#27

文化祭当日。
学園中が色とりどりの装飾で飾られ、どこに行っても大音量で音楽が流れている。
キメツ学園文化祭!!と書かれた派手なアーチをくぐると、グラウンドや小道いっぱいに屋台が溢れ、そこかしこに着ぐるみや謎のコスプレ集団、大道芸人が闊歩している。完全な祭りだ。近隣から苦情が来るのでは無いかと心配になる。

なお、文化祭は二日間行われ、どのクラスも一日はクラスの出し物担当、一日は自由行動となっている。なまえ達6班は初日が仕事だ。


「ちょっ善逸くん、笑わないでくれる?」
「だってェ〜!なまえちゃんがこんな近くで俺に触って‥幸せすぎるかよォォォォォ!!!」
「そんなんじゃ立派なゾンビになれないよ!」

お仕事開始!
向かい合って座り、善逸の顔にメイクを施していく。が、これがなかなか難航している。ニヤニヤしたり、泣いたりするから!
あと炭治カ。‥凶悪なメイクを施したにも関わらず、好青年感が全く拭えない。何この、くもりなきまなこのドラキュラ?

ちなみに伊之助は綺麗すぎる瞳で見てくるから耐えられず、いつもの猪頭をかぶってもらった。


「筍組お化け屋敷、30分待ちでーす」
オープンして10分後。
受付の声が響く。ママー、おばけでる?
子供やカップルの声もする。なかなか盛況だ!

一方なまえは、悲鳴嶼フランケンシュタインに悪戦苦闘していた。メイクと衣装は完璧なのだが、大きすぎる!小道具を置いたら予行演習時より通路が狭くなってしまい、隠れられない。
仕方なく、受け付けに座って客寄せをしていただく事にした。(子供は漏れ無く泣いた)

今日は、メイク直しと会計で控室から出ない、というのが悲鳴嶼との約束だ。リスクは最小限に。不本意だが、お父さんに言われたなら仕方がない!


‥だが、結果、それが正解であった。鱗滝さんから連絡があった事には、例の不審者が来ていたらしい。生徒の誰かが茶髪ピアスのSNSを見つけたおかげで、今や彼の画像は学園中に共有されている。目撃情報は確かだ。だが如何せん人混みの中。職員からは逃げられてしまい、取り押さえる事はできていないと。




二日目。
茶髪ピアスは今日も来るだろう。今日は、手の空いている教職員総出で校内の巡回を行う事になった。
(申し訳なさすぎる‥)
なまえはこの事態に気落ちしていた。恐怖半分、自分のせいで沢山の人の手を煩わせている罪悪感半分。勿論、なまえには何の落ち度も無い。だが何も感じず、手放しで文化祭を楽しめるほど、彼女はタフでは無かった。


「なまえちゃんは、俺が守る!」
アメリカンドッグを咀嚼しながら、善逸は拳を高くあげた。守る!モグモグ!って。善逸くんらしいけれども。何だか和む。
今日は6班でずっと過ごすことにした。女子生徒2人も、「見つけたらすぐ写真撮って先生に電話するし!任せて!」と言ってくれて、本当に頼もしい。

「次はクレープね!」
「そのあと肉だからな!」
「はは、食べ物ばっかりだな」

秋天は清々しく澄み渡り、薄い雲が気持ち良さそうに浮いている。空気は大分冷たくなったが、風が無ければまだまだ快適だ。

皆で文化祭案内図を見ながら、わいわいと店を選定する。煉獄先生のクラスは‥腕相撲大会!
‥これってエントリーすれば公式に先生の手を握れるってこと?至近距離で?見つめあって?
‥‥やめよう、骨が砕けそうだ。
煉獄は‥男子生徒を投げ飛ばせるほど力が強いらしい。馬鹿力だ。好き。


余談ではあるが‥
「うわ‥親衛隊がいる‥近寄れねえ」
文化祭のテンションに任せ、なまえに近付こうと目論んでいた生徒達が、こっそり玉砕していたことを彼らは知らない。





ドン!!
他クラスの演劇を見て、さぁ次は‥と、呑気に廊下を歩いていたなまえは飛び上がった。行く手を塞ぐように、薄紫の右腕が壁に突き刺さっている。
何事!と顔を上げると、宇髄がよォ、と口角を上げた。
輩だ、これは。本当に公務員か?
「先生、こんにちは!」
「お前の挨拶は本当素晴らしいわ」

宇髄は呆れたように笑うと、声を落とす。
「こっから先は通行止めだ。おばけが出るぜ」
「えっ‥」
宇髄の左耳に、スワロフスキーが付いたインカムが見えた。
「行こう、なまえちゃん。上の階へ」
善逸がくるりと踵を返す。
振り替えると、教師はヒラヒラと手を振っていた。


無言で2階まで上がると、善逸ははぁとため息を付いて、金色の眉を寄せた。
「さっきの、宇髄先生のあたり。あいつが目撃されたって」
え、まさかあのインカムの内容聞こえたの?聴力すごくない?
‥恐怖に対する自己防衛なのか、なまえはぼんやりズレた事を考えた。

が。
「あいつの臭いがする!近づいてきてる!」
炭治郎が声を低くして振り返った。
ゾクリと、体に悪寒が走る。
「進むんだ!」
炭治郎の声が発せられた瞬間、後方に茶髪ピアスの姿を確認した。奴の後ろから不死川が追ってくるのが見えるが、この人混みで距離が縮まない。
不死川がインカムに何か叫んでいる。

「なまえちゃん!廊下の奥から不死川先生のインカムの声がするんだ!誰か来てくれてる!そっちに向かって逃げて!」

なまえは弾かれたように走った。狭い廊下だ、色々な人にぶつかる。
「なまえ!」
後ろから聞き慣れない声が聞こえた。奴に見つかってしまった‥!?名前も知れている。怖い、怖い、気持ち悪い!!!

友人や炭治郎達は男を止めようと道を塞ぐが、何も知らない客たちに揉まれて苦戦している。男は、何かに取り憑かれたように目を見開き、真っ直ぐ追ってくる。執念深い、危険だ。ここから離れなければ‥確か、向こうに先生がいるって‥!

転がるように廊下を突き当たりまで進み、あたりを見回す。階段が見え視界が広がった。誰もいない。
そこへ、
「煉獄先生っ‥」

片手をインカムに添え何かを聞きながら、煉獄が駆けあがってくるのが見えた。赤い瞳がなまえを捉える。そしてその後方を見遣り、

「わっ」
ガシャン!!!

‥‥勢いよくなまえの腕を引き、掃除用具入れに押し込んだ。




「はぁ、はっ‥、はぁっ‥」
走ってきたから苦しいのか。
それとも、体を押し付けられているからか。


‥引きずりこまれた用具入れは、本来箒などをしまう物である。人が二人入れば。


「息を整えろ。聞こえてしまう」
耳に唇が触れるのではないか。煉獄の息が耳朶にかかり、ぞくりと胸が疼いた。

教師の両手は、なまえの背後の壁。‥上半身は密着しており、顔は、男の胸に押し付けられている。
呼吸を落ち着けようと、煉獄の胸に鼻を埋めたまま、ゆっくり深呼吸する。肺いっぱいに男の香りが広がり、動揺と羞恥で涙が滲んだ。鼓動はもう限界とばかりに警鐘を鳴らし、体の震えを自覚した。

煉獄はカチリと自身のインカムを切ると、そのまま顔を横に向け、扉の隙間から外を見た。‥そのまま徐に耳から手を離すと、静かに、というように自身の唇に指をあて‥微笑んだ。




その後、すぐ下の踊り場で男は捕まったらしい。不死川の怒声と、数珠の音が聞こえたから間違いないだろう。

だが実害が出ていない以上、学校から追い出すことはできても拘束はできない。
確保できたのは‥今日の午後の安全だけだ。

友人たちがその後一生懸命盛り上げてくれたが、何を飲んで食べたか、何を見たか覚えていない。不安と恐怖と、煉獄への恋情で頭の中がぐちゃぐちゃだった。


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