#55

*もちものリスト*
修学旅行のしおり
パジャマ
下着
化粧水
リップ
ハンドクリーム
歯ブラシ
充電器




「OK!しゅっぱーつ!」

ガラガラと、小さいキャリーケースを引きながら、駅へと向かう。今日から修学旅行だ!

10月はまだまだ暖かく、秋の爽やかな風が髪を撫でていくのが、とても心地いい。

班員と地元の駅で合流し、6人でターミナル駅へ向かった。もう見慣れてはいるが、同級生の私服が、非日常感を醸し出して気分が上がる。
「なまえちゃぁん、荷物重くない?俺が持ちますよぉ!ウフフ」
善逸は今日も幸せそうで何よりだ。荷物は自分で持つけど!
そして車内でも、もれなく隣に座ってくるので笑ってしまう。私、そんなご利益無いけどね?


「おはよう!」
待合所に着くと、蓬組が集まっている所に煉獄と伊黒が立っていた。あぁ、秋服もやはり格好いい!煉獄先生、絶対リュック派だと思ったけど意外とキャリーケースか!さらっと羽織ったジャケットも素敵だ‥!!


新幹線の時間まで、固まって待機する。皆、珍しそうに周りを見ていた。
全国の美味しいものを集めました、的なラインナップにわくわくする。今度、買い物だけにこの駅に来てみよう。

「なぁ、俺ちょっと駅弁買ってくる!」
「ダメだっつの!もう新幹線乗るから!」
立ち上がる伊之助を、善逸が引っ張る。炭治カも、「凄い!店がこんなに!!」と、構内の店舗を目を丸くして観察していた。





「えっと、俺達の席は‥」
新幹線は、初めて乗った。独特な雰囲気、におい!これから旅に出るのだと気持ちが高まる。今は朝だけど、ここで食べる駅弁はどんなに美味しいだろうと、妄想せざるを得ない。

「なまえちゃん、どこに座るゥ!?窓派?通路派?」
何故か隣が決定事項の善逸が、にこにこと付いてくる。いいけど!

三名がけの窓側に座ると、善逸が真ん中へ。そこに、
「我妻くん、私も隣いい?」
女子生徒が寄ってきた。

「もちろんだよォ!‥‥あれ?」
「ん?どしたの善逸くん」

笑顔で頷いた善逸が、一瞬首を傾げた。
「いや、何でもない‥」
と珍しく真顔で呟くと‥‥

「なまえちゃぁん、お菓子食べる?色々持ってきたんだー!」
‥すぐ元に戻った。どうしたんだろう。





「なぁ、なまえ!」
どれほど経っただろうか。

トイレから戻ってきた伊之助が、前の座席に膝だちをして、後ろへ声をかけてきた。

「この車両の一番前、先生達が座ってるんだけど‥俺は、この間の仕返しをしようと思う!着いてこい!」
「仕返し!?」

言うなり前方へ走っていく伊之助を追う。
数メートル先、車両の先頭の座席左に煉獄、右に伊黒が座っていた。
‥伊黒先生寝てる!!珍しい!!

「この前掃除をさせられた仕返しがまだだ!」
こそこそと小声で話す伊之助は、完全にいたずらっ子の顔である。

「‥‥‥」
教師の間の通路に立ち、伊黒を観察する。
脚と腕を組み、俯いて眠っている‥
印象的なオッドアイは閉じられ、白い肌に睫が影を落としていた。下がり眉が儚げな雰囲気を醸し出し‥‥この美青年からあのネッチネチが飛び出すとは誰も思うまい。

「俺が、この山の主の皮を先生に被せるから、一瞬で写真を撮ってくれ」
「うぅーーーん‥まいっか!OK !」

バレたらヤバいし、そも伊黒に恨みは無いが。ちょっと見てみたいという好奇心が勝り、スマホのカメラを起動する。

‥背中で煉獄がきょとんとこちらを見ているのが分かったが‥今しかない!いざ!

伊之助が振りかぶる。

カッ
「「え?」」

振り下ろす瞬間、伊黒の目が全開になり、瞬きする間に‥
「どわっ」
伊之助から皮を奪うと、凄い勢いで彼に被せた。何と言う反射神経!

「俺にいたずらしようなど、100年早い。」
仰る通りで!!

その伊之助がふらついてなまえにぶつかるものだから、煉獄側に背中から倒れた。

ドサッ
窓側に座る煉獄の隣席へ思い切りお尻から落ち、その勢いで背中が窓側へ倒れる。

「あぅっ」
背中から煉獄にダイブ!したが‥教師の両手がなまえの腰を掴み、(そこはプニプニしてるからダメェェェェ!)頭はぶつけなかった。

「‥‥」
恋人が寄りかかってるみたいになっちゃった!背中全体から感じる煉獄の体温に、ぶわりと顔が熱くなる。
その時。


「煉獄‥くん‥何してるの‥?」

‥前の車両から扉を開け、女性教師が入ってきた。
出たァァァァァァァしかも今かい!


なまえは忍者の如く立ち上がると、ぽかんとしている伊之助の後ろに隠れる。
‥何してると言われても、煉獄は静かに席に座っていただけだ。突然生徒が降ってきたのだから、彼だっていまいち理解していないだろう。
妙な静けさに冷や汗が出た。


「先生こそ、何してんだ?ここ俺たちのクラスだぞ」
天然が炸裂した!!!

間違えたのか?と首を傾げる伊之助。赤くなる女性教師。
何この異空間。帰りたい。

「伊之助、そろそろ着くよ、席戻ろう!」
‥次に誰かが言葉を発したら、空気が悪くなることが予想できた。慌てて伊之助の腕を掴み、席へと引っ張る。

煉獄先生、伊黒先生、御免!

「おかえり、なまえ、伊之助!」
「‥で?仕返しはできたのかよ?」
炭治郎達の柔らかな会話に安堵する。
返り討ちにあいましたけど。


‥この修学旅行が終われば、翌月にはあの先生は退任となる。それまで、煉獄と話す時は周囲に気を配った方が良さそうだ。

‥人間の執着心の凄まじさを一昨年学んだなまえは、密かにため息をついた。






「わぁーーーー!!」
駅からバスに乗り、古都の美しい町並みを堪能する。歴史的な建築が多いと聞いたので、何となく厳かな感じの町かな?などと思っていたが‥何だろう。華やかだ。今日は一日見学日。色々見てまわりたい!運が良ければ、煉獄先生の解説も聞けるぞ!

楽しみだね、と隣の善逸に話しかけると、
「あ、うん、もちろん!!」‥と、若干引っ掛かる反応が返ってきた。どうしたのだろう?





着いたホテルは、老舗の旅館であった。本館と別館があり、本館の方に泊まる。

砂利の敷かれた庭を抜けると、重厚な木造建築の玄関が見え、着物を着た女将が迎えてくれた。クラス毎に靴を脱ぎ、よいしょよいしょと、荷物をロビーの端にまとめて置く。

部屋はクラス別、男女別の大部屋で、床の間に敷布団を所狭しと並べて寝るらしい。敷布団も初めてだし、何だろう、この「日本!!!」という雰囲気が、とても興味深い。

食事は座敷の宴会場だ。何が出てくるのだろうか。いや何でもいい!絶対に美味しいとわかる。

そして、大浴場は何と温泉らしい!これが一番楽しみだ。ドイツでも温泉的なものはあるが、ほぼ温水プールであり、方向性が全く違う。温泉といえば、やはり日本だ!




「なぁ、写真撮らないか?」
集合時間より早くロビーに下りると、炭治カ達が煉獄と話していた。

臙脂えんじ色の絨毯が敷き詰められたロビーには、焦げ茶色のソファや椅子がいくつも配置されており、柱の横の巨大な花瓶から、華道の作品と思われる草花が彩りを添えている。行灯からオレンジ色の光が漏れ、レトロな雰囲気がとても印象的だ。

「ギャァァァァなまえちゃんと写真とか最高すぎない!?ねぇ!俺速攻待受にするわ!‥‥‥でもなまえちゃん、カメラ平気?」

凄い途中で真顔になるものだから、笑ってしまった。気を遣ってくれて嬉しい!だが、正面から普通に撮られる分にはOKである。


「先生も撮ろうぜ!」
うわぁー!伊之助ナイスー!!

うむ!とソファから立ち上がる煉獄を見て、心の中で盛大にガッツポーズをした。恋い焦がれて3年目、写真を、一枚も持っていない。憧れの煉獄と、しかも一緒に写真が撮れるなんて、この為に修学旅行に来たと行っても過言では無い。それほどに嬉しい!


「じゃぁ俺が撮ります!そこに並んで!」
炭治カが背景に良さそうな場所を指定して、スマホを向ける。なまえはさりげなく煉獄の隣りを確保した。

「撮りまーす!3、2、1、」

ボヨヨヨ〜ン

何か間抜けな音した!!


「おい!何だよそのシャッター音!キモッ」
善逸と伊之助が炭治カに詰め寄る。

「この方が、なまえが気にならないかと思って」
「逆に気になるだろ!夢に出るわ!」

ボヨヨヨ〜ンボヨヨヨ〜ンボヨヨヨ〜ン
「連写すんな!!」


‥腹が痛い。笑いすぎて、涙が出てきた。
隣を見たら、煉獄も眉を下げて笑っている。
何て幸せだろう。
‥私も。‥私も、煉獄先生が笑っていると、とても嬉しい。



後ほど見せてもらった写真は、最初の一枚を除き、なまえと煉獄のツーショットであった。
二人とも、爆笑している。
最後の一枚は‥笑ったまま、顔を見合わせていた。幸せの匂いがした。

宝物にしよう。




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