#44

煉獄が不在の某日。
夏だというのに涼しい顔をして、化学教師が言い放った。

「今年のプール掃除は、うちが担当になった」
何ですってぇーーー!?
‥教室中が動揺しざわめく。

プール掃除っていったら‥!冬の間にたまったごみやらヘドロやら諸々を安いデッキブラシで地道に擦る‥地獄の労働じゃないか!

あちこちから悲鳴があがる。
うわー嫌だ!誰なのよ決めたの!!
なまえは心の中で泣いた。

「煉獄を恨め。くじ引きで引き当てた」
‥許すわ。頑張ろ。






そして、数日後。
蓬組の面々は、死んだ魚の様な目をしてプールサイドに集まっていた。
「おっしゃぁぁー!!こんなもんすぐに終わらせてやるわ!行くぞ野郎共!!」
伊之助が一番に下に降りる。
「キモッ!!」
‥そして秒で戻ってきた。

どうやら底面がヌルついていて嫌だったらしい。

ちなみになまえは、汚れても良いよう、薄いグレーのTシャツにホットパンツだ。露出狂ではない。皆濡れてもいいように、極力布面積を減らしている。


よぉし‥水も抜き終わったし‥入るぞ‥
覚悟を決めた、その時。


「皆すまん!会議が長引いた!」
うそ!煉獄先生ーー!!来てくれたー!!


なまえは心のなかで小躍りした。何故なら、例年プール掃除は生徒だけでやっており、教師はたまに様子見に来る程度である。流石煉獄先生!!人気No.1だけある!

煉獄は時間が無かったのか、スーツのままである。スラックスを膝下程度まで捲り、手にホースを持っている。

そこへ更に。
「チィッ‥煉獄め‥何故俺が‥」
ネッチネチ言いながら伊黒が登場したものだから、蓬組の生徒はざわめいた。そう、プール掃除が告げられた時よりも。

煉獄も目を丸くしている。


‥実は、プール掃除が決まったあの日。
HR後去っていく伊黒を追いかけ、なまえが説得したのだ。一緒にやりましょうよぉ、何でもしますから!‥と。何故なら、彼は化学教師。自身も参加するとなれば、あのヌルヌルの撃退方法を考えてくれるのではないかと。


「煉獄、何だその顔は。そこにいるみょうじめが無理矢理にだな、」
「はははは!みょうじ、強いな!」
‥なまえが腕力でねじ伏せたみたいに解釈されているのが腑に落ちないが、結果、伊黒を連れてきて正解だった。

彼は水を抜く前、事前に水酸化マグネシウムを散布しておいたのだ。(自腹で。)その為、水質が大分改良されていたのである。
かなりの時短になった筈。


じょうろに入れた中性洗剤を、伊黒が汚れの酷いところに撒いていく。そこを中心に上部から磨きまくる!!
足元はホースで常に流水しているとはいえ、なかなか気持ち悪い。ビーサンを持ってきて良かった!

この掃除は、前半が勝負である。既に部活でどうしても出られない者は抜けているし、時間が遅くなるほど家の都合などで脱落者が出る。


その時。
カシャカシャ!!
「!!」
なまえの肩がビクリと跳ねる。

今、カメラの音がした。
恐る恐る周りを見回すと、このイベント感にテンションが上がったのか、男子生徒達がスマホで撮影をしていた。

「思い出撮るぜー!」等と言いながらカメラを向ける生徒から逃げるように、思わず近くの生徒の影に身を隠す。

カシャ!
カシャカシャ!
反射的に音に背を向ける。この音は、嫌いだ。思い出す。あの夏祭りを思い出すのだ。

カシャ!
カシャ!
‥それにしても、逃げても逃げても音が追ってくるような。

「‥おい!何でお前らそんな入ってくんだよ!みょうじさんまだ撮れてねーから!」
ああやはり。逃げていたせいか、逆に目立ってしまったのだろうか。

「駄目だ!俺をうつせ!」
「また嘴平!お前!」
「なまえちゃんを撮りたいなら俺を通してもらおうかァー!!」
「我妻まで‥」
「俺なら撮っていいぞ!むん!」
「竈門は十分撮ったよ!」

‥三人とも。なまえが怯えているのを瞬時に察知し、庇ってくれていたのか。何て優しさ‥!!後でアイス奢るよ!ダブルで!!

‥結局、撮影したなまえの写真は全て炭治郎達三名、煉獄、伊黒(手に催涙スプレー)が被っており、彼のフォルダは無駄にむさ苦しくなったという。





腕が痛い。足は気持ち悪い。
夏の夕空はまだ爽やかに淡い青を纏っているが‥
現在17:30。既に塾や家の用事などで、殆んどの生徒が帰ってしまった。

掃除の方は順調であり、後はホースで全面すすぐだけ。

の筈だったが。

「あれ?水が出てこないな」
炭治郎がホースの首を持ち、蛇口を確認する。開いている。

ふと、なまえが隣の伊之助を見た。踏んでいる。ホースを。がっつり。
塞き止められた水は行き場を失い、古いホースを膨張させ‥丸い玉のような物ができている。
「あっ伊之助っ」
まずい、反射的に声をかけてしまった。


「あ?‥‥‥あ」

ブシャーーーーーーーーッ!!!
「キャーーーーーー!!!」


なまえの声で足を上げた伊之助。
瞬間、まるで暴れ馬のようにホースがうねり、多量の水を撒き散らした。
‥ほぼなまえと炭治郎に。


「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
‥ポタ‥ポタポタ‥
静寂のなか、雫が垂れる二人を、全員が固唾を飲んで見守る。
当人たちは何が起こったのか理解に時間がかかり、呆然としていた。


「あああああなまえちゃん!!!大丈‥」
「なまえ!健太郎!すまん!」
慌てて二人に駆け寄る伊之助と善逸。
「「ブハッ!!」」
‥が、揃って鼻血を出して倒れた。

「え!?」
驚いたなまえと炭治郎は互いの顔を見合せ‥
「ベハッ」
‥炭治郎が続く。

え!?何か分かんないけど3人倒しちゃった!?
なまえは狼狽え、ぽかんと見守っていた教師達の方を向く。

ビシビシィッ!!
大人二人はメデューサに睨まれたかの如く、瞬時に石化した。

「え?え?」
‥なまえは気づいていない。
薄いグレーのTシャツは多量の水を含み肌に張り付き‥‥胸の部分ははっきりと赤い下着が透けていた。

「伊黒!白衣!」
「え、ああ‥!」
煉獄が伊黒の白衣を脱がすのを、なまえが視認した瞬間‥自身の体に白衣がかかっていた。


はて。
ん?
まさか。‥なまえは漸く、自分の胸元を見る。

ビシィ!パリィン(石化→心が砕けた音)
「あああごめんなさいーーーーー!!」

伊黒の白衣で左右から前を隠し、全力で部室へ走った。今なら世界をとれる速さで。


「‥‥‥‥‥‥」
‥‥その後、残された男性陣は一言も喋らず、黙々と作業を終わらせたという。





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