#29

クリスマスには、学校主催のパーティがある。ホテルの大会場を貸し切り、立食スタイルで歓談やイベントを楽しむ。私立ならではの大規模イベントであった。
この日は生徒は制服の呪縛から解き放たれ、ドレスコードに沿って華やかに着飾ることが許される。


だが。
「えぇぇぇぇえーー!!??なまえちゃん欠席なのォォーーー!!?俺もう参加する意味見失っちゃったんだけど!!」
号泣する善逸の背中を撫でながら、ごめんねと謝る。
‥本当は泣きたいのはこっちだけどね!クリスマスに好きな人と会えるチャンス、自ら放棄するなんてサイコパスだわ!!

参加者は学校関係者のみとはいえ、私服での大規模パーティーとなればまた、茶髪ピアスが侵入してくるかもしれない。それがなくても、先生達は警備に駆り出され、パーティーを楽しむ事はできないだろう。

---クリスマスの日は、家で一人で映画でも見よう。なまえはそう決意した。



「ねぇ、あなた筍組の人?」
上級生らしき女子生徒に声をかけられた生徒は、反射的に頷く。
「みょうじさんて子、パーティーに来るかわかる?」
可愛いから、仲良くなりたくて!
そう言ってにこにこと笑う先輩に、生徒は悪気なく答える。
「みょうじさんは欠席らしいです。家で用事が〜って言ってました」





そして、クリスマスの夜。
なまえはデパ地下で奮発したティラミスを抱え、家路を急いでいた。
もうすぐ、日が暮れる。夜道は危ないから、早く家に入ってしまおう!

マンションのエントランスに着き、周囲を確認してカードキーを翳そうとした‥その時だった。
足元になまえの後ろ姿を写した写真が落ちている。

ヒッと、息が止まった。嘘だ。嘘だ。嘘だ。こんな事が起こるはずがない。
恐怖で震えながら、周囲を見渡すと、マンションの外にも一枚写真が見える。更にもう一枚。マンションの裏へ続いている。
全身を悪寒が走った。誘導されている。この先に行ってはならない。あそこに落ちている写真は紛れもなくなまえと炭治カの写真だ。手を繋いでいる。あの日だ。つまり。つまり。






無人の校内は、暖房が切られており寒い。
ヒーターを引っ張り出してはみたが‥仕方ない。珈琲でも入れよう。
そう給湯器に目線をうつした時だった。

電話が鳴る。機械的に、断続的に。
聞き慣れたそれが、まるでアラートのように響き渡る。

「はい、職員室、」

言い終わる前に、先生、と、泣きそうな声がした。

ガタンッ
人(ひと)気のない職員室に、椅子が勢いよく倒れる音が響き渡る。
「今どこだ!!みょうじ!!」

煉獄は、車のキーを乱暴に掴むと、扉にぶつかる様にして職員室を飛び出した。





「みょうじ!」
見つけた時には、彼女はマンション横の暗い小道にしゃがみこんでいた。
ぶるぶると震えて、月明かりに照らされた顔は蒼白かった。こちらを見もしない。

「どうした!怪我は!?」
煉獄は、彼女の両肩を掴み揺すぶった。瞬間、彼女の手から大量の写真が舞い落ちる。

ビキリと、こめかみの辺りで何かが切れる音を聞いた。
なまえ、なまえ、なまえ‥。それらは全てなまえの写真だった。登校中のもの。体操服のもの。私服のもの。浴衣のもの。それらを素早く確認し、かなりローアングルな一枚が目に入った瞬間、教師は目を閉じ、目頭を指で押さえた。

「みょうじ、車に乗れるか」
震えるなまえの肩を抱き、路肩に止めた車の後部座席に座らせる。シートベルトをさせる時間も惜しかった。
どこでもいい。適当にマンションから離れたどこかの駐車場へ車を停めた。
運転席を降り、後部座席の扉を開ける。

警察へは運転中に連絡をした。恐らく、奴が付近にいると。前科があるので、来てくれるらしい。

座っていたなまえは、後部座席の扉が開かれたときにビクリと目を見開いた。震える睫毛が二度瞬き、‥煉獄の姿を捉えた瞬間、大粒の涙がはらりと頬を伝った。

「みょうじ‥」
なまえの隣へ腰かけた煉獄は、扉を閉めて喧騒を遮断する。そして座面へ片膝を付き‥震えるなまえを抱き締めた。


月が明るい。今夜もまた、満月だった。


--怖くて混乱してしまって、誰かに抱き締めてほしくて‥--
あの時、自分は抱き締めてほしいなら、そう言えと‥心のままに言った。立場上、自分は触れることは許されないのに。

だがもはや、今の彼女にできる事はただただ怯えるのみであった。自分の立場など考える余地も無かった。今こうしてやらねば、なまえが粉々になってしまうと脳が警告した。

「みょうじ、大丈夫だ‥俺がここにいる。」
あやすように、背中をさすってやる。なまえの涙が煉獄の肩を濡らした。




‥どれくらいそうしていただろうか。なまえの震えは治まり、過呼吸の様に早かった呼吸も落ち着きを取り戻していた。

煉獄は、背中をとんとんと、優しく叩いている。母が子にするように。




「‥写真が、写真がばら蒔かれていたんです」

掠れた声でなまえが話し出した。
顔は煉獄の肩に埋めたまま。

「私だけでなく、炭治カや千寿カくんのも」

煉獄は黙って聞いている。

なまえは、危ないと分かっていたが、羞恥により写真を拾い集めた。
その先に、奴がいた。
交際をしなければ、裸の写真をネットに流すと。脅された。
‥パニックになったなまえがスマホを耳に当てた為、男は姿を消したらしい。



‥体中の血液が沸騰する様な感覚を覚えた。ビキビキと、額の血管が誇張するのを、目を瞑って耐えた。


「わかった」
煉獄は低く呟くと、なまえを抱き締めたまま深く深く息を吐いた。なまえもまた、唇を噛み締めた。
二人とも、分かっていた。


これが、結末だという事を。



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