#56

一日目の団体行動は、実に平和であった。
見学先が混まないように、クラス毎にルートが異なっており、煉獄先生の解説の声もしっかり拾うことができた。ただただ目の前の美しく趣深い世界遺産に意識を向け、何も考えず前の生徒に着いていき‥とても楽しかった。

その、夜の事。

班の女子達と訪れた大浴場は、岩風呂であった。ガラリと引戸を開けて入った瞬間、むわりと立ち込める湯気に心底驚いた。これが大浴場‥!伊之助、絶対泳いでるな。

それにしても、温泉と書かれた入浴剤を愛用しているが‥それとはまた違う独特の香り。そして、何かぬるぬるしている!!!転ばないぞ、流石に岩はヤバい。

汗をかいたので一通り体や髪を洗い、完璧な状態で湯に浸かる。トロリとしている!!!体が冷えていたこともあり、足先を浸けた瞬間は熱すぎると感じたが‥全身入ってしまうと、何とも快適だ。
気持ち良すぎて溶けそう!!!

女子達は隣で同様に、はぁーなどと言いながら笑顔を浮かべている。日本人の心の友よ。


「そういえばさ、」
熱くなってきたのか、浴槽の縁の段に腰掛け女子生徒が口を開く。すいません、上半身が丸出し過ぎます。

「先生達、明日の夜、大部屋で飲むらしいよ」
うぐぅーーーその情報来ちゃったか!!

「あの先生、絶対煉獄先生にモーションかけるよね、酔ったふりしてさ」
えぇぇそうなの?そんな感じだっけ?

‥なまえが見た彼女は何というか‥煉獄から女子生徒を遠ざけたいが為に、パーソナルスペースを守る風紀委員のようになっている。‥逆に近寄りづらくないか?あれだけ他人に言ってしまっては。

「この前の放課後も、話しながら煉獄先生の背中に触ってたよね」
セクハラなの!?

思わず驚愕の顔で彼女を見てしまう。
矛盾してるぞォー!ぐぬぬ!

煉獄はどうも、執着されやすいタイプらしい。母数が多いからそういうのも混じるのか、彼の人となりが彼女らを狂わせるのか。

‥なまえを茶髪ピアスに二度も売った、あの女子生徒よりは可愛いものであるが‥

(気にするな、気にしたって仕方がない)
なまえは汗を拭った。

流石に目の前で何かが起きれば狼狽える自信があるが、これはあくまで彼女の片想い(の筈)だ。そんなものは氷山の一角で、彼に思いを寄せる女性はまだまだいるだろう。
冷静になれ。今はまだ悩む時期ではない。




「ギャァァァァァなまえちゃんマジか!!お風呂あがりはヤバいってェェェェェ‥ブハッ」
「「善逸ーーーーー!!!」」

女湯の暖簾をくぐると、前の休憩スペースで炭治カ達が煉獄と話していた。仲良し!
煉獄に少しでも可愛く見えてほしくて、新品のルームウェアに、髪はゆるくお団子にした。いい感じに後れ毛も出して、おふろ上がりでお肌もツヤピカ!‥‥なのだが、なまえの投げたストレートは善逸に刺さったらしい。まぁこれデフォルトだけど。

善逸の声で、背を向けていた煉獄が振り返り、目が合ったが、‥ぽかんとしていた。‥これ全然かすってもいなさそうだぞ‥無念!

ちなみに教師たちは、生徒たちの後に入るらしい。先生のお風呂上がり、さぞかし色っぽいんだろうなぁ。見たかったー!変態かな私ーーー!





班で集まって明日の計画を練ったり、アイスを食べたりしていたらあっという間に消灯時間になった。まだ22:00だけど‥

大部屋には既に布団が敷き詰められており、同じ方向を向いた布団の軍団は何だか異様であった。畳の独特の匂いが心地よく、薄暗く絞られた照明が眠気を誘う。

なまえは吸い寄せられるように自分の布団に入り、目を瞑った。おやすみなさい!


「ね、みょうじさん」
「ん?」

班の女子に呼ばれ目を開けると、ほぼ全員が輪になって座ったり、上半身を起こしたりしていて全く寝る気配がない。

「みょうじさんてさ、好きな人いる?」
「内緒でございます!」
「何でサ●エさん?」


班の女子二人は布団にうつ伏せになり、肘をついてこちらを見ている。

「二人は、いるの‥?」
興味を自分からそらしたくて、質問を返す。かなり声は落としているが、あちらこちらからコイバナが聞こえてくる。


「我妻くん」
「嘴平くん」
「‥‥‥‥」

‥今、わかった。この二人が班を希望した意味も、善逸の態度が不審だった理由も。そしてあの微妙な態度から察するに、‥‥。

「二人で作戦を立てたんだけど、みょうじさんにも協力してほしいの」
遠い目をしたなまえに、恋する乙女たちは畳み掛けてくる。

作戦とは、以下の通りであった。

2日目の夜は、18:00-22:00まで外出可能。そうそれは、キメ学修旅の恒例、告白の時間!(何それ!?何それ!?)
そこで告白を成功させるべく、明日の遊園地では、意中の人と二人きりになる時間が欲しい。お化け屋敷のアトラクションの冒頭、エレベーターに乗ると暗闇になる演出があるから‥そこから二組がはぐれる!
‥というものであった。
それもう私と炭治カもデートじゃん。

「みょうじさんには、竈門くんに事情を話して、探さないようにして欲しいの」

‥なるほど‥。
なまえは真剣な顔で聞きながら、頭の中はフル回転である。
恐らくあの二人は、現時点ではこの子たちに興味は無い。特に善逸は既に気付いており‥あまり希望は持てない。
そんな彼らを、彼らの親友ともいえるなまえが売ってしまっていいものか。いや、ここで妨害するのも違う‥どうすれば。

「‥わかった、でも二人が戻りたそうだったら、また合流しようね」
「「ありがとう!」」
‥何も思い付かないなまえは、承諾する他なかった。

ふぅとため息をついて再度布団に潜り込んだ。告白の時間‥自分も同級生を好きだったらこの時間を楽しみにするのだろうか。そうであれば、修学旅行はまた全く違うものになるのだろう。

(‥寝よ)
目を瞑った、その時。
(炭治カからだ)
スマホが震える。

"今男子部屋で聞いたんだけど、他クラスの子も含め、8人が明日なまえに告白するらしい"

は、は、は、ハティニン?
なまえは白目を剥いた。

‥ちょっと意味が分からない。そういえば今年、あの夏休みの彼以外、同学年では誰にも告白されなかった。いやそれにしても8人て何だ!?謝花さんかよ!いや彼女は20人か!


前述の作戦が一気に取るに足らない事に思えてきた。なまえは枕に突っ伏す。
炭治カからの、心配する内容のメッセージに返信もできない。
嫌だ、逃げたい。一人ならともかく、告白を断るのにはこちらもかなり精神を消耗する。自分の言葉一つで、相手を悲しみに突き落とすのだ。そしてそれが、自分に跳ね返ってくる。時には恨まれる。時には憎まれる。


なまえは仰向けになり、再度目を瞑った。
この旅館のどこかに、煉獄がいる。同じ建物で、眠る。
それだけで、たったそれだけでとても緊張するのだ。ふわふわと浮き足立つような、ぎゅっと、胸を締め付けられるような。

‥煉獄が好きだ。
彼の声を聞くだけで、姿を見るだけで。
苦しくなるのだ。


"みょうじが笑っていると、嬉しい"
優しい声を思い出す。
耳に微かに触れた、唇の熱も。

新幹線の中で背中から感じた、体温と匂い。
この人が欲しいと、思ってしまった。
あの文化祭の日のように、彼の匂いで肺を満たしたいと。あの時は、想い人の熱に焼かれ、酷く戸惑ったのに。今は。

もう、どうしようもないのだ。
ただ、深く深く落ちていく。




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