
「そんなワイルドな誘いある!?」

非常に困惑したなまえであったが、経緯は以下の通りらしい。
初夏、煉獄が炭治カに貰った芋のロールパンがとても美味しく、感想を伝えたところ時々差し入れてくれるようになった。
煉獄の実家で薩摩芋が大量に手に入ったので、お礼をかねて庭で焼き芋をしようと炭治カを誘った時居合わせたのが伊之助。
煉獄家に集まったところ、煉獄が悪気なく「ははは!賑やかだな!むさ苦しい!」と言ったので、炭治カ達と仲が良く、千寿カとも面識のあるなまえに白羽の矢が立ったと。
ちなみに善逸はじいちゃんの手伝いだとかで来れないらしい。

余談ではあるが、千寿カは以前米を部屋の前まで運びいれてくれた関係で部屋番号を知っており、案内役を頼まれたのだとか。

とりあえず二人にはソファでテレビでも見ていてもらい、全力で準備をする。想い人とその家族に会うのだから、本来時間をかけて服を選びたいところではあるが‥もう来てしまっているから仕方がない。
適当にブラウスと綺麗目なパンツ、ロングカーディガンをひっつかみ寝室で着替える。急げ急げ!うわ寝癖!直せ直せ!直らない!結んどけ!
パニックになりながら、普段は下ろしている髪を低い位置でゆるくお団子にする。
いつもすっぴんだが、目に入ったので一応ピンクのリップも塗った。誰も興味無いだろうけど!

「おまたせっ‥バナナ食べてる!!!」
振り返った伊之助は、なまえが昨日買ったバナナを食べていた。今からお芋食べるのに!?




「こんにちは!お邪魔します」
二人に連れられて、煉獄家の門をくぐる。
道場は隣の敷地であった為、こちらへ来るのは初めてだ。‥大豪邸の平屋である。

途中で手土産を買うとごねたが、千寿カが要りませんの一点張りだった為諦めた。

「うむ!‥よく来たな!」
炭治カと落ち葉を集めていた煉獄は、なまえを見て一瞬ぽかんとした顔をしたが‥いつもの感じよい笑顔で迎え入れてくれた。

「なまえ!ほら、お芋だぞ〜!」
にこにこと薩摩芋を持ってくる炭治カ。だから、妹かって!
‥一瞬、炭治カとの噂が煉獄先生の耳に入ってたらどうしよう。などと頭によぎったが‥入ったところで何だ。煉獄にとって、そんな事は明日の天気よりもどうでもいいだろう。


そして煉獄の私服姿が眩しい。目が!目がァっ!無地のTシャツに動きやすそうなパンツとシンプルだが、彼の肉体美を最も直接的、かつ効果的に魅せ付けてくる猛毒コーディネートだ。
頑張れ!焼き付けるんだ!
私の肉眼レフに!!!

‥なまえが馬鹿な事を考えている間に、落ち葉の山が完成した。ここで焼くらしい。
初めてだ。そもそも、焼き芋が!


「うわぁ‥綺麗‥!」
ぱちぱちと火花を散らしながら、焚き火が燃えている。
どこかの国では、揺らめく炎をひたすらに映す番組が人気らしい。
その理由がわかる。
一秒として同じ表情は無く。繊細に揺らめき、しかしここに生きていると、力強く心に刻まれるのだ。暖かく、美しく。
それはまるで。
「煉獄先生‥」
「なんだ!」
「わっ‥」

炎に見とれて、煉獄が隣にしゃがんでいた事に気付かなかった。
赤い瞳に炎が映り揺らめいて、言葉を失うほど美しかった。
‥思わず好きです、という言葉が喉まで出かかるほどに。

「‥変わりないか」
炎を見つめたまま、煉獄が口を開く。
以前も車の中で同じことを聞いてくれた。他の先生もだが、気を配ってくれて、守ってくれて‥とても有難いと思う。

「‥‥‥君を怖がらせたくはないが」
炎を見つめていた煉獄は、眉を寄せた。
声のトーンが真剣なものに変わった為、なまえは緊張した面持ちで教師を見つめる。

「例の不審者が、また目撃されているらしい」
「‥‥」
指先が震えた。夏祭りの日以降2ヶ月ほど見なかったが‥
震えを隠す為に、己の手を強く握りしめる。

「校門付近と‥」
「君の家の近くの、コンビニだ」

ゾクリと悪寒がした。
事態は想像していたより良くないらしい。
自宅に近づいてきている‥

「‥次何かあったら‥ドイツに帰るようにと家の者に言われました」
これは、警察が学校を通し伝えてきた助言だ。逃げるしかない。姿を隠すしかないそうだ。
「‥‥‥ああ。」
しばらく炎が燃える様を見つめた後、煉獄が口を開いた。

「承知している。‥だが君を帰したくない。」

パチンと、大きく火が弾けた。
「‥君が望む学校生活を守りたい。それは我々教員の責務だ。こんな形で‥‥‥」

頭上を飛行機が通りすぎ、ゴォォォ‥と音が聞こえる。随分低い。

珍しく言い淀んだ煉獄は、フゥ‥と、深くため息をついた。


いつの間にか、千寿カが心配そうに二人を見つめている。
なんて、なんて優しいのだろう。
恐怖で壊れそうになる精神を、彼の優しさが繋ぎ止めてくれる。担任でもない、この春知り合ったばかりの一生徒に、ここまで心を砕いてくれる。

「‥みょうじ先輩、アドレス交換しましょう!」
「え?」
急に明るい声がした。
「千寿カくん‥」

煉獄ですら、ぽかんとしている。
兄の後ろからパタパタと回り込んで、千寿カはバーコードを表示した自身のスマホをなまえへ差し出した。

‥え?いいの?
私この可愛いこちゃんの連絡先知っていいの?

「何かあったら連絡ください。早朝でも、夜中でも!必ずお守りします」
ああ、これはこの子の気遣いだ。
生徒を心配する兄の代わりに、プライベートでの不安を減らそうと‥名乗り出てくれたのだ。家の位置から考えると、炭治カか千寿カくんが最も早く駆けつけてくれるだろう。

「ありがとう、千寿カくん。ありがとう」
思わず再び彼の両手を握りしめると、千寿カはサッと頬を染めて兄の後ろに隠れてしまった。その時の煉獄の、弟を見る優しい眼差しが忘れられない。


「おい!!焼けたぞ!!!」
その後、庭の隅で芋をアルミホイルにひたすら包んでいた二人が戻ってきた為、皆で手分けして丁寧に火にくべた。
焼き上がった芋を見て、伊之助は目をキラキラさせている。

「楽しみ!!私初めてなんだよね、焼き芋!」
「あ?お前日本人だろ。食わず嫌いか?」
「違うよ伊之助。なまえは帰国したばかりだから」

こうやって割って食べるんだ、と炭治カがホクホクの芋を渡してくれる。あっつ!!!

皆で火を囲んで食べる焼き芋は、甘くて蕩けるほど美味しかった。
「うまい!うまい!わっしょい!」
あと煉獄先生の謎の掛け声が可愛い!!
お芋大好きなの!?

「わっしょい!わっしょい!」←煉獄
「「わっしょい!わっしょい!」」←炭治カ&伊之助
「わっしょい!わっしょい!」←なまえ
「うるせェーーー!!!」←家の中の槇寿郎


幸せだ!
大好きな煉獄先生と、優しい皆の側にこれからもいられるように。
守ってもらうばかりじゃなく、自分がしっかりしなきゃ!

気合いを入れると、なまえは二本目の焼き芋に手を伸ばした。



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