#35

始業式の日。
「よ、よぉーし‥行くぞー!」
ボェーーー!←心のホラ貝の音

なまえは緊張のあまり、ガチガチである。一年以上ぶりに、登校するのだ。‥‥善逸の話だと、なまえのクラスには仲良しの3人がいるし、担任はお世話になった不死川先生らしいから何も心配はいらないが‥!
煉獄に会えるかもしれないと思うと、緊張で震える。

校門が見えると、竹刀を持った冨岡が立っていた。目が合う。‥‥笑った!?
冨岡が、一瞬優しく微笑んだ。どうしたここパラレルワールド?
「久しいな‥元気か」
口調と顔は優しいがいつでも振り上げられる感じに握られた竹刀が怖い。
「元気です!またダンス部に入るので宜しくお願いいたします!!」
笑顔で頭を下げる。
あぁ、と再び微笑む冨岡に何だかくすぐったくなって、なまえはそそくさと門を潜った。

満開の桜が美しい。
紺碧の空に淡い桃色がのびのびと枝を広げ、はらりと落ちた花びらが同色の道を作る。
日本に帰ってきてよかったなー!!
なまえは幸せを噛み締めた。
多分、これから毎年そう思うんだろうな。日本に来てよかった、あぁ今年も桜綺麗だって。

「‥‥‥」

緊張して早く来すぎてしまった。
あの桜を見に行こう!
そう決めたなまえは、早足で校舎裏へ向かう。
‥一昨年、あの場所で煉獄に恋をした。人となりも何も知らない彼の、柔らかく優しい笑顔に頬を殴られた。


確か、この‥
「みょうじ?」

ざぁっ‥と風が花びらを舞いあげた。
「‥先生‥」

鼓動が全ての音を消した。
淡紅の中、赤い瞳が丸く見開かれている。
焔色の美しい髪が、桜から漏れ落ちた光でキラキラ輝き‥揺れている。

「先生っ‥」
全身が喜びと緊張で震える。
煉獄先生、煉獄先生‥!

‥写真は持っていなかった。毎日、記憶の中の彼を想った。だが本人の美しさたるや。この声の愛しさは。

「走るな!転ぶ!」
大好きな声が制止するのも聞かず、彼のもとに駆け寄った。

「転びません!先生っ‥‥‥こんにちはお久しぶりですお元気ですか!!!!!」


‥お辞儀をしながら、やってしまった‥勢い‥‥と心の中で泣いた。

煉獄の靴しか見えないが(しかしピカピカに磨かれて綺麗な靴だな)、沈黙が怖い。引かれただろうか。終わったの?私の恋‥


「‥‥‥ふっ、はははは!中身は変わらんな!みょうじ!」
「あわわわわ」
わしゃわしゃ、と、教師の大きくて暖かい手が乱暴に頭を撫でた。
え?こんな距離感だっけ?先生?

羞恥と喜びとで混乱する。顔をあげると、ぼさぼさだ!と指をさされた。
誰のせいですか!可愛いなもう好き!!!

「‥よく帰ってきた!おかえり!」
そう言って優しく微笑むから。
恋情が溢れて目頭が熱くなる。好きすぎて泣きそう。泣くな、頑張れ!

「ただいまです!では‥では!!」
‥テンパったなまえは、凄まじい勢いで走り去った。


(ああああああ)
校舎への道すがら、脳内で自分をタコ殴りにする。折角!折角久しぶりに会えたのに!
忍者みたいな勢いで逃げちゃった!!
終わったよ。完全にフラグ折れたよ。メールでいい感じに繋いでた煉獄ルート、今自分の手でへし折ったよ!

トボトボと、校舎へ入る。エントランスの横の廊下に、クラス分けの紙が貼ってあるのだ。まぁ見なくても粗方知ってるけど‥皆盛り上がってるし、この目で見とこうかな。
あ、私の名前ある。蓬組ね。

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第三学年 蓬組
我妻善逸



竈門炭治郎


嘴平伊之助



担当教諭 : 煉獄杏寿郎
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バサバサッ‥
荷物と教科書を全て落としたなまえに何事かと周囲が振り替える。

れ、れ、れ、
「あっおはよーなまえちゃん!」
担任煉獄先生じゃん!!!!!!!
‥心のなかの絶叫は、呑気な善逸のおかげで声に出さずにすんだ。


"君の帰ってきやすい環境を整えて待ってるよ。"

理事長‥‥‥!!





「‥‥では、担任は俺で。」
数学をフォローしやすいよう、不死川が担任に名乗り出たあの日。
実は続きがあった。

「ありがとう、実弥。だけど担任は杏寿カに任せようと思うんだ」
「私の勘だけど‥よく懐いているようだから」





初めて入る蓬組の教室には、既に沢山の生徒が着席していた。なまえが善逸と入ると、"みょうじだ"、"みょうじさんだ"とあちこちから声が聞こえる。恥ずかしい。急にバックレて一年して戻ってきたヤバい奴だと思われてたらどうしよう。
とりあえず、席は自由だったので1年の時と同じ、向かって右奥の窓側に向かう。
既に伊之助と炭治カが定位置で待っていた。落ち着く!
‥よくよく考えたら、担任が煉獄であるならば最前列の教卓前に陣取りたいけれど‥露骨過ぎるのでやめておこう。まだ煉獄には、好意を隠しておきたい。


「俺いいこと考えたんだけどさ、」
善逸がねぇねぇと話しかけてくる。
「なまえちゃんが危なそうな時、伊黒先生の蛇借りていけば安心じゃない?」
多分ダメ!噛んじゃうから鏑丸くん!

「ダメだ、相手の首締めそうだから危ない」
その可能性もあるのか!却下で!


ガラガラッ
‥馬鹿な話をしていると、教室の扉が開き‥あああ煉獄先生が入ってきたーーーー!!!

生徒達はせんせー!と手を振ったりしている。人気者だなぁ!

「おはよう!進級おめでとう!」
イエーイ!と、生徒達がレスポンスする。ライブ会場か!
「担任の煉獄だ!一年間宜しく頼む!」
ワァー!!‥再び生徒達が盛り上がる。私も拍手しとこ。アゲとけアゲとけ!

‥アシカのように懸命に拍手をしていると‥、教師と目があった。

途端に鼓動が早まり、教室の喧騒が遠くなる。
‥‥煉獄が、ニコリと笑った。
生徒達が何だ何だ?とこちらを振り返る。

「今年は皆受験や進路など‥」
すぐに話を再開する煉獄を、なまえは石化したまま見つめた。
どうしよう、どうしようどうしよう!
先生の笑顔にまたも頬を殴られた。というか‥射抜いてきた、が正しい。胸を押さえて倒れこみたい衝動を、何とか耐えた。
炭治カがニコニコと、煉獄先生が担任なんて嬉しいなぁ〜などと話しかけてくるが、同意しかない。

これから一年間、歴史の授業がなくても毎朝毎夕、煉獄先生に会える。通知表の返還や進路面談など自動的に話す機会も設けられるし、行事も付き添ってくれる。学校生活全てにおいて最初に頼るのが担任だ!

不可抗力とはいえ、丸一年損してしまった。
理事長が与えてくれた神聖なご厚意を邪な恋愛事情に活用することに心が痛むが‥
それでも、頑張るしかない。手段も方法も分からないけど。

とりあえず、勉強頑張ろう。



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