#30

ゴォォォォ‥‥
機内は、夜のため消灯している。
なまえは泣き腫らした目にアイマスクをかけ、倒したシートに横になった。

なまえを不憫に思った家族が、ビジネスクラスを手配してくれた。食事はコースで出てくるし、シートを倒せばフルフラットになる為長距離フライトも苦では無い。
‥今のなまえに、それについて何か感想を持つほどの気力は無かったが。

なまえは目を閉じる。
先ほどWi-Fiを繋いだところ、クラスメートや炭治カ達から沢山のメッセージが届いていた。彼らには、帰国する事を言わなかった。言えば、件の男に何をするか分からなかったし、決意を揺るがしてほしくなかった。
内容はただ、皆一様に待っていると。必ず戻ってこいと。そう書いてあった。

その中に一通、千寿カからのメッセージがあった。内容は以下の通りである。


みょうじ先輩
昨夜、兄が宇髄先生に担がれて帰ってきました。酩酊状態でした。私は兄が、あんなに‥意識を失うほどに酔った姿を見たことがありません。
宇髄先生が仰るには、
"煉獄は、守れなかった。守りたかったと。
繰り返していた"とのことでした。

恐らくみょうじ先輩の事だと思います。
宇髄先生は落ち着いてらっしゃいましたが、"俺も、後悔している"と。
<中略>
どうか、どうか帰ってきてください。
ずっと待ってます。


最後に、煉獄の学校用のメールアドレスが書いてあった。
辛いことがあったら何でも送ってこいと。煉獄が弟に託したそうだ。

泣きすぎて頭が麻痺している。
思い出したのは、炎を見つめる煉獄の横顔だった。




「当機は、間も無く着陸態勢に入ります。」

機内アナウンスで目が覚めたなまえは、アイマスクを外すと目を細めた。窓から光が燦々と入り、眩しい。
寝ていて気付かなかったが、既に朝食のサービスは終了しており、カチャカチャ食器を下げる音のみが聞こえていた。

目は相変わらずパンパンだ。鏡を見たが、ブス過ぎて我ながら引いた。


---クリスマスの夜。
なまえが落ち着いた後、煉獄が付き添ってくれ、警官と話をした。理事長である産屋敷夫妻も駆けつけてくれた。奥様に抱き締めてもらい、また泣いてしまった。

茶髪ピアスは、例の女子生徒に再び情報を貰ったとの事で、彼女は今度こそ退学に処されるそうだ。‥なまえにとっては、何が何やらであったが。
また、後で判明したことだが、なまえの写真はあれが全てであった。まだ、室内には侵入されていなかったらしい。これには心底安堵した。


なまえは、丸い窓から外を見た。見慣れた風景が、ミニチュアの様に眼下に広がっている。
のどが渇いた。ひしゃげたペットボトルを取り出し、一気に飲む。



---転校の挨拶に行った時、産屋敷がこう言った。
茶髪ピアスの実家は、ここから飛行機の距離らしい。一連の事件は彼の実家に連絡がいっており、うまく行けば、彼を実家で引き取って貰えるかもしれないと。そうすれば、なまえも安心して戻ってこれるだろうと。
そのチャンスは、彼が卒業する一年後らしい。
最後に、なまえを呼び戻す為に、学校としても最大限努力する‥守れなくて申し訳なかったと、頭を下げられた。







ドイツに帰って一週間後。
漸く気持ちの整理ができてきた。
前向きに、考えられるようになった。

きっと一年後には日本に帰れる。
万が一卒業までに帰れなかったとしても、先生の実家の場所は分かってるんだから最悪押し掛け‥いや、これはダメか。

‥そんな事を考えていると、ふと日本で使っていたスマホが目に入った。飛行機で皆のメッセージを読んでから、開いていない。
皆、帰ってきてほしいと言ってくれて嬉しかった。千寿カくんも。
「ん?」

なまえは慌ててスマホの電源を入れる。
千寿カのメッセージの最後に、煉獄のメアドがのっていた気がする。
メアドがのっていた気がする!!!!!

しばらく使っていなかった為、電池が切れていた。慌てて充電コードに差し、数十秒待って電源を入れる。


P.S.兄から、メールアドレスを預かりました。
辛いことがあったら何でも送ってこい、との事でした。
kyoujuro.rengoku@kimetsugakuen.‥


なまえは震える指でメール画面を立ち上げた。



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