#37

桜の花びらが風に舞い、キラキラと光る小川に降り注ぐ。まるで桜の絨毯のような水面をじっと眺める。‥心が洗われる気持ちだ。


「みょうじ先輩っ!」
桜吹雪の中、愛しの千寿カがニコニコと駆け寄ってくる。焔色のふわふわの髪が揺れ、思わず抱きしめ‥‥ちゃダメ!
‥すんでのところで自我を取り戻した。

「千寿カくん!!久しぶり!!」
「わっ」
両手を握るにとどめる。危ない危ない。セクハラが過ぎる。
彼も今年、中学3年生だ。身長もとっくになまえを超えているし、小さな子供ではない。

‥変わらず顔を真っ赤にしているあたり、中身はそんなに変わってなさそうだけど。

「みょうじ先輩、おかえりなさい。あ、荷物持ちます!」
そう言ってにこーっと微笑む千寿カくんは、変わらず可愛くて、可愛い。うん、可愛い。

今日は、旧6班で花見だ。折角だからと千寿カも誘ったら、炭治カも玄弥を誘っていたので大所帯である。本当は煉獄先生も来てくれたらいいなーなんて思ったけど、流石に誘えなかったし、今日は学会で出張らしい。

「みょうじ先輩は何を持ってきて下さったんですか?」
積もる話が一段落してから、千寿カがなまえから奪った包みに視線を投げる。

今日の花見は、持ちよりだ。
なまえ、千寿カ、玄弥、炭治カ(?)が弁当係、伊之助と善逸が飲み物係。女子二人はおやつ!

「唐揚げと、肉だんご!朝から3リットルくらい油使った気がする!」
わぁー!と喜ぶ千寿カが眩し過ぎて、サングラスが欲しい。


会場に着くと、既に皆揃っていた。女子達が千寿カを見て「え!?煉獄先生の弟さん‥!?」「可愛い!!!」等とはしゃぐが、物怖じせずにこにこと挨拶できる彼は流石であった。この人あたりの良さは血筋なのか。いやお父様は違うな!格好いいけど!

「玄弥くん、久しぶりー!」
久々に会う不死川弟は、かなり背が伸びて大人びていた。おぅ‥と頬を染める様は相変わらずであったが、思春期は卒業したらしい。とても柔らかく微笑んでくれた。

「ギャァァァ!!なまえちゃんの手作り!!??ねぇこれ夢!?夢なの!?」
ちゃっかりなまえの隣に座った善逸が頭を抱えて叫んでいる。喜んで貰えてよかったけど‥動きが激しい!

ちなみに千寿カはポテトサラダと海苔の入った卵焼き、玄弥は煮物とほうれん草の白和え、ひじき‥お母さん?
なまえは唐揚げと肉団子を持ってきた。
ごはん系は炭治カの担当だが‥

「パンかよ!!おにぎりだろ普通!」
「うちはパン屋なんだ!春のパ●まつり!」
「なら飲物係やれよ!」
‥善逸と揉めている。
それを玄弥が呆れ顔で見守っているのが何か笑えた。

ちなみに、シートに広げてみると、とても8人の量ではなかった。作りすぎである。特に肉とパンの量がおかしい。





空が見えないほど、視界いっぱいに桜が広がる。広げた弁当や紙コップに、遠慮なくひらひらと花びらが落ちた。
こんな風に、友達と花見をしたことは初めてだ。嬉しい。楽しい!

なまえはお茶を飲むと、早速お弁当に手を伸ばす。卵焼き‥!

そこへ。
「ぎゃっ」
突然頭を上から鷲掴みにされ、叫んでしまった。そのまま上を見ると。
「邪魔するわ」
「腹減った」
「宇髄先生‥不死川先生‥」

ノンアルコールビールを片手に、教師2人が立っている。

何故なら、ここは校舎裏。
なまえの歓迎会ということで、特別に理事長に許可を取って休日に花見をしているのだ。休日出勤の教師がいるのは不思議ではない。
恐らく、玄弥あたりが連絡したのだろう。

‥なお、始業式の日に、職員室には挨拶に行った。その時この2名とは会話したのだが‥

「はい、どいたどいた」
「グェッ‥ちょっ‥職権濫用反対!」
隣にいた善逸と千寿カを押し退け、あろうことか2人に挟まれた。え?圧迫面接?

宇髄はその美貌と愛想の良さから女子に非常に人気がある。今のように隣に座ってきてくれたら、多くの女子は喜ぶだろう。
だがなまえは騙されない。この教師は、自分を玩具だと思っている節がある。あと体大きいのよ!狭い!不死川先生もね!!こんな距離感ある?
‥煉獄だけでなく、他の教師も女子生徒との物理的距離感に定評(?)があった筈。どうやらこの2人にもなまえが女子生徒だと認識して貰えていないらしい。

助けを求めて見回すが、女子達は不死川に怯えて一番遠い席に下がってしまった。戻っておいでー!お願い!

伊之助は、食べるのに夢中過ぎて一言も喋らない。

「おっ煉獄弟じゃん。相変わらず派手に可愛い面してんな!」
押し退けておきながら、宇髄が千寿カの頭を撫でる。こんにちは!!と一生懸命挨拶する千寿カが可愛いが‥先生今何て言った?

「宇髄ィ‥それだとお前、煉獄兄の事も可愛いって思ってるみてェだから」
ブフッ‥
‥堪えていた全員が顔を手で覆った。
そっくりだもんね!

「あぁ!?変なこと言うなや!」
「いやお前だから!」
ムキー!と小競り合いを始めたせいで、大分緊張がとけた。私の頭上で言い合いしないでほしいけど。近いって。





夕方。
結局教師達が加勢したおかげで、弁当は全て空になった。今度弁当作ってくれ!と宇髄に言われるほど、喜んでもらえた。いや妻か!

炭治カ、千寿カと3人で帰る。
「‥なまえ」
炭治カがこちらを見る。丸い瞳が優しく細められ、懐かしいなぁと思った。
「本当に帰ってきてくれたんだな」
もう会えないかと思った、と目を伏せる。
「凄く嬉しいんだ。ありがとな」
にっこり微笑んだ炭治カに、千寿カも眉を下げて微笑む。
「私も嬉しいです。」
「ずっと悔やんでました。お守りすると言ったのに、何もできなかったこと‥だから、‥‥‥みょうじ先輩?」

‥涙腺が終わった。ダム、決壊しましたよ。
空港でも我慢していたのに。ぼろぼろと涙が落ちる。
「ありがとう。二人とも、ありがとう」
「大好きだよ」

夕日が眩しい。涙で視界が歪む。だが2人の顔が真っ赤になったのは見えた。変な3人組だ。 

「兄上‥」
「え‥」
そういえば千寿カの家の前に、丁度着くというところだった。出張から帰ってきたらしい。鞄と何やら紙袋と、スーツのジャケットを抱えた煉獄が正面から歩いてくる。

「先生‥」
教師は、3人を見ると、目を丸くして驚いていた。それはそうだろう。両側の男は耳まで真っ赤にしていて、なまえは涙目なのだから。

「‥どうした?」
2人の様子から、悪いことでは無さそうだと分かったのだろう。2人にかけた優しい声に、何故か目の奥がまたじわりと熱くなった。

先程まで沢山の人に囲まれ、楽しかった。だが煉獄と会った瞬間の、この高揚感は何だ。
目の前に立つたった1人の男に、こんなにも恋い焦がれている。

「帰ってきてくれてありがとうって言ったら、泣かせてしまいました」
「‥‥そうか」
‥煉獄は、眉を下げ微笑んだ。

あぁ、やはりこの人は綺麗だ。
茜空に光る焔色の髪も。夕日が当たった色素の薄い瞳も。影になった薄い唇も。
今を生きる情熱も。
他人を思いやる優しさも、心も。
美しいのだ。

煉獄が、以前のように、ハンカチを差し出してくれる。

貴方の心が欲しい。
貴方に愛されたら、どんなにいいだろう。




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