#61

満月の空の下。
煉獄と、二人、川沿いを歩く。
夢のような時間だ。


「わぁーーーー!」
しばらく歩くと、橋が見えてきた。
100m‥いや150mは越えているであろう。大河の両岸を繋ぐ真っ直ぐな橋は煌々と投光器で照らされており、黄金に輝いていた。車も通れるほどの幅があるが、欄干は木造のようで趣深い。眼下の大河に揺れる堂々たる黄金と、幽玄に浮かぶ本体の圧倒的存在感が、この町の美しい景観を誇らしげに彩っていた。


「ここ、テレビで見たことあります!夜景綺麗ですねぇ‥!」
橋の全景が視界に収まる場所に立ち、なまえはほぅとため息をついた。

「俺も、ライトアップは初めてだ」
微笑んだ煉獄の赤い瞳に、金色の光が射した。焔色の鮮やかな髪が夜風に吹かれ煌めき、この絶景のどれよりも美しかった。
‥彼の事が、好きで好きでたまらない。


「先生、‥あ」

煉獄を見たなまえは、ポケットからの着信音で言葉を切った。着信画面には、竈門炭治カと出ている。
心配しているかもしれない。


「炭治カ?」

煉獄にすみません、と断りを入れ、その場で応答する。
「あっなまえ!!ごめんな、ごめんな一人にして!!今どこだ?大丈夫か?あれ?外?」


隣の煉獄まで聞こえる爆音であった。それほどに心配してくれているのだろう。

なまえは嬉しくて、暖かい気持ちになる。

「大丈夫だよ、今‥」
どう伝えようか迷い教師を見上げると‥

「‥‥‥」
煉獄は目を細め、緩慢な動作で‥人差し指を、自身の唇に当てた。


逢い引きってか!?
‥なまえの脳内のおじさんが絶叫する。

あの真面目な煉獄が‥生徒と二人で出掛けるのはご法度だと認識した上で、なまえを連れ出してくれたのか‥!?イイ‥!何か‥とてもイイ!

実際はそれ程になまえを心配してくれたという事だろうが、何か‥煉獄の秘密の一部になった気がして‥何だこの気持ちの高揚は!


「平和に楽しんでるから心配しないで!ありがとね‥!」

‥安堵した炭治カと二言、三言話し、終話する。後ろから善逸の絶叫と伊之助の声も聞こえたから、このまま3人で遊ぶだろう。


「‥竈門は優しい子だ」
「!」

煉獄の優しい声がする。あぁ、この声は、千寿カを思う時と同じ声だ。


「はい。出会えて良かったです。あのままお別れにならなくて良かった」
ドイツにいる間もずっと。炭治カ達が支えてくれた。日常のどうでもいい出来事も、三人がうつった写真も、共有してくれた。


ガヤガヤと、後ろから飲み会帰りらしき団体が迫る。思い出に浸っていると、強い力でぐい、と‥腰を引き寄せられた。

「わっ」

眼前の男の胸に鼻をぶつけてしまう。‥今なまえが歩いていた位置を、酔っぱらいがフラフラと通過していった。


「‥‥‥‥っ」
顔に熱が、じわりと集まる。息を吸えば煉獄の香りが取り込まれ、早まる鼓動が伝わらないか‥気にする余裕もない。

夏祭りの時と同じように、片手で腰を抱いている。だが帯で分からなかった掌と腕の熱が、生々しく自身の腰と背中を伝い‥ドクドクと脈打つ自身の心音で、気が遠くなりそうであった。

「‥このまま、ずっと日本にいるといい」
真上から、低い声が聞こえる。もう周りには誰もいないのに、腰に回った腕がほどかれる気配はない。

恐る恐る、顔を上げた。金色を反射する、赤い瞳が目の前にある。‥このままなまえが背伸びをすれば、唇が届くほどの距離に。


静寂の隣を、大河を流れ行く水音が通りすぎる。風が追い越していく。


‥教師 煉獄が、このように生徒の選択肢を狭める発言をする筈がない。これは紛れもなく、煉獄個人のものだ。優しさか、本心か、‥真意は分からない。


「‥煉獄先生がそう仰って下さるなら‥ずっといます。」
本当は、煉獄に望んで欲しい。ここにいてほしいと。愛が手に入らなくとも、友好関係だけでも。彼が望むなら、ずっとずっと、側にいる。


「‥‥そうか」
眉を下げ、煉獄が微笑む。
吐息が顔にかかり、胸の奥がこれでもかとざわめいた。胸が、‥胸が、張り裂けそうだ。

何故こんな事を。


‥‥彼の発言を、分析してしまう癖が抜けなくて困る。炭治カに同じ事を言われたとして、何も考えずにただ喜ぶことができるのに。


帰ろう、という言葉と共に、温もりは離れていった。


行きと同様タクシーで旅館まで戻る道すがら、二人ともあまり話さなかった。頬杖をつき、窓の外を見ながら‥何かを考えている様子の煉獄が、ただ美しかった。


旅館に着き、なまえはぼんやりする頭で必死にお礼を言ったが‥そこから入浴し、布団に潜り込むまでの記憶があまり無い。
ただただ煉獄の体温と美しい情景だけが、いつまでも消えなかった。


‥帰りの新幹線。虚ろな目で沈黙する四人に、何があったか瞬時に察したなまえは‥恐らく同様の事態が昨晩起こったであろう炭治カ含め。‥全員にお菓子を配り、ひたすら寝てやり過ごした。




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