#51

夏休み最終日。
なまえは一人で、お昼時の定食屋にいた。

「かつどん‥」
メニュー表を必死に睨み、カツ丼と親子丼の二択までは絞り混んだが、その頂上対決がなかなか決まらない。
‥今日も朝から赤本を解きまくり、莫大なカロリーを消費した。メシ!という感じのものを思い切り食べたい。

「‥‥‥」
今日だけではない。
あの花火大会の翌日からずっと、心を無にしてひたすら勉強に励んできた。気分は修行僧だ。レンアイ‥?そんなもの、煩悩が生み出した幻じゃぁぁぁぁ!!!消えぇぇぇぇぇい!!!


(無理すぎる‥)
‥いくら自身を騙してみても、隙あらば思考は煉獄に向かってしまう。
無理もない。


今までは、ただ穏やかな流れに身を任せ、美しい煉獄の横顔を見つめているだけであった。ゆらりゆらりと、一定の距離を保ちながら‥時に奔流に押され近づき、再び心地よい位置に収まり‥暖かく流れの緩い下流に浮かんだ舟は決して互いに接触することなく、干渉することなく。

生徒と教師という絶対的な関係が、この先卒業という形で袂を分かつまで、出会った時と同じ、再びの桜色にまみえるまで‥穏やかな未来を、確かに守ってくれていたのに。

「‥‥」

だが、あの雨の教室で‥なまえはそれが崩れるのを見た。気付けば煉獄は舟を捨て、流れの中に立ち尽くしていた。そしてなまえに手を差し伸べるのだ。
‥そこには親愛の情が見てとれた。

「‥‥」
だがそれは、男女の愛ではないだろう。
気まぐれか、同情か‥はたまた、経年による愛着か。


「カツ丼と、親子丼と、カレー下さいっ!全部大盛りで〜!」
「!」
突如隣から聞こえた高い声に肩が跳ねた。

「え?」
思わず声に出てしまった。そこには華奢な女性が1人いるだけだ。注文は複数聞こえたが‥?

「はっ!」
大学生だろうか?桃色のみつあみを肩にたらし、その毛先は桜餅の葉のように青柳色をしている。非常に可愛らしい顔だちの彼女は‥なまえと目が合うと、さっと頬を染めた。

「あ、すみません!私もカツ丼と親子丼で悩んでいたので、両方頼むという選択肢が目から鱗で‥!」
慌ててフォローというか、言い訳というか。早口で弁明する。

「まぁ〜そうだったの!ここのごはん、美味しくて選べないわよね!」

にこにこと笑う彼女は、出された食事を見ると、いただきます!と言って元気に食べ始めた。大きく口を開けてスプーンを入れる姿が何とも可愛らしい。

「沢山食べて、元気出してね!」
「!」
なまえが思い悩んでいるのも見ていたのか。

にこーっと微笑んだかと思えばスプーンいっぱいのごはんを頬袋に入れ、咀嚼を始めたと思えば喉が詰まったらしく水を飲み、再びスプーンを持った瞬間に突然離し、両手を頬に当て、もじもじと体を揺らす。何この子、家に欲しい。

「恋の悩みかしら?きゃー!胸がドキドキしちゃう!」
初対面だが、とても人懐こく話しかけてくれる子だ。そして、思ったことが割りとすぐ口に出るタイプらしい。

甘露寺蜜璃、と名乗った彼女はキメ学の卒業生で、今は美大生だそうだ。

思えば、煉獄への思いは誰にも相談したことが無かった。学校以外に知り合いはいないし、生徒には知られるわけにはいかない。

「そうなんです‥遠い存在の人を好きになってしまって‥」
「まぁ‥!やっぱり恋なのね!」

パァァ‥と目を輝かせると、蜜璃は椅子ごとにじにじと近寄ってきた。あれ?もう食べたの?そして聞きたいの?
‥目が爛々と輝いている。‥相談してみようかな‥

なまえは箸を置くと、あの、と彼女を見た。




「きゃぁぁ!!!それって、その先生もなまえちゃんのこと気になってるんじゃないの!?」
声が大きいです!
蜜璃は興奮し過ぎて涙目である。

(なまえちゃんの好きな先生って誰かしら!?この辺だとキメ学よね!?きゃーーー知りたい!宇髄先生かしら!?それとも冨岡先生!?‥‥ダメよ蜜璃!聞いてはダメ!)

「‥蜜璃さん‥?」
隣で急にぷるぷるし出した蜜璃に首を傾げる。本当に表情豊かな人だなぁ。


わいわいと賑わっていたテーブルから、続々と客がレジ前に並び出す。もうこんな時間か。
ズズ‥
やっと食べ終わったなまえは、食後に出された熱いお茶を啜る。

「あのね、なまえちゃん」
蜜璃が自身の指先を絡めながらこちらを見る。

「‥なまえちゃんは先生の何かに変化を感じて、戸惑ってるんでしょう?」

はい、と彼女を見つめる。蜜璃は、何か伝えたいようである。

「あまり言葉にするのは得意じゃないんだけど‥そういうのって、無意識だと思うの。このくらい仲良しだからこうしよう、とかじゃなくて‥。恋愛かどうかは分からないけど‥先生が、なまえちゃんを生徒と忘れちゃうくらい、自然体でいられるって事じゃないかな。」

両手をぐーにして頬杖をつく蜜璃が、眉を下げてにこりと微笑んだ。


"自然体"。

煉獄は、元来暖かく人懐こい人物だ。
雨の教室、図書館、花火大会‥‥そのどれもが彼の人柄を顕していた。慣れぬ想い人の体温になまえが勝手に右往左往していただけだ。煉獄の行動は‥その全ての根底に優しさがあり、理由がある。

蜜璃の解釈を当てはめると、なまえは教師、煉獄ではなく‥煉獄杏寿カの領域に招き入れられた。立ち入ることを、許された‥?
彼の瞳の底に、生身の感情が見えるようになった、あの日から‥。







赤本を前に、ガリガリとシャーペンの音が響く。煉獄の言う通り、夏休みは受験の山場だ。

ピピピピ‥
「‥‥‥‥」
試験時間終了を告げるアラームを消すと、なまえはぐっと伸びた。

22:00。
窓からくっきりと月が見える。
綺麗だなぁ。

昼に蜜璃と会話して以降、誰とも話さずひたすらに過去問を解いていた。夕飯も適当にうどんを茹でて飲み込んだ。
疲れた。甘いものが欲しい。

「アイス買いに行こ‥」
タンクトップにラフなショートパンツを履き、サンダルをひっかけ家を出た。


(むわっとする!)
外は夜でも蒸し暑い。日照りがない分マシだが‥夜になると寒いドイツとは大違いだ。

あのお餅にくるまれたバニラのやつにしよう!名前なんだっけ?等と考えながら最寄りのコンビニに向かう。
鈴虫の声が聞こえ、秋の訪れを感じた。


暗闇から急に明るい店内に入り、目を瞬く。ヒヤリと冷房が肩を撫でた。気持ちいい。
だが。
(売り切れてる‥)
ショーケースを前に、ため息をつく。
他で妥協するか、遠方のコンビニに足を伸ばすか。
‥店内で2分悩んだが、運動もかねて梯子を決める。次に近いのは、学校の近くのあのコンビニだ。





いらっしゃいませー!と景気良く迎えられ、レジの真ん前にある冷凍ケースを覗き込む。
遠出した甲斐があった。お目当てのアイスがある。あああゴリゴリくんもある!これシンプルに美味しいんだよなー!悩む!


「いらっしゃいませー!」
「ん?」


‥いつもは気にならない、他の客の来店を告げる声が‥何故か耳に入り入り口を見た。


ガヤガヤと、話ながら入ってきたのは。
(あああああ宇髄先生!!!と後ろに何人かいる!!!!!)

現在22:30。自分、服適当。目の下、くま。

シュバッ

‥宇髄が店に入る前に、光の速度で奥へ身を隠す。

「あちぃなーしかし。メイクが溶けるぜ」
「女子かよォ‥」

一団は、店内左の棚‥つまみ系を物色している。次は奥の酒コーナー来るな‥既に酔ってる感じするけど。

声から、宇髄、不死川、冨岡、煉獄が確定した。逃げよう。逃げる一択だ。

ガヤガヤと、奥に移動してくるのが分かる。ならばこのまま店内右の雑誌コーナーを通り、一度店を出よう。

そろりそろり‥
「ん?」
「‥みょうじ‥」

‥‥響凱先生いたーーーーー!!!静か過ぎィー!何でこっちにいんの!

「こ、こんばんは、月が綺麗ですね!では失礼します!‥うっ!!」

‥言い終わる前に、上から頭を掴まれた。この掴まれ心地、宇髄先生でファイナルアンサー。終ー了ー、絡まれるよ〜!

「みょうじ、アウトー!はーい連行!」
逮捕された!

「‥宇髄、みょうじは未成年だ‥」
「あん?そーだっけ?」
冨岡の指摘に、宇髄が首を傾げる。‥大分酔ってるな‥

上機嫌な宇髄は、なまえの頭を掴んだまま左右に揺らす。酔う!別の意味で酔う!

「‥で、お前何してんの?夜遊び?」
「違います!アイス買おうと‥」
言いながら、一歩出口へ下がる。
あ、響凱先生、足踏んですみません。


「お前いつもアイス食ってんなァ‥」
宇髄の後ろから、あきれ顔の不死川が呟く。いや、それをいうなら、

「‥トリプル超納言うぐっ」
「よォし、表へ出ろや」
「ひはいへふ!」

勢いが怖いのよ!
ほっぺムギムギやめて!顔ヤバイから!

若干目が座った不死川は、手加減を忘れたらしい。
そして、頬を掴む不死川の後ろで、人の顔を見て爆笑する宇髄が憎たらしい!冨岡先生はその目やめて!どういう感情!?

窓ガラスに自分達の姿が反射している。これ知らない人が見たら通報されそうな絵面!

ムキー!と抗いながら、ぼんやり煉獄はどこだろうと考える。その時。


「どのアイスだ!みょうじ!」
両肩に、‥煉獄の手が乗っている。

ボッと、顔から火が出た気がした。肩が出ているから、直に、直に、直に煉獄の手が‥‥!!酔ってるの!? 

台詞と同時に不死川から引き剥がされ、アイスコーナーに連れていかれる。

「煉獄先生こんばんは!つきみだいふくです!」
もう訳わからーん!挨拶しとけェ!

そうか!と言うなりケースからアイスを取り出し、レジに持っていってしまった。
「あっお金‥」
‥もう何度目だろうか。いらんと言われ、アイスを渡される。

「ありがとうござ‥わっ」
そしてまた肩を掴まれ、店外へ押し出されてしまった。

「あっ悲鳴嶼先生!」
目の前の駐車スペースに車が止まっており、運転席に悲鳴嶼が座っている。これから皆で飲むのかな?送迎役とは、優しいなぁ‥

「わわ」
「捕獲しました!お願いします!」
そのまま後部座席へ押し込まれる。お父さーん!輩先生とすまぶら先生にいじめられたよぅ!

「‥みょうじ‥捕まったのか‥」
エンジンがかかると、煉獄が窓の外からニコニコと手を振ってくれる。可愛い‥!

スゥ‥と涙を流す悲鳴嶼は、疲れているだろうに‥何も言わずに、なまえのマンション前まで送ってくれた。
ありがとうございます、と、頭を下げる。

「俺もつきみだいふく派だ‥」

ブロロロロロ‥‥
わざわざ窓を開けてまで謎のカミングアウトをした教師は、ではな、と去っていった。

何だか疲れた。

余談であるが、彼の車内は猫のグッズで溢れており、大変ファンシーであった。






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