#48

花火大会の日がやってきた。

浴衣の為に、勉強と部活の間を縫って必死にバイトした。先生に少しでも大人にみてほしくて、悩みに悩んで3時間。濃紺の生地に鮮やかな絵柄が織り込まれた浴衣に、美しいとんぼ玉の付いた玉簪、黒地の下駄に深紅の巾着と、一式揃えてうん万円‥の30%引き。社割って素晴らしい。

煉獄と会えることが決定したその日に、美容院も予約した。髪はシンプルに、低い位置でお団子にしてとお願いしたところ、こなれ感‥と言いながらあちこちの毛を引っ張りだされて女優みたいになった(顔以外)。
いざ着付けをしてもらうと、うなじががっつり出るので、この髪型は良い選択であった。(満足気な自分の顔が鏡に映り、我ながらウザかった‥)
化粧は普段すっぴんなので、適当にマスカラと目尻にアイライン、赤めのリップを引いてもらった。


美容院経由だったので、皆とは現地で待ち合わせにしている。あれから千寿カと色々考えて、男子と千寿カで場所取りと買い出し、女子は浴衣で来てほしいので手ぶらで(by善逸)、煉獄は仕事なので終わったら合流するという事になった。何この偏った配役。私達の存在価値よ。



ドンドンドン‥
遠くから太鼓の音が聞こえる。
紅掛空色を背景に連なる屋台の明かりは、今年も変わらず美しい。街中から会場の河川敷まで、まるで一本道かの如く色とりどりの出店が続いており、上空から見たらさぞかし勝景だろうとなまえは思いを馳せた。


「あっいたいた!なまえちゃぁーん‥ギャァァァァ美し過ぎて溶けそう!!!!!」

ゆっくり来てねと言われたので、出店を観光しながら歩いていたのだが‥迎えに来てくれたらしい。人混みの中でもはっきり声が聞こえるから凄い。

普段髪下ろしてる子が結んでるとヤバイ!とか、うなじが白くてえっちすぎない!?とか、化粧するともう近寄れない直視できない!‥等。その台詞は予め考えてくるのかな、と思うほどの怒涛の誉め殺しコンボに苦笑する。ほんと、善逸は女の子が大好きなんだね。微笑ましい。ありがとう。


「‥‥‥‥」
にこにこと善逸を見ていると、彼は急に黙りこみ‥手をもじもじさせて足元を見た。

「‥なまえちゃんはさ、」と、素のトーンで話しかけてきた。珍しい。

「‥優しい音がするんだ。俺が騒いでても、伊之助が暴れてても、嫉妬の目とか向けられてても」
どうしたんだろう。なまえは黙って耳を傾ける。

「俺、なまえちゃんが可愛いから仲良くしたいわけじゃないよ。‥優しいし、いつも癒されてるし、面白いし、頑張り屋さんだし‥ちゃんと中身が好きなんだ。勿論、炭治カと伊之助も同じだと思う。」

だから、この前みたいにお礼とか言わないで!友達じゃん!
‥そういって顔を上げた善逸は、

「やっぱ見れないゴハッ」
‥目を見た瞬間倒れた。いや私化け物かよ。

ガヤガヤとした色とりどりの人波の中。
善逸は、隣を幸せそうに、ふわふわと歩いている。小さく「ありがとう。私も皆が大好きだよ」と言ったところ‥あの日の炭治カみたいに耳まで真っ赤になった。
あ、照れた。私も凄く。化粧崩れるから絶対泣かないけど!





皆と合流して驚く。大きな茣蓙ござが、花火が上がる方向に広げられており、下は芝生、でこぼこもなく最高だ。

クーラーボックスから今年もキンキンのラムネをもらい、ビー玉を中に押し込む。この素敵なシステムは何だろう!透き通る瓶とキラキラ光るビー玉の相乗効果で、中のソーダがより美味しく感じるのだ。

今はまだ16:00。花火は日没後、19:00からなのでそれまでの留守番を申し出た。
男性陣はワーッと出店へ散っていく。
芝生にところ狭しと敷かれたレジャーシートの間を、つま先立ちで歩きながら、千寿カが付いてきているか逐一確認する炭治カが微笑ましい。

なまえは女子二人とお喋りだ。たこ焼きを食べた後、3人で手鏡を回して青海苔チェックをしたり、例の失恋話のその後の進展を聞いたり忙しい。一人は大学生の彼氏ができて、同じ大学に行く為に勉強を頑張っているらしい。
そのモチベーションが羨ましい‥卒業=煉獄とお別れコースの身としては‥

「‥‥‥」
‥彼氏か‥。煉獄が花火大会に弟と来ると聞いて、恋人はいないのかも、と期待したが‥
目の前の2人は恋人がいるらしい。ならば彼も分からない。

‥煉獄に恋人がいるかどうか、ずっと考えないようにしてきた。いたら少なからずダメージを受けるし、今いようがいまいが、実際関係ないのだ。卒業する時さえフリーであれば。そこにしか、なまえにチャンスは無いのだから。

だが最近うすうす、まさに今煉獄に恋人ないし想い人がいたとしたら、そもそも自分など視界に入らないのではないか、というネガティブ思考に足を踏み入れている。あの真面目な煉獄だからこそ。そこが良いんだけども。

「煉獄先生って、カノジョいるのかなぁ?」
ぽつりと呟いた友人の台詞にドキリと胸が跳ねる。ねーどう思う、なまえ?などと、何でも無い感じで聞かないで欲しい。私が知りたい!!!
「今度聞いてみよっか〜」と言いながら焼きそばを食べる友人を、心の中で称賛した。是非お願いします。そして結果を共有して下さい。あと青海苔ついてます。




現在17:30。
しこたま遊んだ男性陣が戻ってきた。うわぁ千寿カくん、きつねのお面可愛い!残り全員ひょっとこなのは何でなの‥。

後は煉獄先生を待ちつつ美味しい物を食べて過ごすのだ。だが‥
「ごめん、トイレにいってくる!凄い並んでるからしばらく外すね〜」

調子にのってジュースを飲み過ぎた。会場の屋外トイレは既に長蛇の列であり、30分くらいかかりそうである。
慣れない浴衣がはだけないように、裾を押さえながら立ち上がる。人にぶつからないように、小走りでトイレへと向かった。




30分後。
トイレから出た瞬間に、千寿カからメッセージが来た。
"兄が今着いたらしいのですが、そちらから近いので迎えに行っていただけませんか?"

「先生‥!」
ついにこの時が来た。途端に緊張で汗が出る。
向かうね〜と返し、ごった返す人の波を鮭の如く逆流する。脇道から行った方が早そうだが‥煉獄が歩き始めていたらすれ違ってしまう。


(綺麗だなぁ!)
日が大分陰ってきた。瞑色の空が広がり、いよいよ屋台の明かりが力強さを増す。足元は暗く、目線の白熱灯は眩しい。

今年もどこからか炭鉱節と、太鼓の音が聞こえる。これが情緒があって好きだ。今日本の夏の中心にいるのだと、五感で感じる。

(あ!射的!)
急ぎながら、ふと目に入った。一昨年、この店をみて煉獄を思い出した。まさかその後ドイツに帰らされるとも、2年後一緒に花火を見られるとも知らずに。


「お姉さん、射的好きなの?」
「ゴ●ゴ!俺令和のゴル●!」
「‥‥‥」
ナンパをくらってしまった。二人目ふざけすぎだろ!

一人で立ち尽くしていたのが悪いのか。つーんと無視して駅の方へ歩を進める。
が。
「ちょっと待ってよ〜」
「ね、彼氏と来てるの?」
肩を掴まれ足止めされた。
今彼氏とか禁句だからァァ!こちとら片思い三年目じゃぁー!!泣かすぞ!


ふん!、と背を向け、再び勢いよく歩き出したとき。
「ヘブッ」
前の人に思い切り、正面からぶつかってしまった。というか、抱き止められた?

「!」
この匂いは。
「みょうじ、」

先生‥
目を見開いた煉獄と目が合い、息を飲んだ。

瞬く間に濃藍に変わった空。
横から白熱灯で照らされた煉獄の顔は半分影になっており、左右で明度の分かれた赤に己の顔がうつる。すっと通った鼻筋は光を受け反対側の頬に影を落としていた。薄く開いた艶やかな唇は何かを言いたげに動いたが‥すぐに閉じられた。その姿態の全てがあまりに美しい。想像していたよりも、遥かに。


「え?彼氏?」

先程の若者の声で我に返る。

二人の体の間には拳一つ程度の隙間があったが‥なまえを抱き止めたまま、煉獄の両手はいまだ背中にある。
「わっ」

そのまま前を向かされ、腰に煉獄の左腕が回された。
ぐいと引き寄せられ、右半身が男に密着する。思わず彼の左側のシャツを両手で掴んだ。
「‥‥」
なまえが掴まった瞬間、煉獄と目が合う。
まるで、まるで‥、恋人のような体勢だ。煉獄の匂いが強くなり、顔は紅潮し頭が真っ白になった。

男の薄い唇は何も紡がず、‥変わりに柔らかに微笑む。じっと、なまえの目を見たまま。

そして、男達に目もくれず、煉獄は足早にその場を去った。
なまえの腰を抱いて。




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