#49

濃藍の空。
遠くで響く太鼓の音。
雑踏、笑い声。
‥煉獄の体温。



10メートルほど歩くと、煉獄が腕を離す。濃藍の空を背景に焔色の髪が美しく揺れた。

緊張して一言も発せない。教師はなまえの斜め前から視線を向けると、口角を上げた。

「迷子か!」
エェーーー!?
先生!


「違います!先生をお迎えに‥!」
「よもや!」
マジか!

ガビーーーン‥‥‥
先程のときめきは何だったのだろう。迷子を捕獲しただけだったという現実に、打ちのめされる。脱走じゃないですよ、先生‥


‥それでも。煉獄と二人きりで歩いているという事実に、緊張と高揚と。胸が高鳴る。

カラン、コロンとコンクリートにぶつかる下駄の音が心地いい。意外と薄い浴衣の袖から、爽やかな風が舞い込んだ。


「祭りは二回目か!」
喧騒のなか、煉獄の声はよく通る。声量というより、声質というのか。

「はい!とても楽しいです!」
煉獄が格好良すぎて直視できない。着替えてきたのか、私服だ。今日もまた、シンプルに色気を魅せつけてくるから困る。夏だ、犯人は。いや秋も重罪だったな。

「うむ、尻尾が見えるぞ!」
また見えちゃったの!?

‥これを言われたのは二回目だ。わんちゃんみたいって事‥?私の喜怒哀楽分かりやすっ



わたあめ〜美味しいよ〜!
ママ、りんご飴買ってー!
‥などと、行き交う人々の楽しげな声が聞こえる。
人がごった返す屋台の道を、隙間を縫いながら歩く。こういう時に、はぐれないようやむなく手を繋ぐ‥みたいな素敵シチュエーションがよく取沙汰されるが、意外と全くはぐれない。‥先生普通に歩幅合わせてゆっくり歩いてくれるし。

‥たまに、ぶつかりそうになったなまえの腕をぐいと引いてくれるが。それだけで心拍数が上がるなまえは幸せである。


ん?
「ぶるーはわい」

‥ふと、かき氷屋に謎のメニューを見つけた。
他のメニューはメロンとか苺とかシンプルなのに、何だ、こいつは‥?
ぶるー・はわい?ぶるーは・わい?

「お姉さん、ブルーハワイに恨みでもあんのかい?‥‥彼氏さん、凄い笑ってるよ」
「はっ」

屋台のおじさんが現実へ連れ戻してくれて良かった。今完全にぶるーはわいとタイマンはってたわ。発音blue hawaiiか!何だそれ!

「すみません!初めて見たもので!!」
「ブルーハワイを!?珍しいね!」

そのままおじさんとコントを繰り広げてしまった。ヤバい、何で私だけこんな色気無いんだ!‥‥‥てか彼氏!?


「では、ブルーハワイと苺を」
「!」
‥若干まだ笑いを含んだ煉獄の声で振り向く。小銭をおじさんに渡している‥

「あ!!すみません、お金っ」

慌てて巾着を漁る手をやんわり制された。
ズズイと目の前に二色のかき氷が差し出される。富士山を模しているのか?とにかく綺麗だ!!!

「この二つが、一番綺麗に舌に色が乗る!」
舌?舌青くなるってこと!?

「では苺を下さい!」
先程まであれほど青いシロップを見つめていた癖に、急に乙女心が出てきてしまった。

かき氷を渡す、煉獄の細められた瞳に緊張する。
「まだ手を付けていない。ブルーハワイもどうだ」
「わーいありがとうございます!」

シャクリと氷を咀嚼する。フムフム、そーだっぽい感じ‥?
「美味しいけど、ハワイがいません」
「そうか!1つ祭りを知れたな!」

ストローの先を切り開いたようなスプーンを口に運ぶ煉獄を盗み見る。
彼が何かを食べているのを見るのは、焼き芋ぶりだ。あの時はわっしょいの合唱に全力投球してしまったが‥。
氷で潤った唇が開閉される様。唇から垂れたシロップを舌で舐めとる仕草が‥何とも。何とも‥官能的だ。‥私、変態なのかな‥。

「苺も美味しいです!頭いたっ」
溶ける氷とデッドヒートしていたら、キーンと鋭痛が走る。楽しい。美味しい!!!





溶けた氷が浮かぶ、赤いかき氷をストローで吸っていると。
---まもなく、花火が始まります---
‥アナウンスが聞こえた。現在、18:50。
少し急いだ方がいいだろうか。



「みょうじ」
空を見上げてぼんやりしていると、肩にぽんと手が乗る。見上げると‥煉獄が舌を出した。

「!!!!!!」
エッッッッッッッ□‥‥‥
‥ご存じだろうか。ギリシャ神話の神エロスはまるで性欲の代名詞の如く認識されているが、実は愛と情 落ち着け!!!!
現実逃避してしまった。ダメダメダメ!煉獄先生は舌出しちゃダメ!!!!!


「青い!!!!!」
ドドドドと、煩い心臓を無視し、2%の理性で良いコメントを言えた。いやろくでもないんだけど、98%の方出しちゃうとエロいになっちゃうから。


それにしても思ったより綺麗に青い。
そしたら私は苺だから変わらないのかな?

「先生、」
同じように舌を出す。

煉獄はギョッとしたように目を見開いて固まった後‥なまえから顔をそらした。

ああああ流石に失礼だったかーーーーー!!!調子のった!!!!!
すみません、と言おうとしたが‥煉獄は眉間の皺へ指をあて、小さくため息をついた。

‥怒らせちゃったかな‥いや煉獄先生はそんな無礼では怒ったりしない。それで怒るなら善逸などは今頃退学だ。



その時。
突然炭鉱節と太鼓の音が消え、楽しげに話していた周囲の人々が立ち止まった。

「?」
辺りを見回す。キョロキョロしていると、隣の煉獄の腕がなまえの後頭部に回り、上を向かせた。


「はぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!!」
刹那、シャンパンゴールドの大玉が上空いっぱいに広がった。消えゆく瞬間に、キラキラと瞬いて柳のようにしだれてゆく。

‥それは、なまえが今まで見てきた映像の花火よりも、想像していたそれよりも遥かに美しかった。思わず変な声が出るほどに。

ドォォォォォン!!!!!

「!!!」
ビクゥ!!!!
遅れてきた破裂音に、思い切り肩が跳ねた。

「始まったな」
上を見上げる煉獄の顔に、二発目の花火の色がうつった。

‥今度は三色だったらしい。花火に照らされた煉獄の美しい瞳と、雄々しい首筋に見惚れていた為‥見逃したが。


ヒューーーーー‥
ドォォォォォン‥‥

「暗いところへ移動しよう。こちらへ」
そういうと、煉獄の腕が背中を押した。‥押したといっても、帯が邪魔で手の温もりはまったく感じられなかったが。

屋台の通りを離れ、裏通りに出る。
民家の間には電灯も無く、静けさと暗闇が息づいていた。


「!!」
目の前に再び大玉が打ち上がる。
美しい。この一瞬の輝きが、日本人の心を揺さぶるのだ。ここに生きていると、刻んでくれるのだ。

隣に立つ煉獄は、腕を組み空を見上げている。再び光が彼の顔を照らしたとき‥赤い瞳が、こちらを見た。

「美しいな」


ドォォォォン‥‥!!


雷鳴のような花火の轟きに、胸を撃ち抜かれたような気がした。



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