#45

「煉獄先生、好きです。」

初めて出会った、桜の木の下。
雨が降っている。

「‥‥‥」
煉獄の赤い瞳が、閉じられた。
‥再び見えたそれは‥冷たい色をしている。

「すまないが、俺は君の事を生徒としか考えられないし、これからも変わらない。」
「君も学生なら本分である学業を全うしろ。この話はこれで終わりだ。」

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ミーンミンミンミンミーン‥
「‥はっ‥‥‥」

窓から燦々と注ぐ眩しい陽光で、目が覚める。鼓動が早い。寝汗をびっしょりかいていた。

「‥‥‥」
‥嫌な夢を見た。なまえが最も恐れていること。‥‥煉獄に、拒絶される夢。

日曜日だが、もう二度寝できる気がしない。
なまえは起き上がると、珈琲の用意をし、冷凍してあった竈門ベーカリーのパンを電子レンジに突っ込んだ。







間も無く夏休みである。
今年は受験生なので、部活は1/3程度だし、合宿もない。だが変わらず文化祭のキメツ☆音祭のバックダンスと、後夜祭のステージ上の演技はある。一昨年は出られなかった分、今年は必ず踊りたい!頑張る!
また今年は、花火大会と夏祭りが同日開催となった。河川敷で行われる花火大会に、夏祭りが融合したらしい。これは旧6班で行くと決まっている。楽しみ過ぎる。
更に、蓬組で仲良くなった女子や部活の同期と、海やプールに行く約束もした。あとケーキの食べ放題!

尚、新しい浴衣と水着を買う為に、今年は素晴らしい働き口を手に入れた。服屋の店員である。
‥これなら女性しか訪れず男性の接客には当たらないし、何と割引で服が買えるのだ!その為に可愛いブランドのバイトを探しまくった。頭脳プレーよ。


‥それにしても。
今朝の夢を思い出したなまえは、はぁと息をはいた。

‥一昨年も夏休みはあっという間であった。結局煉獄とまともに話せたのは、たったの二回。部活の練習中と、偶然のブライダルバイトだ。これは由々しき事態である。
まだ何も進展していない、それどころか先日のプール掃除の一件でだらしない女と嫌われたかもしれないのに、卒業は刻々と迫ってくるのだ。

ズズ、と熱い珈琲を啜る。‥落としすぎた。随分薄い。

とにかく、夏休み。少しでも会って、アピー
ルしないとまずい。正夢になってしまう。
フラれて、そうですか、じゃぁ大学で彼氏作ろう‥ではない。
煉獄で無ければダメなのだ。
煉獄でなければ。


「あつ‥」
暑いのに熱い珈琲を飲んでしまった。クーラーの温度を下げる。ディスプレーに汚れがたまっているのをティッシュで拭いた。

‥そういえば、何か忘れている。最近とんでもない事件があった。思い出せない。
あ。
「電話番号‥」

慌ててスマホの着歴を見返す。熱を出したあの日。ある。携帯の番号が‥

手が震える。
これは大事件だ。好きな人の電話番号。かける機会はゼロだけど。


「‥ん?」
数字の羅列を見つめていると、ふとその横‥通話時間に目がうつる。
熱で浮かされて覚えていないが、7分と表示されている。‥一体何を話したっけ?
怖い怖い怖い。‥‥だが、煉獄の態度に変化は無いし、大方おかゆが美味しかった話でもしたのであろう。




「‥おかゆ、美味しかったなぁ」
急に浮かんだ、三人の顔。
ほんと、お世話になりっぱなしだ。
プール掃除でも守ってくれたし、私も彼らの役に立ちたい。何かできることは‥。

しばらく思案したなまえは、グループトークを開いた。

09:30
"おはよー!誰か今日空いてない?アイス食べに行こうよ〜"

09:30
"いく!"
09:30
"いくいく!!!"
09:31
"いく!"

早っ





なんやかんや、勉強したり掃除をしたりしていたら、すぐに約束の時間になった。
途中で炭治カと合流し、駅方面へ歩く。

この春に、駅前の繁華街から一本それた通りに、美味しいと有名なアイス屋さんが開店したのだ。食べるぞー!

今日はパンを1200個焼けたんだ!と嬉しそうに話す炭治カに相槌を打ちながら歩く。
灼熱のアスファルトがゆらゆら蠢いて、日本の夏の過酷さを実感する。頭あっつ!目玉焼き焼けそう。


「あ、炭治カ」
2人と合流し目的のアイス屋さんに着くと‥不死川兄弟が並んでいた。女子の列に混ざって‥浮いている。

「お前らァ‥勉強してるかァ」
呆れたような顔でこちらを見る教師の目は血走っており、今からアイスを食べる顔ではない。
「はい、してます!脳に糖分!」
堂々と言い訳した。勢いで押すしかない。

「玄弥くん、アイス好きなの?」
「あぁ‥俺っていうより、兄ブッ」
「玄弥ーーー!」

何かを言いかけた彼は、兄にどつかれ飛んでいった。何でなの。


炎天下、店の外で並ぶのはかなりキツい。
‥5分ほど待ち、不死川の前の女性達が注文を始めた。アレ?この人たち‥
「私バニラ!」
「抹茶で!」
「クッキークリーム!」

あ、くのいちさんだ!売店と食堂にいる、美人の三人組。
‥各々好きなアイスを注文した彼女たちは、きゃいきゃい仲が良さそうである。ショーケースが見えた。私も味選ぼう!

‥と思ったけど、財布を出した須磨さんに目が釘付けになる。
「一旦私が払っときますね!」
痛恨の人選ミス!

958円になります、と言われた彼女は、1000円札を2枚トレーに置いた。
やっちゃった!
不死川先生、顔顔顔!ここアイス屋さん!

なまえがハラハラ見守るのに全く気付かず談笑する男子たちが憎い。


「お次の方どうぞー!」
何とか堪えていただき、再び色とりどりのアイスに目をうつす。わぁーどれにしよう!

「超納言小豆とォ‥」
あー、美味しいですよね!
「超納言小豆とォ‥」
‥まさか。
「‥‥超納言小豆で。」
もうおはぎ食べて!あと何で勿体ぶって分けて言った?

‥結局何も決まらないまま自分の番が来てしまった。後ろが詰まってるし、もう適当に頼むしかない。
お会計だけは予定どおり自分がやろう。今日はいつものお礼に来たのだから!

「ダメだ!そんな訳にはいかない!」
「なまえちゃんの分は俺が払いますよォー!」
「‥もう先生が払ったぞ」
「「「「え?」」」」

(‥私、何しに来たんだろう‥)

今日もお返しできなかった。
揉めんじゃねェ、迷惑だァと言いながら去っていく教師の背中にお礼を言う。
今度おはぎ持ってお礼に行きます‥。

アイスはとても美味しかったが、慌てて選んだ為組み合わせが最悪で、後で気持ち悪くなった。





「あ!千寿カくん!」

帰り道。
炭治カと夏祭りの計画を話しながら歩いていると、煉獄邸の前で、ふわふわの焔色が打ち水をしているのが見えた。この門構えと打ち水、風流だなぁ!

「こんにちは!」
にこにこと駆け寄ってくる。可愛い。声をかけてもらって嬉しかったのか、赤い瞳が喜びで丸く見開かれている。

「今日は何してたの?」
「兄に稽古をつけてもらってました!」

そっかぁ、先生と仲良いんだね等と言いながら、内心(先生ご在宅か‥!)と思う自分が気持ち悪い。

「はい!休み中にも、遊びに連れていってもらう予定なのです!」
喜んでる!可愛いーー!!!


「なら、河川敷の花火大会がオススメだぞ〜!俺たちも行くんだ!」
良いこと言うなぁ。凄い人混みだろうけど、先生と会えたら‥。あぁ、先生綺麗なんだろうなぁ。夏祭りとか、花火とか。映えるんだろうなぁ。

じゃぁいこう、なまえ、と足を踏み出す炭治カを慌てて追う。
さよならー!とにこにこ手を振る千寿カに応えながら、夏祭りに想いを馳せた。

万が一会えた時の為に、髪は美容院にしようかなぁ。浴衣は何色にしようかなぁ。
先生と花火が見られたら、一生の思い出になるぞ!

まだ会える確証は無いが。

その夜。
なまえは朝の夢も忘れて、幸せな気持ちで眠りについた。




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