#50

なんとかの滝という、一段と派手な花火が上がった後、思い出したかのように太鼓の音が再開する。あれ?終わっちゃった?


「15分間の休憩だ!今のうちに急ごう」
言うなり、暗い路地を進む煉獄に慌てて付いていく。
確かに、出店の道は人がごった返しており、前に進む気がしない。


「花火って、綺麗ですねぇ」
まだ夢心地で呟く。

所々、家のベランダから外を見上げている人がいた。この為にここに住む価値はあると、今なら断言できる。

「うむ!風物詩だ!」
風鈴とか、スイカ割りとか。日本の夏!というものは沢山あるけれど。花火に勝るものがあるだろうか。


祭りの喧騒から少し離れた静かな住宅街に、下駄の軽やかな音が木霊する。

「大丈夫か」
教師は裾がはだけないように小股で歩くなまえに合わせ、ゆっくりと歩いてくれる。
あぁ、煉獄と二人で歩いている。偶然でも、それは凄いことだ。明日あたり、布団の中で思い出して転げ回るだろう。




しばらく歩き、やっと河川敷が見えた。ここは高台になっており、土手を下ったどこかに千寿カ達の茣蓙がある。
‥だが、ここには安全のためペグが打ち込んであり、それぞれをロープが繋いでいた。出店のエリアまで戻れば回避できるが、人が溢れ帰っており、前へ進みそうにない。

「‥‥‥」
‥何とも絶妙な高さだ。跨ぐのは、無理。潜るのも、無理‥


「みょうじ、」

ちょいちょいと、呼ばれて近寄る。電灯の白い明かりに真上から照らされ、色素の薄まった赤い瞳と長い睫毛の影がとても綺麗だ。

‥等と考えていると。
「わっ」
唐突に煉獄の腕がなまえの膝裏と背中に回され、持ち上げられた。思わず教師の首もとのシャツを掴む。‥まるでスポンジでも持ち上げたかの如く軽々となまえを横抱きにしたまま‥煉獄は、ロープを跨いだ。

「ありがとうございます‥」
暗闇様々だ。地面に下ろされた後も、顔なんかあげられたものではない。
‥仕方なく。仕方なくこうしてくれたのだ。相手が炭治カや伊之助でもこうした筈だ。それなのに‥‥‥
‥それなのに、こんなにも心音が煩い。壊れそうだ。伝わらないで。どうか、伝わらないで。


「あっあの辺です!」
そこからは下駄では下りられそうになかったので、正規ルートである階段へ迂回した。ここまで来てしまえば流れはある。


「あーーーーー!!なまえ!煉獄先生!!!」
「兄上!みょうじ先輩!」
茣蓙に着くと、炭治カ達が喜んで迎え入れてくれた。
「なまえちゃぁぁぁぁん、ごめんねぇぇお迎え頼んじゃって!!ささ、どうぞ座ってね!!何飲む?何でもあるよぉー」

善逸が座布団をくれる。嬉しい!
茣蓙の真ん中にはキャンプ用のランプが置いてあり、花火が再開するまでは付けていられる。早速座布団を持ち‥‥ちゃっかり煉獄の隣に腰かけた。

「なぁ、なまえ聞いてくれ‥俺、女と間違われてナンパされた!」
ブハッ
わざわざ寄ってきて報告する伊之助に、失礼ながら笑ってしまう。
本人はご立腹だが‥仕方ない。伊之助と一緒に芸能系のオーディションに行ったら、百発百中で自分が落ちると思う。それほど、伊之助は綺麗な顔をしている。目が可愛すぎてあんまり見つめないで欲しいけども。

「腹立ったら腹減った!これ食おうぜ!」
言いながら、伊之助があれやこれや、屋台の戦利品を渡してくれる。わっキュウリの浅漬け!

クーラーボックスのおかげで冷えていてとても美味しい。
パリパリと、河童よろしくきゅうりを食べていると、花火再開のアナウンスが流れた。


善逸がランプを消灯すると‥あたりは暗闇に包まれる。河川敷のため街の明かりや電灯も無く。手元も見えないほどに。


ドォォォォン!
今度は、にこちゃん?マークやら、猫のロボットやら‥丸いキャラクターの形を模した花火から始まった。へぇ、こんなこともできるのか!凄い!あんぱんの人、逆さまだけど‥

「綺麗だなぁ‥」
一発毎に、会場から歓声が上がるし、一段落したら拍手も起こる。素敵だ。

「‥‥‥」
チラリと隣を盗み見る。
‥美しい花火に夢中になっては、ふと隣に煉獄がいるという事実に仰天し、石化する。さっきからそのループだ。もう一時間以上一緒にいるのに、全く慣れる気配はない。




花火には、様々な種類があると知った。大きさから、遣われている色の数から、余韻まで。破裂音もそれぞれ異なる。

(足、しびれた‥伸ばそう)
煉獄の隣はある意味失敗であった。身動いで彼の妨げになってしまったらなどと邪推してしまい、足が痺れている。我慢ならず、じんじんと痺れる足を左側に崩し、煉獄との間に手をついてバランスを取った。
ふー、楽だ。この姿勢なら、

(え?)
‥終わるまで寛げそうだと。気が緩んだ時に、後ろを通った人が煉獄の背中にぶつかった。その時ずれた煉獄の左腕がなまえの側に置かれ‥‥小指の先が触れた。明らかに‥触れている。どかされる気配は無い。

「‥‥‥‥」
近すぎて隣が見られない。
煉獄は気付いていないのだろうか。この状況下、花火に夢中になるから‥小指の先など、構う方がおかしいか。
私からどかそうか。‥‥‥いや。でも。


ヒューーーーー‥
ドォォォォォ‥‥ン‥


花火の破裂音は、耳で聞いている筈なのに、胸に衝撃を感じるのは何故だろう。
ただでさえ煉獄に触れ、早まる鼓動でいっぱいいっぱいなのに。


連発された花火に、わぁぁっと、歓声が上がった。
「‥‥‥」
あれから10分程度たったが、いまだ小指は触れている。ダメだ、半分くらい意識が持っていかれる。何なら手汗かいてきた。詰んだ。


「今からフィナーレです!」
爆音のBGM で我に返る。
最初に見たシャンパンゴールドの大玉が、漆黒の空いっぱいに惜しみ無く広がっていた。きらきらと、散り際に次、また次‥‥‥

「わぁぁぁぁぁ‥」
感動で、またも間抜けな声が出てしまうが‥この爆音の中、話し声など周囲に聞こえる筈もない。

ふと、煉獄を見てしまった。いつものように口角を上げ空を見上げていた彼が‥視線に気付いたのか、にこりと微笑んだのが見える。

「   」
‥聞こえなかったが、恐らく楽しいか、と。唇の動きから推測される。
つられて上がってしまう口角をつつきながら、はい!と、頷きも合わせて返事をした。


ドォォォォォン‥

一際大きな花火が上がった時、煉獄が‥なまえの方へ上半身を寄せた。
「‥‥!!」
気付いて身を固くするより早く。
なまえのすぐ脇へ左手を付き‥胸板がなまえの肩に触れた。
男は顔を近づけ‥唇をなまえの耳へ。
触れるかギリギリの場所へ。いや、今‥少し触れた‥?


「君が笑っていると、嬉しい。」



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