#40

「この前冨岡先生からなまえの匂いがしたんだけど‥」
HR直後。
炭治カか澄んだ瞳で爆弾を投げてきた。

「ハッ!?ハァァーーー!!?何何何どういうこと!?なまえちゃん俺認めないから!!」
バァン!と善逸が勢いよく立ち上がる。

なまえは頭を抱えた。
まだ煉獄先生いるんだよ!何この既視感!


‥煉獄が担任になり、思わぬ弊害が露呈した。馬鹿な話が聞かれる、である。

「せんせー」
「せんせー!ねぇ!聞いてる?」
「‥ん!なんだ!」

教卓で生徒と話す煉獄をチラと見る。
‥1ミリも興味無さそう!だがそれもいい‥


‥球技大会の日、冨岡のジャージを羽織ったまま日誌を探し回ってしまった為、申し訳なくて洗濯して返した。ただそれだけである。

事情を説明して善逸は泣き止んでくれたが‥
この天然長男爆弾は困ったものだ。



「言い忘れたが!今日は1年の遠足に同行するので、何かあったら伊黒先生に言うように!」
担任はそう言うと教室から出ていった。

‥懐かしい。そうか、この時期か‥。
それにしても、煉獄が不在というだけで、今日の学校が酷く無意味なものにすら思えてしまうから恐ろしい。ついこの前まで遠い国で健気に想いを馳せていたのに。煉獄の魅力というか、もはや引力というか‥とにかく何かが凄くて、抗うことは疾うに放棄した。

今日もいい天気だ。あの日のように、煉獄は誰かのピクニックシートに座り、空を見上げるのだろうか。






そして、放課後のHR。
連絡事項を抑揚なく、端的に伝えた伊黒から声がかかった。
「みょうじ‥と、その他3人」
「はい!!」
‥炭治カ、バビッと手をあげる場面じゃないのよ。その他って。
「はい」
「なんだ?」
善逸と伊之助も!プライドを持って!性格いいなホントに!

「面談が始まるので、生徒指導室の片付けを手伝え。不満は受け付けない。ついてこい。」

ぐへぇ‥雑用だ。嫌だけど、伊黒先生にはお世話になってるからやるしかない!

何ィーー!?とプギプギ怒っている伊之助を引っ張り、足早な白衣の背中を追う。以前、悲鳴嶼と話した部屋だ。


ガチャリと教師が鍵を開ける。重い扉を開くと、以前と全く同じ配置でソファが中央に鎮座していた。が、書類やら模造紙やら、教科書やら‥様々が物置宜しくおかれており、しかもかなり埃っぽい。昨年の3年も使っただろうに、半年でこれとは。

「落ちている物は一度廊下へ。まず掃除だ」
伊黒は不愉快そうに眉を寄せるが、自身もてきぱきと体を動かしている。こういう所が何故かイメージと反するから、不思議な人である。鏑丸くんは結構素直に表情に出るんだけどね。


4人で手分けして荷物を運び出す。段々作業に慣れてきて、無造作に高く詰まれた段ボールに適当に手を伸ばした。

そのとき。

「あっ‥」
バラバラバラッ
段ボールが頭の上から降ってくる。

「わっ」
‥すんでのところで、伊黒が腕を引っ張った。体制を崩し教師の胸骨あたりに額を強打する。段ボールはドサリと鈍い音をたて、なまえが元いた位置に落ちた。
「なまえちゃん!!大丈夫!?」
後ろから善逸の悲鳴が聞こえる。
視界は伊黒の白衣だ。慌てて体を離す。

「‥‥‥」
これでもか、というほど呆れた顔をされた。

すみません、すみません、ありがとうございますと平謝りし、慌てて段ボールを拾う。


「みょうじ‥積まれた荷物は‥上から取ろう」
背を向けて、幼稚園児でも分かるアドバイスをされる。

「‥‥‥ハイ‥」
恥ずかしくて顔が真っ赤になった。そうですよね、そりゃそうですよね。穴があったら入りたい。そんで蓋したい。

だがなまえは見た。伊黒と同時に、鏑丸も必死に首を伸ばしてなまえの服を咥えていたのを。
可愛すぎる。鏑丸のせいで、伊黒先生ごと可愛く思えてくる不思議。





「ムハハハハ!!俺にかかればこんな埃!!」
伊之助がノリノリではたきを振るうので、埃が勢いよく飛散する。
「ゲホゲホゲホ!!バカ!伊之助!」
涙目でむせる善逸が、慌てて窓を全開にするも、室内は修羅場と化した。

たまらずなまえは部屋の外に出る。
目が痛い。何なら鼻も喉も痛い。いのすけぇー!

バタンと勢いよく扉が開き、伊黒も出てきた。可哀想に鏑丸くん、涙目じゃん。
目線を上げると、教師の額に青筋が浮かんでいるのが見えた。
伊之助‥‥合掌。




「‥‥みょうじ、今何か抱えているか?」
放課後の静かな廊下に、教師の声が溶ける。
え、と隣を見上げると、迷惑そうに流し目でみられた。話しかけたの先生でしょう!

"抱えている"とは‥恐らく1年の時の様なトラブルの事だろう。正直無くは無い。というか、告白されることや、プライベートに誘われる事はまぁまぁある。だが相変わらずタチの悪い相手は炭治カ達が撃退してくれるので、結論としては何も起こっていない。

「無いです!」
「そうか。」
鏑丸がほっとした表情をする。


伊黒は腕を組み直すと、廊下の窓へ視線をやった。背の高い木にお腹の丸い鳥が止まっている。


「‥‥何かあったら担任に言え。遠慮するな」

俺は忙しい。と冷たく言い放つ伊黒に少し笑ってしまった。‥何だかんだ、絶対話聞いてくれそうだけど。


それにしても。
「‥‥遠慮」
彼は皆まで言わないが、わざわざこう付け足したという事は?
無意識に復唱するなまえに、伊黒は短くため息をついた。

「煉獄が言っていた。お前が遠慮していると」

遠慮‥‥遠慮。
そうかもしれない。
重荷になりたくない、もう迷惑をかけたくない。仕事の邪魔したくない、‥‥ファンの1人になりたくない。
そう思うと、自ずから煉獄と距離を取ってしまうのだ。避けているわけではない。ただ、自分から何も。あんなに心配してくれていたのに。

‥先日の雨の一件もそう。
煉獄は、全身ずぶ濡れだった。恐らく、冨岡達と器具の避難をさせていて。
なのに、傘を持っていた。
何故考えようとしなかった?‥彼が、一度避難をした後、なまえを見つけて追いかけてくれたと。

‥煉獄は、なまえの担任だ。あれだけのトラブルがあった生徒を、心配しないはずがない。

「ありがとうございます。報連相!!!」
報告連絡相談!!します!!!
突然大声を出した為、伊黒にうるさいと睨まれた。

そうだ。そうだな。距離感は大切だけど、もっと先生に近づこう。勇気を持って。


「‥あ?なまえどこいった?」
「さっき伊黒先生と出てったぞ」
「サボりか!!」
ピギー!と扉を開けた伊之助が、涙目の鏑丸に噛まれたのは言うまでもない。




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