#47

煉獄先生と、花火を見たい。
きっと、今年が最初で最後のチャンスだ。






部活終わりの下駄箱。

「‥‥‥」
ローファーの上に置かれたメモを見て、なまえは固まっていた。恐らく告白の呼び出しであろうそれに、どうしたものかと思案する。
「炭治カ達がいないパターンもあるのか‥」

‥今まで、なまえが困っている際に限り、何故か毎回炭治カ達が駆けつけて相手を牽制してくれていた。勿論殆どがお断りしたらすんなり引き下がってくれるパターンであったが、今回は。

(結構‥おらおらしてる人なんだよなぁ‥)
‥同学年でもヤンチャで有名で、彼女も耐えないと噂のある生徒だ。‥絶対揉める。

同期に付いてきて貰おうか。いや、告白されるから付いてきてなんて言えない。
炭治カ達‥絶対呼び出したくない。
既読スルー。‥殴られそう‥

ぐるぐると悩んだなまえは、賭けに出ることにした。





約束の日の朝。


「冨岡先生!」

なまえは、部活に顔を出した冨岡に声をかける。
「‥‥‥?」
教師は変わらず無口だが、こちらを振り返り‥「何だ?」という目を向けた。

「先生は、今日のお昼も外階段で召し上がる予定ですか!」
「‥‥‥?」

うん、自分でもどうかと思う。

外階段近くで告白してもらい、揉めたら冨岡の元に逃げ込もうという算段だ。本当に申し訳ない。だがこちらも命(?)がかかっているのだ。‥外階段でなかったら終了だけど‥。

「‥‥‥」
何でそんなこと聞くんだ、と言われると思っていた。が。
「‥わかった。声が聞こえる所にいよう」
「‥え」


そう言うと、てちてちと歩いていった冨岡に‥唖然とする。
なまえのただならぬ様子から察し、ピンチを察してくれたというのか。目は‥目は心の窓だった!!!!!

恐怖から解放されたなまえは、とても心穏やかに部活に励むことができた。ありがとう、ありがとう冨岡先生‥‥‥!



「‥みょうじが、助けて欲しそうだった」

職員室。
誰に言うでもなく、ポツリと放たれた冨岡の言葉に、コピー機を操作していた手が止まる。
「みょうじが、どうした!」
部数を入力しながら、煉獄は声の主を見た。

ピーガシャンガシャンガシャン
「‥昼‥‥で‥‥‥た」

「おい煉獄!コピー機の音かぶって聞こえねェんだよ!止めろ!」
「何だ!聞こえないぞ!宇髄!」
「何で今スタート押した!?止めろって!」

「‥‥‥」
情報共有を諦めた冨岡は、静かに自席に戻る。漸くコピーを終えた煉獄が、自席から「もう一度言ってくれ!」等というものだから、若干眉間に皺が寄っている。


「よもや!俺でなく冨岡を頼るとは!」
冨岡の話を今度こそ聞いた煉獄が、大声をあげる。
「うるせェ!冨岡のぼっち飯は外階段がデフォルトだから頼みやすかったんだろ」
「俺‥っち‥‥い」

‥冨岡の台詞は、再び誰かのコピー音に消えた。






足が重い。
日本の高校生は、何故こうも積極的なのだろうか。‥好きな人には全くモテないのに、好きではない人に好かれる不思議‥はぁ。

待ち合わせ場所につくと、外階段の二階辺りに冨岡が座っているのが見えた。‥‥頼もしい‥!



「俺と、付き合ってくれるよね?」

件の男子生徒からの告白は、やはりというか何と言うか‥
"一人相撲"。この一言に集約される、受け入れがたい物であった。彼の辞書には思慮の文字は無いらしく、ただ身勝手に己の要望をぶちまけ、相手の都合など考えず、ただ結論だけを強要してくる‥これハラスメントだよね?

‥なまえの返答にも、まるで納得する様子は見られない。


「何で?」
苛立ちを隠しもしない男子生徒は、高圧的に一歩なまえへ近づく。

‥何でって。
「今は勉強で忙しい」
からの
「今は恋人を作る気がない」
からの
「貴方を恋愛対象として好きじゃない」のコンボで何故立ち上がれるのか、逆に聞きたい。


「付き合ってみないと分かんないじゃん」
分かるわ!

「‥‥‥」
見なくても分かる。上からの冨岡の視線を。
何とかお手を煩わせずに、自分で終わらせたい。


「みょうじさんさ、可愛いからって調子のんなよ」
あ、無理かもしれない。

更にもう一歩、彼が前へ踏み込んだ。
なまえの背中が校舎の壁にどんと当たる。

「告白全部、無下に断ってさ。何様?人の気持ち考えたことあんの?」
‥何言って‥
‥身勝手な言い草に怒りを覚えるが、ここは逆上させない方がいい。穏便にお引き取りいただいた方が後々自分の為なのだ。

「竈門と手繋いだり、中坊と手繋いだり。宇髄先生の車に乗ってたのも知ってるぜ。何なの?思わせ振りの、女王様気取りですか。」

‥事柄は事実だが、まとめて並べるとビッチに聞こえる。言いたいことは山ほどあるが。

「男はお前のお飾りじゃねーんだよ!」
何が言いたいんだよ!付き合ってほしいのか、罵倒したいのか!

ドン!
男子生徒の右手が背後の壁を殴る。何この世界一いらない壁ドン。女だからって馬鹿にして、むかつく‥!!

手が震える。‥敵意を剥き出しにする男は、恐怖だ。絶対に力で敵わないから。‥いつも、優しい炭治カ達に囲まれて‥忘れていた。
「俺が付き合ってやるって言ってんの。大人しく‥」
男子生徒の手が、なまえの顎を掴んだ‥ところで、青いジャージの右ストレートが彼の頬に入った。


ズシャッ‥と砂利の音がして、男子生徒が地面に倒れ込む。何が起こったか把握できていないようだ。
「馬鹿者!何をしている!」

「!!!」
冨岡先生が怒鳴った‥!?

殴られた生徒は、真っ赤な頬に手を当て、教師を睨み付けている。

「惨めったらしくすがるのはやめろ!己の身勝手な妄想で、他人の心を傷付けるな!!」

「冨岡先生‥‥」
ぐっと、目頭が熱くなった。助けてくれてありがとう、怒ってくれてありがとう。

「何で冨岡が出てくんだよ!くそっ‥」
生徒は威勢は良いが、フラフラと立ち上がり、その場に立ち尽くしたままだ。

「どうした。俺の事を力付くでねじ伏せてみろ。さっきみょうじにやったみたいに」
「‥‥‥」
できるはずない。彼では冨岡に、敵わない。

「恥を知れ」
‥冨岡が、生徒を本気で殴ったのを初めて見た。善逸の時とは比べ物にならない音だったし、頬の腫れも‥。冨岡先生‥。


「はぁ‥‥‥」
部活に戻れと言われ、トボトボと帰る。
部室にいた同期に、とりあえず抱きつかせてもらった。わっ何何どした!?と驚いているが‥女の子って柔らかくて気持ちいいなぁ。癒される。






その放課後。
なまえは剣道場の前にいた。
‥煉獄を待っている。

"何かあったら必ずご相談します"

本当は、もう何も相談したくなかった。迷惑をかけたくなかった。‥今回だって、担任に相談する事も考えたが‥誰の手も煩わせたくなかったのだ。冨岡は、よくあの場所にいるから‥迷惑にはならないだろうと、甘く考えていた。

だが実際、冨岡の手を汚してしまった。あの男子生徒の言うことは‥一理あるのだろうか。女王様気取り‥。自分一人で、何とかならなかっただろうか。

‥そんな事を悶々と考えていると、部活が終わり、生徒達から遅れて煉獄が出てきた。






着替えるので待っていてくれ、と言われたが、何と2分で戻ってきた煉獄に驚いた。早い。‥急いだせいか、ネクタイが結ばれておらず‥‥寛いだ襟元の鎖骨に目がいってしまい、慌てて反らした。


「あの、ご報告?が‥」
もう済んだことではあるが、他の教師の手を煩わせてしまった。一応報告した方がいいだろうと口を開く。
煉獄は人懐こく口角を上げてこちらを見ると、
「うむ!こっちだ!」
と言い、右手でなまえの背中をとんと押した。

「‥‥‥」
背中を、押す‥‥。やはり何かがおかしい。いやおかしくない?‥最近よく分からない。友好度が上がったのだろうか。それは素晴らしい事であるが‥。


ガコンッ
「みょうじ!」
以前話した一階のカフェテリア奥。差し出された紫の缶が輝いている。
「フォンタグレープだ!あっお金、」
‥断られてしまった。にこりと微笑む煉獄が眩しい。

「昼の件か!」
ギクリと煉獄を見た。冨岡が、言ったのだろうか。

なまえは俯く。
「相手を怒らせてしまって、冨岡先生に迷惑をかけてしまいました‥」
何やってるんだろう。人に手間をかけさせて。心配させて。‥自己嫌悪である。
紫の缶から雫が一滴垂れて、指を濡らした。


「迷惑などではない。‥君が、被害に遭う前に‥助けを呼んでくれてよかった。」
「‥‥‥」
先程より随分穏やかな声に、なまえは思わず顔を上げる。‥煉獄と目が合うと、どうしてこうも動悸がするのだろう。


「冨岡に来るなと言われた。‥俺が、何をするか分からないと。」
「冨岡先生も‥殴っちゃってましたけど‥」

大丈夫かなぁ、あの人も先生も。もしこれでまたPTA問題になったら私の責任だ。

「優しい方だ!俺なら、骨を折りかねん!」
明るく何を言ってるんですか!
目を丸くしているなまえに、教師は再びにこりと笑う。

「‥みょうじは、何も悩むな。危ない時は、迷わず助けを呼べ。‥よいな?」
「‥‥‥はい」
優しい声に、心がぽかぽかと温かくなる。
悶々とした気持ちも、消えてしまうのだ。煉獄の威力は凄い。

「だが!次からはまず俺に相談してほしい!」
「ヒィ!」
耳がァ!そしてびっくりして缶落とした!15分は開けられなくなったよ、爆発するから!

煉獄が、足下に転がった缶を拾ってくれる。
(そうですよね、まず担任ですよね、すみません‥!)
はい、と言いながらそれを受け取った。


「‥‥‥‥‥」

‥今なら。
煉獄に優しくしてもらい、なまえの中にある勇気が沸々と沸き上がってきた。今なら、誘えるかもしれない。
花火‥。後悔したく、ない。

断られるだろうか。いや、焼き芋も、誘われてはいないが一緒にできたじゃないか。頑張れなまえ、頑張れ!炭治カ、皆、オラに力を!!!


「あの‥」
「なんだ!」
「あの!」
「どうした!」

段々声が大きくなる。宇髄がいたら、確実に怒られるだろう。

よし、いけ、頑張れ!かましてやれ!!
「‥花火、皆で見ませんか?今なら可愛い浴衣のみょうじがついてきます!」

後半に何か言ったぞ!?
テンパりすぎて、途中からトチ狂った。
だが言葉は取り消せない。あああ‥いや考えるな考えるな!何か?って顔ですんとしてろ!すーーーん!

「‥‥‥‥」
あああ煉獄先生お目目真ん丸にしてきょとんとしてるよ!!何も考えないで!何も考えずイエスと言って!!


「可愛いみょうじ?」
そこ掘り下げちゃだめエェェェェ!
「みょうじじゃないです可愛い浴衣です!!!」

思わず立ち上がってしまった。誰か時を戻してほしい。


「みょうじの浴衣か!それは見たいな!」
「え?」
先生浴衣マニア?

今から騎馬戦だ!みたいな快活さでお世辞を言われたので、残念ながら受け取り損ねてしまった。


ぽかんと固まるなまえをスルーして、煉獄は自身のスマホを確認する。
「では、18:00に河川敷で!」




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