#63

11月に入った。

「クレープ!」
「焼きそば!」
「演劇!」
「パン屋!」
「誰だ今パン屋って言ったの!」


今月に迫った文化祭の出し物の候補出しが、今年も紛糾していた。

文化祭委員がクラスメートの叫びを必死に黒板に書きうつす。
懐かしいなぁ‥と思いながら、なまえは、窓側のパイプ椅子で長い足を組む煉獄を盗み見た。


‥変わらず口角の上がった印象の良い表情で、クラスの盛り上りを眺めている。時おり膝に置いたノートPCで何か打ち込んでいる、その様子さえも格好良くてため息が出る。


‥先日、煉獄の実家で鮭大根とふろふき大根を大量に作った翌朝。校門で立ち当番をしていた煉獄に呼び止められ、お礼を言われた。

とても美味しかったこと、一晩で完食したこと。照れに照れているところに何か礼を、と言われ‥
「ダンス部の発表を見に来て下さいませんか?」と、お願いをした。

俺はクラスの生徒の出し物は全て見るつもりだ、と言われたが‥煉獄にはこちらがお礼をすることはあっても、お礼をいただく理由が無い。世話になりすぎているのだ。

何か思い付いたら言うといい、と小声で言われ、何だかふわふわした気持ちで校舎に入った事を思い出す。

(自分で誘ったのだから‥練習の成果を出さなくちゃ!)
上手だと、思ってほしい。あわよくば、好感度が上がってほしい!昔の歌であったではないか、踊る君を見て恋が‥‥いやあれいけない恋の歌か。


「そういえば善逸、大人しいな。どうした?」
炭治カの声で我に返る。

右を見ると、真顔で黒板を見つめる善逸が目に入った。非常に珍しい。

「コスプレ喫茶って言わないんだな」
伊之助からまさかの指摘!‥確かに一昨年、主張していた気がする。

善逸は伊之助をじとりと見ると、小声で言い返す。
「言わねーよ!俺、なまえちゃんにもう二度と怖い思いさせたくないから」
コスプレなんかさせたら変なファンつきそうだろ、と‥眉を寄せた。
「善逸くん‥」

じーんときたなまえは、ありがとう、と善逸を見つめる。途端に顔を真っ赤にして、そんな、当然の事ですよぉ!とくねくねし出してびっくりしたが‥。

‥コス喫茶は回避できても、ダンスで衣装着てステージに上がっちゃうから、自己防衛としてどうなのか。‥でも、二年間の部活の集大成だ、今回だけは出たい!きっと良いパフォーマンスができるはずだ。


ガラ、と椅子を引く音がして、教師が立ち上がる。黒板とPCを見比べているようだ。

「この中で他クラスとかぶらないのは、おばけ屋敷か、喫茶店だな」
その二択ですか!?

なんという。おばけ屋敷は一昨年やったから、だったら喫茶店だなぁ‥


「男子のコス喫茶はどうかな?」
ざわめきの中、とある女子生徒の発言に、皆注目する。

「男子にメイクと、可愛い格好して給仕してもらうの。結構人気出るらしいよ。勿論やれる人だけでOK」
ふむふむ、女子生徒が裏方の喫茶店‥あり!

意外にも男子生徒からも好感触だったので、蓬組は喫茶店に決定した。もちろんクオリティで妥協するつもりはない。皆可愛くしてやるぜ!‥と、女子達は心の中でやる気を燃やした。

どうしよう、俺新しい扉開いちゃう!と何故か乗り気の善逸に笑ってしまう。でもうちのno.1は伊之助だな、何となく。





「あっ玄弥くん!」

その日の放課後。
部活帰りの昇降口にて、不死川弟を見つけた。
お‥おぅ、とそっけなく答えるが、彼は今日も優しく微笑んでくれる。


「玄弥くんのクラス、出し物決まった?」
「うちは縁日かな。射的とかボール掬いとか」

面白そう!絶対行くね、などと言いながら扉を開ける。ふわりと舞い込んで来た秋風は、少し冷たい。今はカーディガンを羽織っているが‥もう少ししたらコートを出した方が良いだろう。

「あっ煉獄先生!」
「え?」


花壇のところに、煉獄先生(猫)を見つける。冬毛なのかいつもに増してふわふわの毛が爆発しており、手足を畳んでいるから玉のようだ。

「似てない?」
猫の前に屈んだなまえの嬉々とした様子につられ、玄弥もしゃがみこむ。

「確かに‥毛の色とか目の印象とか‥言われたら煉獄先生にしか見えなくなってきた‥」

でしょ!可愛いよねぇ、と言いながら背中を撫でる。猫は変わらず面倒臭そうにこちらを見ていたが‥

「!」

トン‥‥と、羽のような軽さで、しゃがんだなまえの太ももに乗った。

なまえが目を見開いて、隣を見る。
「はぁぁぁー!!!ねぇ乗ってくれた!乗ってくれたよ見て!初めてなの!!」
「喜びすぎだろ」

小声だが、挙動不審のレベルで喜びを爆発させるなまえに、玄弥が笑う。

「寒くなってきたから、暖をとりに来たのかな?ね、煉獄先生」
よしよしと、耳の間を撫でる。その時。


「‥何してんだァ、お前ら」
「兄貴‥」

校舎側から聞こえた声に振り向くと、秋も深まってきたのに、容赦なく首もとのボタンを開け放った数学教師が立っていた。あああ煉獄先生も!!煉獄先生(猫)とはたまに会うが、三回目のご本人登場である。並ぶと可愛くて笑っちゃうんだよな‥

「不死川先生、煉獄先生こんにちは!煉獄先生です!」
「何言ってんだァみょうじ」

意味が分からず眉を寄せる不死川の横を通りすぎ、煉獄が前に立つ。
「また会ったな、猫!」


なまえは猫を抱いたまま立ち上がると、触りますかと一歩近付いた。
あ?という感じで煉獄と見つめ合う猫を、不死川がじぃ、と見つめる。

「は、確かになァ」
言うなり、傷だらけの武骨な手が伸びてきて、猫の背中を撫でた。
思ったよりソフトタッチなので笑ってしまう。

猫は好きにしろ、という感じで欠伸をすると‥すりすりと、なまえの胸に頭を擦り付けた。

「おい煉獄、セクハラすんなァ」
「よせ、不死川。俺ではない!」
「ブフッ‥」

小声で小突きあう教師二人を見て、玄弥がたまらず吹き出す。


「とはいえ‥」
猫を再び撫で始めた不死川の後ろで、煉獄が腕を組んだ。

「何故だか‥その猫が不死川に撫でられていると、寒気がする!」
「おいィ‥どういう意味だァ」

煉獄先生、感情移入してる!
なまえと玄弥は笑いが漏れないよう、唇をぎゅっと結んで震えている。

「みょうじならいいのかいィ」
「いいに決まっているだろう!」
「正直すぎかよ」

あはははは!
‥堪えきれず、二人が笑いだした。

猫は驚き、飛び降りてしまう。
急に温もりが消え、少し寂しい気持ちになった。

ニャーー!
‥その猫を、両脇に手をいれて煉獄が抱き上げる。猫は迷惑そうに抗議の声を出した。

「うむ!可愛らしい!」
あああ煉獄先生と猫ちゃん!可愛すぎる!!目がァ!!

「自画自賛かよォ」
呆れた不死川が眉を寄せる。
「猫の事だ!」
「いやさっき!‥はァ、もういい‥帰れ不良共ォ」

片手をあげてしっしっと追い払われる。
日も短くなった。もうすぐ日が暮れる。

なまえと玄弥は鞄を持つと、挨拶をして背中を向けた。
「また明日!」
振り向くと、煉獄が猫の手を持ってバイバイさせている。

「か‥可愛いっ」
「どっちが?」
「どっちも!」

隣の玄弥が、そうだなと笑う。
何気に不死川が‥煉獄と猫を写真に撮っていた。いつか転送してもらいたい。




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