#42

今日の昼ごはんは、竈門ベーカリーで買ったスモークサーモンのベーグルサンドと、シナモンロールと、カフェラテ!
たまの贅沢に、なまえは朝からわくわくしていた。それなのに。

「なまえちゃぁん‥お願いがあるんだよぉぉぉ」
顔から出るもの全部出てない?というレベルで悲しみを表現する善逸より、こんな事を依頼されてしまった。
名付けて、ドキドキ☆片想い偽装作戦!
‥何言ってんの?

炭治カと伊之助の、何とも言えない表情がジワるが‥要は以下の通りだ。

後輩の女の子に告白されたが、断ったのに(何か音?が怖い?らしい)全然諦めてくれない。
善逸も女子相手に強く言えないが、そろそろ限界。もうイヤ!
そこで、なまえに片想いしてる設定にして、諦めてもらおうと言うのだ。名前を出すだけでは信憑性に欠けるから、証言して欲しいと。


(嫌だ‥‥‥)
これは、自ら恨みを買いにいくようなものだ。物凄く嫌だ。嫌すぎる。

だが!今まで何度善逸に守ってもらったか。これは、恩を返す時である。
「わかった!行こう!」
出陣じゃー!





「‥と、いう訳で、ごめん。俺、ずっとなまえちゃんの事が好きなんだ。だから君とは付き合えない」

この子かーーーー!
なまえは心の中で絶叫した。球技大会の時の!
‥あの時、善逸の様々な‥色々アウトな絶叫を聞いてまだ好きなのなら、なかなか手強いのでは。

「そ、そう。あ、何回か告白してもらってるんだけど、付き合ってはいないんだけどっ」

棒演技おつでーす!
目、泳ぎまくりの汗ダラダラ。
全力です!許してほしい!

女子生徒の疑惑の目が辛い。

そしてここ、2階の廊下の突き当たり!職員室が近くて、そこの角から宇髄先生と響凱先生の頭見えてるからね、気まずい!


「でも、みょうじ先輩は付き合わないんでしょう?」
「そうだけど、俺はなまえちゃん以外考えられないんだ!」

非常に情熱的!
あぁ、不死川先生増えた!声大きいから!

早く早く!早く終わらせよう!
「なまえちゃんが好きなんだ!!」
声ェェェェェ!
あああ煉獄先生職員室からひょっこり!

「よ、よし、後輩ちゃん、拳で語りあおう!」
「なまえちゃん!?」
パニックになったなまえは、炭治郎と伊之助に抱えられ強制退場となった。



「あんだァ?今の茶番劇?お前、みょうじが好きなんじゃなかったのかよ?」

後輩が去った後、宇髄がやれやれと立ち上がる。
「何で覗いてんの!?てか好きとか次元が違うんで!可愛すぎるんだよ高嶺の花なんだよ見てるだけで胸がァァァァ!!」
「うるせェ!」
「聞いておいて!?」





ずーーーーーん。

一方、蓬組教室では。
机に突っ伏したなまえを、炭治カと伊之助がフォローしていた。
「オマエ、ヨクヤッタヨ」
「説得力あったよ!」(変顔※嘘つけない)

「恥ずかしい‥絶対引かれた‥」
もう恨まれるとかは些細なもんよ。

この一件は、結局すったもんだで善逸が嫌われて幕を閉じたらしい。よって、隣席の金髪も突っ伏している。

「謎に仲良いよな‥あいつら」
クラスメートの誰かが呟いた。

なお、2年の教室では、なまえが意外と武闘派らしいと噂がたったとか。






(何してるんだろ、私‥)
下駄箱で、靴を履き替える。
部活で散々ストレス発散したが、お昼の一件を先生たちに見られていたのは痛手だった。棒演技も恥ずかしいし、途中から来た煉獄などは善逸の告白を本気にしたかもしれない。
興味無いだろうけども。
興味無いだろうけども!!
‥でも、大人な先生に幼稚な所を見られたくない。もっと、凛とした雰囲気を出さないと視界にも入れてもらえなさそう。

「はぁ‥」
ため息をついて、昇降口から出る。
その時。

「ニャー」
「あっあの時の!」
‥煉獄先生に似ている猫が、足音も立てずのそのそと歩いている。
昇降口から校舎横の小路へ。帰り道とは逆だ。だが癒されたい!!!

なまえは思わず追いかけた。

相変わらず赤茶色の柔らかな毛を元気に爆発させており、アーモンド型のくりくりした目が非常に可愛い。愛想は悪いけど。

「可愛いねぇーおいでおいで!」
デレデレしちゃう。気持ち悪くて申し訳ないが、この辺は倉庫しかないから誰も通らないだろう。

猫は今日も気持ち良さそうにぐーんと伸びをして、だらりと地面に寝転がった。
花壇の煉瓦に凭れるように寛いで、怠惰な雰囲気がまた可愛らしい。
なまえもしゃがみこむ。

「わぁーふわっふわ!気持ちいい!」
あたたかくて可愛くて。

「あなたのあだ名は煉獄先生だねー」
おいでー、煉獄先生。
優しく声をかけて、背中や耳の間をよしよしと撫でる。
外は暑いが、ここは日陰になっていて気持ち良い。嫌な事も忘れてしまうね。


「猫だ!」
「はい!」


「‥‥‥え?」
ギギギ‥
上から聞こえた大好きな声。詰んだ。油を差し忘れたブリキ人形の如く、顔を上げる。

空を背景に、真上からなまえを見下ろしているのは。
「煉獄先生ーーーーー!」
「なんだ!」
なんだじゃないのよ!可愛いな!

「こんにちは!」
挨拶してる場合じゃないわ私も!落ち着け!


うむ!こんにちは!と元気に返してくる教師から慌てて距離を取る。
煉獄の上空に白い入道雲が見える。あれ、絶対中にラピュ●あるな。


‥現実逃避してる場合ではない。
「あの、いつからこちらに‥?」

今であれ今であれ今であれ‥‥!!
まるで判決を待つ囚人の如く両手を握りしめて祈る。

「みょうじが猫を追いかけているところからだ!」
初めから!!!!


あまりのショックに目眩がする。ならば中腰でニヤニヤしながら猫ににじり寄る醜態をお見せしてしまったわけだ!よし、誰か私を殴れ!気絶したいんだ!さぁ!

乱心し、バランスを崩したローファーが足元の煉獄先生(猫)を踏みそうになる。‥避けたら花壇の煉瓦に足を引っかけた。
「あっ」

絶望だ。久しぶりに転っ‥
「!」
‥ばなかった。あれ?

‥‥掴まれた腕を見る。
地面に倒れこむ体勢だったなまえの体は、煉獄が掴んだ左腕でピタリと止まった。
ダランと力の抜けた体が揺れる。


「!ありがとうございま‥わっ!」
グンッ
そのまま教師が勢いよく腕を引くものだから。
「うっ‥」
煉獄の胸に顔を強打。
痛む鼻を押さえてふらつき、足元の小石に更に躓く。転ぶまいと無意識に伸ばした腕は男の服を掴み、傾いた体は教師が背に回した腕に収まった。

「‥‥‥‥」
「あわわわわわ」
シュバッ
至近距離で目が合い、即座に後ろへ飛び退く。

「すみません、すみません、すみません!」
もう煉獄の顔が見れない。
セクハラしてすみません嫌いにならないで!!!あああ匂いが!感触が!落ち着け!

何度もペコペコ頭を下げる。
こんなダイナミックな動きをしているせいか、煉獄先生(猫の方)はどこかへ行ってしまった。

自分で分かる。顔が真っ赤だ。
ようやく顔を上げると‥煉獄は目を真ん丸にしてきょとんとしている。

「ふっ」
そして笑いだした。あああ可愛い!
眉を下げた笑顔が可愛すぎる。

「はははははは!」
いや笑いすぎ!

‥先日伊黒先生に助けてもらった時も顔をぶつけてしまったが、やはり好きな人の衝撃は凄まじい。

無意識に掴んだYシャツ。背に回された煉獄の手の熱が背中から伝わり、顔を上げると‥口をぽかんと開けた煉獄の顔が真上にあった。男の匂いで肺が満たされ、ドクリと胸が脈打つ。‥一連は一瞬の出来事であったが、スローモーションの如くなまえの脳に刻まれた。

匂いが、体温が。恋い焦がれるそれは、いつも突然にやってきてはなまえの心を掻き乱す。
向こうにその気が無くとも。


「すまん!思ったより軽かった!」
笑いがおさまったのか、片腕を腰に当てて教師が言う。
彼の背景には鮮やかな青空と緑の桜が広がっており、今すぐにフレームにおさめて待ち受けにしたいと‥ぼんやり考えた。

ただでさえ夏の夕方。これだけ動けば流石に暑い。もう正常な思考は期待できない。


ミーンミーン‥隣の木に止まる蝉が元気に鳴いている。


煉獄は、猫が去っていった方角に目をやると、首を少し傾げた。
「あの猫は‥そんなに俺に似ているか!」
「うぅ‥はい‥」
その話は忘れていただきたい。けれど、本当に似ているのだ。ふわふわの毛も、アーモンド型の目も、整った顔も。ふわもちの感触を思い出して笑ってしまった。
教師はこちらを不思議そうに見ている。

「あれ、先生も猫を見に来たんですか?」
煉獄に吊られて猫が去っていった方角を見る。残念なことに、もう全く見えなくなってしまった。


「いや‥」
微笑む彼の口角が‥久々に意地悪な弧を描く。

「君がおいでと呼んだから」

「‥‥‥」

今まで煩く鳴いていた蝉の声が、一斉に止んだ。声が‥大好きな声が、甘い。‥‥甘いって、何だ?


「あの、ちが、ねこっ‥」
硬直して、ろくな日本語が出ない。


煉獄は、じっとなまえを見ていたが‥眉を下げ、表情を和らげた。

「冗談だ。」



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